新たな依頼
兵士が俺に槍を向けてくる。
「おい、お前がアーシュお嬢様を連れ出したのか」
すると、アーシュが俺の前に出た。
「ダンジョンには、私の意思で行きました。この方は、困っていた私を出口まで連れてきてくださっただけです。それどころか、私の恩人です。その槍をお引きなさい」
俺が唖然としていると、兵士たちの奥に停まっていた馬車から、一人の男が降りてきた。
その瞬間、男の名前が赤色で表示された。
【カーツ・シュナイダー】
【ウォールの領主】
――――――
「アーシュ。なぜ、このような危険なところに入った。万が一のことがあったら、どうするつもりだったのだ」
「叔父さま、申し訳ございません。どうしても必要なものがありましたので……ですが、もう手に入りました。大丈夫でございます」
「必要な物は与えているはずだ。このようなことは二度とするな」
シュナイダーは一度頷いた。
「それとアーシュ。私はもうお前の婚約者だ。いつまでも叔父さまではなく、シュナイダーと呼べと言っているだろう」
「……」
「まあ、いい。それより、その男は誰だ?」
兵士が先ほどの出来事をシュナイダーに伝える。
「ほう。アーシュを助けてくれたそうだな。後で屋敷に来るがよい。褒美を取らそう」
シュナイダーは馬車へ振り返った。
「アーシュ、グレン。馬車に乗りなさい」
アーシュとグレンは頷き、こちらを見た。
グレンは小さく手を振ってから馬車へ向かう。その横には、まだ【グレン】の名前が表示されている。
アーシュも、どこか寂しそうな表情を浮かべた。俺に向かって膝を少し折って一礼すると、馬車へ乗り込む。
【アーシュ】の名前も消えていない。
やがて馬車が走り去り、残っていた兵士も俺を一瞥して、その場を離れていった。
「……赤い名前だったな」
カーツ・シュナイダー。この街の領主。そして、その下には見えない部分があった。
何か隠し事でもあるのか。
それに、アーシュとグレンの名前も消えなかった。
「まだ、この物語は終わってないってことか」
まあ、褒美もくれるらしい。屋敷には行ってみた方がよさそうだ。
「その前に、ギルドで換金して飯だな」
腹をさする。
「主人公でも、腹は減るもんなんだな……」
*
ギルドで換金を済ませ、飯を買ってから一度自宅へ戻った。
「さて……一旦、『主演』を確認してみるか」
えーと……。
「ステータス!」
そう口にすると、目の前に半透明の画面が広がった。そこには、二つの名前が表示されている。
【カール】
【翔太】
「まずはカールだな」
名前に触れる。
【カール】
【種族 人族】
【レベル 8】
【職業 冒険者】
【スキル ――】
「うーん。もっとゲームみたいに詳しく分かるかと思ったけど、こんなもんか」
次は翔太。まあ、転生する前の俺の名前だ。
【翔太】
【種族 異世界人】
【レベル 2】
【職業 転生者】
【スキル 主演 3%】
「……職業が転生者って、なんだこれ」
それより――。
「主演、3%……?」
何の割合だ?
レベルが上がったからなのか。それとも、マーシャやアーシュたちと関わったからなのか。
今のところ、分からない。
それにもう一つ。赤い名前で表示された、カーツ・シュナイダー。
「屋敷に行けば、何か分かるかもしれないな」
カールの記憶を探る。
カーツ・シュナイダーは、この街ウォールの領主。税率も高くなく、領民からの批判も少ない。評判だけを見れば、まずまずの領主みたいだ。
「なのに、赤文字か……」
何か裏があるのか。
考えていても答えは出ない。
「よし。次の舞台はシュナイダー邸だ」
*
翌日。
昨晩、セルフィが持ってきてくれた売れ残りのパンを水で流し込み、シュナイダーの屋敷へ向かった。
シュナイダーの屋敷――いや、邸宅は、ダンジョンとは反対側にあった。大きな門の前には、二人の兵士が立っている。
ここは、役者として培った度胸と芝居の見せどころだ。堂々とした冒険者を演じてやる。
「シュナイダー様の邸宅は、こちらで間違いないか?」
兵士は俺の身なりを見ながら答えた。
「そうだが、お前のような者が今日来るとは聞いていない」
「昨日、こちらのアーシュお嬢様と弟のグレン様を助け、シュナイダー様自らお招きいただいたのだが……そのような態度でいいのか?」
兵士の表情がわずかに揺れた。
一人が確認のため、屋敷の奥へ向かっていく。残った兵士が訝しげに俺を見る。
「シュナイダー様自ら招待しただと?」
「ああ」
「おい。もし嘘だったら牢屋行きだぞ」
内心はドキドキしている。だが、俺は嘘を言っていない。
ここはきっちり言い返しておこう。
「じゃあ、本当だったら、あんたが牢屋に入るのか?」
「なっ……」
そうこうしているうちに、先ほどの兵士が戻ってきた。俺の前で姿勢を正し、敬礼する。
「シュナイダー様はご不在ですが、アーシュ様がお通しするようにとのことです」
「そうか」
ちらりと、さっきの兵士へ目を向ける。そいつは気まずそうに俯いていた。
俺は何も言わず、門をくぐった。兵士が一人、後ろについてくる。
邸宅の入口へ足を踏み入れると、奥からグレンが駆け寄ってきた。その横には、相変わらず名前とスポットライトが浮かんでいる。
「カール! よく来てくれたね。お姉ちゃんも喜んでるよ!」
「グレン。私は別に喜んでいませんよ」
その後ろから、アーシュが歩いてくる。
「カール、よく来てくださいました」
ダンジョンの時とは、まるで別人みたいな口調だ。
アーシュは俺の前まで来ると、丁寧に一礼した。
「ライフエールのおかげで、友人の両親も助かりました。改めてお礼を申し上げます」
「無事だったならよかったよ」
「叔父さま……いえ、シュナイダー様は、ただいま外出しております」
一瞬だけ言い直した。
「お戻りになるまで、私とグレンの部屋でお待ちいただけますか?」
俺はアーシュをじっと見る。
なるほど。ここは、俺も合わせてやるか。
片膝をつき、胸に手を添える。
「カールでございます。先日とは、ずいぶん口調が違っておられますが……アーシュお嬢様で間違いございませんよね?」
「……」
アーシュの眉がわずかに動いた。
俺は少し笑って立ち上がる。
「承知しました。お部屋で待たせていただきます。ご案内をお願いいたします」
アーシュは兵士に、部屋の外で待つよう伝えた。
三人で部屋へ入る。
アーシュが後ろ手にドアを閉めた。
カチャリ。
その瞬間――。
「ふぅぅ……」
大きく息を吐く。
さっきまでのお嬢様らしい表情が、一気に崩れた。
「あんた、本当に褒美をもらいに来たの? ライフエールをくれた割には……」
「やっぱり、そっちが本物か」
「うるさいわね」
アーシュは俺を値踏みするようにじっと見つめた。何かを言おうとして、少し迷うように唇を噛む。
そして――。
「ねえ、カール」
「なんだ?」
「私の頼み……聞いてくれない?」
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