シュナイダーの砦
アーシュが唐突に口を開いた。
「私の頼み……聞いてくれない?」
俺はドキッとした。
これが、物語の主人公になるってことなのか? 安易に引き受けないよう、言葉を選んで返した。
「その頼みって何だ? 悪いけど、内容を聞いてから決めるぞ」
「そりゃそうよね。会うのはまだ二回目だものね」
アーシュは少し戸惑いながらも、話を続けた。
「あんな高価なライフエールをくれたから、あんたのこと、ちょっと不思議に思ってたの」
「金は欲しいに決まってるだろ。Eランク冒険者なんだから」
俺は一呼吸置いてから、言葉を続けた。
「ただ、困ってるお前たちを放っておけなかった。それだけだ」
「ふふっ、そっか。でも、あんたって変な人。お金は欲しいのに、困ってる人には高価なものをあげちゃうんだから」
アーシュは俺をじっと見つめた。
「だからかな……あんたのこと、信用できる気がするの」
「話を聞いてから決めてくれていいわ。ただ、他言しないって約束してくれる?」
「ああ、約束する」
アーシュは俺の目を見つめてから、ゆっくりと話し始めた。
「シュナイダーは貴族だけど、王族の血は引いていない。でも、私とグレンは遠縁とはいえ、王族の血を引いているの」
「母は、王家に仕えていた兵士長の父と結婚して、王家の決まりで王家を出たの。それから、ここから西にあるロサッドの街で暮らしていたわ。生活は豊かじゃなかったけど、楽しかった」
アーシュは懐かしそうに微笑んだ。その目は、少し赤くなっていた。
そして、すっと立ち上がると、部屋を出ようとした。
「ちょっと、紅茶を淹れてくるわね」
俺はアーシュが部屋から出ていくのを見送ってから、グレンに話しかけた。
「おい、グレン。お前ら、王家の人間だったのか。元はあんな口調なのにな」
「僕たち、普通の家庭で育ったんだ。お母さんは礼儀作法にはうるさかったけど、父さんはうるさくなかったからね」
コンコン。
ノックとともにドアが開き、アーシュが戻ってきた。
紅茶の入ったティーカップをテーブルに並べると、椅子に腰を下ろした。
アーシュは紅茶を一口飲み、続きを話し始めた。
「ある時、領主になったばかりのシュナイダーが母を訪ねてきたの。その時、母が怒っていたのを覚えているわ。何を話していたのかは知らないけど……しばらくして、母は病気で亡くなってしまったの」
アーシュは少し俯いてから、話を続けた。
「その後、シュナイダーがまた近づいてきたの。今度は父にね。父は『シュナイダーはそんなに悪い人じゃない』って言っていたけど……しばらくして、父は急に体調を崩してしまったの」
俺は紅茶を一口飲んでから、尋ねた。
「父親は今、どうしてるんだ?」
「今も意識が戻らず、病院で寝たきりになっているわ。治療費は全部シュナイダーが出しているの」
アーシュは膝の上で拳を握った。
「シュナイダーは、父との約束だと言って私とグレンをこの屋敷に引き取ったの。そして、私が十六歳になったら自分の妻になるように命じてきた。父とグレンを人質にしてね」
「……そうだったのか」
「ごめんなさい。カールからもらったライフエール……実は父のためだったの」
「友達の両親じゃなくて、アーシュの父親のためだったのか。でも、シュナイダーに知られずに届けられたのか?」
「ええ。私のことを唯一わかってくれている人に頼んで、父に届けてもらったわ」
そう言うと、アーシュは胸元のボタンを一つ緩め、首飾りの宝石を取り出してテーブルに置いた。
その宝石は、真紅の輝きを放っていた。
俺は宝石に触れようと手を伸ばした。
その瞬間、指先に弾かれるような鋭い痛みが走った。
「痛っ! なんだ、この宝石は!」
「あっ、触ったら駄目よ。先に言えばよかったわね」
「それは先に言ってくれ……」
「この宝石は、母が王家を出る時に大切に持ってきたものなの。母のお祖母さまから受け継いだものだって聞いてるわ。母が亡くなる前に、私が譲り受け……いえ、引き継いだの」
アーシュは宝石を見つめた。
「レッドアニマ。所有者を一人だけ選ぶ宝石よ。魔力を増幅する力があるの」
魔力を増幅するのか……。魔法が使える奴にとっては、是が非でも欲しい代物だな。
「もし私が、あなたこそレッドアニマにふさわしいと心から思い、次の所有者として認めたなら……この宝石も、あなたを新しい所有者として認めるわ」
「所有者を選ぶ宝石か……」
「簡単に言えば、今の所有者が次の所有者を選ばない限り、この宝石は持ち主を変えないの」
「なるほどな……」
「ダンジョンで私が魔法を使ったの、覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ」
「本当は、私には魔力がほとんどないの。この宝石のおかげで、魔法が使えるようになっているのよ」
俺は改めて、真紅の宝石に目を向けた。
「私、多分だけど……シュナイダーの本当の狙いは、この宝石だと思ってるの。王族の血は、おまけなんじゃないかって」
「レッドアニマが目的ってことか?」
「ええ。それと、この街の東にシュナイダーが所有する砦があるの。そこで何かをしているって噂があるわ。砦へ向かった何人かの使用人が戻ってこないらしいの」
「使用人が戻ってこない?」
「そうなの。カール、危険かもしれないけど……その砦を調べてほしいの」
アーシュは俺をまっすぐ見つめた。
「お願い」
その時だった。
コンコン。
突然、扉をノックする音がした。
アーシュは慌てて首飾りを胸元にしまい、ボタンを留めた。そして、一度息を整えると、先ほどまでのお嬢様らしい口調に戻った。
俺もアーシュとの繋がりを悟られないように姿勢を正し、単に褒美をもらいに来た冒険者の演技に戻った。
「はい、どうぞ」
*
あの後、シュナイダーが帰ってきて、俺は褒美として金貨を受け取った。十万ギール相当になるらしい。
アーシュの依頼については、シュナイダーが帰ってきたため、返事ができないままだった。
シュナイダー……只者ではない雰囲気を醸し出していたな。
あの威圧感は、まるで「もうアーシュに関わるな」と警告されているようだった。
嫌な予感がする。だが、アーシュの話が本当なら、主人公として……いや、俺自身が見過ごすことはできない。
「まずは情報収集からだな。せっかくだから装備も一新するか。褒美ももらったことだしな」
砦について何か手掛かりがないか、街を調べてみることにした。
とはいえ、迂闊に聞いて回れば噂になり、砦の警戒が強まるかもしれない。そうなれば、潜入するのも難しくなる。
何か良い方法はないものか。
そんなことを考えながら歩いていると、ギルドの前に貼られた張り紙が目に留まった。
【ウォール街・兵士募集】
我こそはウォールの街を守りたいという、志ある若者を求む。
配属先:東の砦
食事全額支給
(兵士を募集しているのか……)
これは好都合だな。
人手不足なら、新入りが増えても不自然じゃない。兵士になりすませば、砦の中を調べられるかもしれない。
まずは、装備を揃えるか。
俺は冒険者御用達の装備店に立ち寄り、店主に尋ねた。
「この街の兵士に応募しようと思ってるんですが、兵士の装備はここで揃えられるって知り合いから聞いたんです。まだ残ってますか?」
「兵士用の装備か? そんなに頻繁に入荷するもんじゃないからな。悪いが、今は品切れなんだ」
「そうですか。わかりました」
品切れか……。
まあ、それならそれで、服装が違う言い訳にも使えるな。
俺は店に並んでいる装備を見回した。
レザーの鎧に鉄の剣、それにブーツ。できるだけ兵士と似た服装を選んだ。
役者にとって、衣装は演技の次に大切なものだ。
念のためロープも購入し、店を後にした。
砦へ向かう途中、農家の庭先に、使い古されて先端が曲がった熊手の金具が捨てられているのを見つけた。
「すみません。この熊手の金具、いただいてもいいですか?」
声をかけると、農家の男が不思議そうに俺を見た。
「こんなもの、何に使うんだ?」
「この曲がり具合が、ちょうど芋掘りに使えそうなんですよ」
「芋掘りに? 変わったことを考えるな。まあ、捨てるつもりだったし、持っていっていいぞ」
「ありがとうございます!」
よし、これで準備は整った。
忍び込むなら、夜中がいいだろう。
*
砦が見える位置に陣取り、遠目から周囲を観察する。
砦の周りは石造りの塀でぐるりと囲まれ、その内側に背の高い建物がそびえ立っている。
砦の上部は凹凸のある造りになっており、その間から兵士たちが周囲を見張っていた。
正面には建物の入口へと続く門があり、そこには兵士が一人立って見張っている。
「石造りの壁か……高さは三メートルくらいありそうだな」
先ほど手に入れた熊手の金具を足で踏んで形を整え、ロープに繋いでみた。
「よし、これで忍者が使う鉤縄の完成だ」
あとは見張りの交代時間だが、時計がないので正確には測れない。
しばらく観察していると、砦の中から別の兵士が出てきて、見張りと入れ替わった。
「なるほど、交代はあるのか……」
交代の隙に兵士に紛れて入るか、それとも裏から侵入するか。
俺は砦を見つめながら、侵入方法を考えた。
カッコよく主人公として、決めようじゃないか。
裏から鉤縄で侵入し、堂々と兵士になりきる。中を見回りながら、順番に調べて回ればいい。
我ながら冴えてるぜ。
砦の裏へ回り、鉤縄を放り投げた。
なかなかうまくいかない。忍者の役はやったことなかったな。
何度試したかわからないが、ようやくガッチリとした手応えがあった。
Eランクとはいえ、冒険者の身体だ。すんなりと塀を登ることができた。
塀を越えたところで鉤縄を回収し、近くの茂みに隠しておく。
塀の内側に降り立ち、周囲に人がいないことを確認しようとした、その時だった。
頭上から声が聞こえてきた。
「おい、何か音がしなかったか?」
「そうか? 俺には何も聞こえなかったが……獣じゃないのか?」
やばい!
俺は慌てて砦の壁際に駆け寄り、身体をぴったりと押しつけた。
砦にはかなりの高さがある。ここなら、上から見下ろしても真下は死角になるはずだ。
しばらく息を潜めて様子をうかがった。
……どうやら大丈夫そうだ。
よし、ここからは翔太。転生前に培った役者の技を使う時だ。
俺は入口に立つ兵士の背後から近づき、大袈裟に敬礼した。
「こ、交代の時間です! 先輩、休憩に行ってください!」
「新入りか、お前。それにしても、交代には少し早い気もするが……」
「はい! 今日から配属されました! それと、先輩のために少し早めに来ました!」
「ほう?」
「人手不足とのことで、服装もまだ間に合っておりません!」
「そうか。お前、わかってるじゃないか」
兵士は満更でもなさそうに頷いた。
「人手不足だから人員を増やしてほしいと、兵士長が進言してくれたのか。交代が早いのもそのせいか」
「はい! 急遽決まったことですので、伝達が遅れているのだと思います!交代が早いのは早く慣れるため来ました」
見張りの兵士は俺の肩をポンと叩いた後、突然、俺の腕を掴んで捻り上げた。
「イタタタッ!」
(やばい、バレたか!? 剣を抜くか!?)
一瞬で最悪の事態が脳裏をよぎる。だが、下手に反撃すれば一発で偽物だと確定する。
俺はあえて力を抜き、情けない声を張り上げて『痛がる新兵』を演じきった。
すると兵士はクスッと笑い、腕を放してポンと背中を叩いてきた。
「新入り、こんな簡単にやられるようじゃ駄目だな。もっと緊張感を持って配置につけ。……まあ、先輩のために早めに来たっていう心意気は買ってやる。わかったな?」
「はい!」
兵士の姿が見えなくなると、ようやく息を吐いた。
心臓が飛び出しそうなほどドキドキしている。服の中は、すっかり汗で濡れていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




