カールとセルフィ
何とか乗り切れたが、俺にはまだ難題が残っている。
この後、本物の交代の兵士がやってくる。そいつと上手く交代できれば、砦の中を自由に動き回れるようになるはずだ。
次が本命だ。
平静を装い、兵士の足音に耳を澄ませながら待ち構える。
内心はもう、心臓がパンクしそうだ。よく言ったもんだ。今ならその気持ちが分かる気がする。
やがて、足音が聞こえてきた。
(よし、やってやる)
「お疲れ様。交代の時間だ。ゆっくり休んでこい」
「はい、交代の時間ですね。ふぅ、やっと交代か」
自然な仕草で、ゆっくりと入口に向かって歩き出す。
その時だった。
「あれ、お前、カールじゃないか? 冒険者はやめたのか?」
(ええっ!? なんてハプニングだ!)
「ああ、冒険者では食っていくのも大変だからな。ちょうど募集を見て応募したら、すぐにここへ配属されたんだ」
カールの記憶から相手の名前を思い出そうと、改めて顔を確認した。
その時だった。
突然、男にスポットライトが当たり、名前と人物像が浮かび上がった。
【マッケン】
【新米兵士。カールとセルフィの友人。セルフィに想いを寄せている】
(……なんで今、『主演』が発動するんだ?)
カールの記憶を探っている暇もない。とりあえず、会話を合わせるしかなさそうだ。
「マッケンじゃないか。久しぶりだな」
「セルフィは今どうしてる? こっちに配属されて三カ月、街には帰ってないんだ。来月には休暇がもらえるらしいから、帰ろうと思ってるんだけどな」
(……情報量が多いな、こいつ)
「セルフィなら元気にしてるよ。俺はダンジョンで毒を受けて、死にそうになったけどな」
「そうだったのか。それで今は兵士の募集に応募して、ここに来たってわけか?」
「ああ、そういうことだ」
「それで……セルフィのことはどうするつもりなんだ?」
(……えっ? セルフィがどうしたって?)
慌ててカールの記憶を探るが、それらしいものは見当たらない。
「お前……まさか、知らないのか?」
(何だよ、セルフィ、セルフィって……)
(そういや、こいつセルフィのことが好きだったな)
まずいな。あまり長話をしていたら、ほかの兵士が来るかもしれない。
とにかく、無難に答えるしかない。
「ああ、あのことか……そうだな。セルフィのことだ、大丈夫だよ」
――バンッ!
突然、頬に衝撃が走った。
気づけば、俺はマッケンに殴られていた。
(……何でだよ!? 本当に何なんだよ!)
「セルフィはお前のことが好きなんだ! 分かってるだろ!」
マッケンは拳を握りしめたまま、俺を睨みつけた。
「お前だって、セルフィのことが好きだったはずだ! 縁談の話は聞いたんだろ!?」
(……縁談!?)
「セルフィのことを思って、俺は身を引いたんだぞ……それなのに、お前は……」
マッケンは悔しそうに唇を噛んだ。
「これじゃ、俺が馬鹿みたいじゃないか……!」
(なんだってー!?)
(そんなの聞いてない! てか、カールの記憶にないぞ!)
待てよ……。
カールが忘れたいと思っていたことは、俺には分からないのかもしれない。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「すまない、マッケン。お前の気持ちに気づかなかった。だけど、俺は兵士になって安定した収入を得てから、セルフィに話そうと決めてたんだ」
「……本当だろうな?」
マッケンは疑うような目で俺を見つめた。
「ああ。嘘をついてどうする」
しばらく睨み合った後、マッケンは小さく息を吐いた。
「そうか……まあ、そうだよな。まだセルフィ本人に言ってないのに、俺に話すわけにはいかないよな」
ようやく納得したのか、マッケンは拳を下ろした。
「すまない。さっきは殴って悪かった。だけど、早くしないとセルフィはいつまでも待ってくれないかもしれないぜ」
(……見限られるってことか?)
聞きたいことは山ほどある。だが、ここで話を長引かせるわけにはいかない。
「分かってる。俺に任せてくれ、セルフィのことは」
「任せられるんだな、お前に」
俺はマッケンの目をまっすぐ見つめ、しっかりと頷いた。
「……分かったよ。殴ってすまなかった。またゆっくり話そうぜ」
マッケンに背を向け、片手を上げながらその場を離れた。
*
ふぅ……やっと交代することができた。
これで砦を探索できるな。
しかし、マッケンの名前とスポットライト……あれは、この砦とは無関係だった。
カールとセルフィの物語が始まったってことなのか?
考えても仕方ない。まずはシュナイダーだ。
慎重に部屋を見て回るが、今のところ怪しいものは見当たらない。
なかなか見つからないな……。
もしかして、ここには何もないのかもしれない。アーシュの勘違いとも考えられる。
いや、待てよ。こういうのは地下が怪しいと決まっている。
地下へ続く階段はどこだ?
その時、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
(……まずい、兵士か!)
とっさに、さっき調べた部屋へ入り、静かにドアを閉めた。
足音が近づいてくる。
(頼むから、こっちに来るなよ……)
息を潜めていると、兵士の足音が部屋の前を通り過ぎていった。
ふぅ……危なかった。
薄暗く静まり返った部屋を見渡す。
そういえば、昔見た映画でこんな場面があったな。地下にも空気は必要だから、どこかに空気の通り道があるはずだ。
風の音がする部屋を探してみるか。
兵士の気配を警戒しながら、もう一度、部屋を一つずつ調べ直していく。
だが、どの部屋にもそれらしいものは見当たらない。
(……駄目か。ここにも何もないな)
そう思った、その時だった。
――ヒュー……。
微かに風の音が聞こえた。
(……ん? 風の音?)
耳を澄ませると、確かに部屋の奥から聞こえてくる。
(……まさか!)
音のする方へ近づき、石壁に手を当ててみる。
薄暗くて最初は気づかなかったが、壁には人が通れるほどの大きさの切れ目があった。
よく見ると、木製の扉の表面に薄く切り出した石が貼り付けられている。
(……なるほど。壁に偽装していたのか)
そっと手を掛けて押してみると、壁の一部がゆっくりと開いた。
その奥には、地下へ続く階段があった。
(……やっぱり地下か)
階段の先は暗く、どこまで続いているのか分からない。
しばらく耳を澄ませてみたが、人の気配はなさそうだ。
行くしかないよな。主人公は俺だ。
俺は慎重に階段を降り始めた。
一段、また一段と降りるにつれ、ひんやりとした空気が肌にまとわりついてくる。
階段を降りきると、薄暗い通路が奥へと続いていた。
壁には等間隔に松明が灯されている。
(……やっぱり、何かありそうだな)
足音を立てないよう、慎重に進んでいく。
しばらくすると、通路の先に大きな扉が見えてきた。
(……なんだ、この扉?)
そっと手を掛けてみる。
鍵は掛かっていないようだ。
ゆっくりと扉を押し開けた。
途端に、鼻を突く異臭が漂ってきた。
「うっ……なんだ、この臭い。肉が腐ったような……」
思わず鼻を押さえながら、中を覗き込む。
そこには、広い石造りの部屋があった。
床には見たこともない模様が描かれ、その周囲には何本もの燭台が並んでいる。
(……魔法陣か?)
さらに部屋を見渡すと、奥には石造りの祭壇らしきものがあった。
床のあちこちに血の跡が残り、ところどころに肉片のようなものがこびりついている。
(……なんだよ、ここ)
どう見ても、普通の部屋じゃない。
まるで、何かの儀式を行うための部屋じゃないか。
(……シュナイダーと関係があるのか?)




