スキルの名は主演
前世の俺は、売れない役者だった。
何年も下積みを続け、ようやく舞台の主演に抜擢された。もっとも、主演予定の役者が怪我をしたため、背格好の似ている俺に代役が回ってきただけなのだが。
それでも、初めて掴んだ主役の座だった。
――だが、初主演の舞台に立つことは叶わなかった。
本番に向けた稽古は順調だった。ヒロイン役の女優とも打ち解け、舞台の仲間たちとも息が合うようになっていた。
そして、いよいよ明日が公演初日。
劇場には出演者全員が集まり、最後のリハーサルが始まった。
俺がヒロインを抱き上げ、くるりと回転するシーン。
何度も練習した場面だ。
ヒロインを抱き上げ、ゆっくりと身体を回転させる。スポットライトの光が二人を照らしていた。
そのときだった。
ヒロインの肩越しに、天井から吊り下げられた大きなスポットライトが目に入った。
スポットライトが、ぐらぐらと揺れている。
次の瞬間、天井から何かが外れる音が響いた。
「危ないっ!」
俺は叫ぶと同時に、ヒロインを抱えたまま床へ倒れ込み、その身体に覆いかぶさった。
まるで、物語の主人公がヒロインを守るように。
――ガシャーン!
頭に凄まじい衝撃が走った。
最後に聞こえたのは、ガラスが砕け散る音だった。
*
どうやら俺は、ヒロインを助けた代わりに、落下したスポットライトが頭を直撃して死んだらしい。
せっかく掴んだ主演の座を失ったのは、正直悔しい。
何年も待ち続けた、たった一度のチャンスだったのだから。
だが、ヒロインが無事だったと神様から聞かされたとき、不思議と後悔はなかった。
舞台に立つことはできなかった。
それでも、あの瞬間だけは――
俺も、誰かを守る主人公になれた気がした。
観客の前では主役になれなかったが、あの子の人生では、少しくらい格好いい主人公を演じられたのかもしれない。
そんな俺に、神さまは言った。
「せっかく主演選ばれたというのに、死んでしまうとはな。だが、人ひとりの命を救ったお前に、もう一度チャンスをやろう。今度こそ主演になれる世界へ転生させてやる」
俺の願いは、ずっと変わらない。
誰かの代役じゃない。今度こそ、自分自身が主役になることだ。
この新たな世界が俺の舞台。
そして、この世界に存在するすべてが俺の観客だ。
目指すは――世界を股にかける、最強の主人公だ。
*
目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
身体を起こそうとした時、ベッドの縁に顔を埋めるようにして、一人の女性が眠っているのに気づいた。
誰だ、この人。
そう思った瞬間だった。
自分のものではない記憶が、頭の中へ一気に流れ込んできた。
二十歳で生涯を終えた、カールという男の記憶。
断片的とはいえ、台本数十冊分はありそうな人生が、強制的に頭の中へ叩き込まれてくる。
「う、ああっ……!」
耐えきれず、両手で頭を抱えた。
「カール! 大丈夫!? 三日も目を覚まさなかったのよ!」
女性が飛び起き、涙を浮かべながら俺の顔を覗き込んできた。
流れ込んだ記憶によれば、カールは冒険者だった。ダンジョンで魔物の毒を受け、何とか自宅まで戻ったものの、そのまま力尽きたらしい。
そして俺は、死んだカールの身体に転生した。
目の前の女性は――セルフィ。カールの幼馴染だ。
(……まずは怪しまれないようにしないとな)
前世では売れなかったとはいえ、何年も役者をやってきた。
カールの記憶から、彼女と話す時の表情、声の高さ、喋り方の癖を拾い集める。病み上がりの掠れ声を作り、幼馴染に向ける柔らかい笑顔を浮かべた。
「……もう大丈夫だ、セルフィ」
そっと彼女の手を握り返す。
「俺、ずっと寝込んでたんだな。看病してくれてありがとう。助かったよ」
声のトーンも、間の取り方も、記憶の中のカールと寸分違わないはずだ。
セルフィはしばらく俺を見つめていたが、やがて安堵したように息を吐いた。
「……よかった。本当に、よかった……」
そのまま俺の手を握り、ベッドの縁へ顔を伏せる。ほどなくして、小さな寝息が聞こえてきた。
よほど長い間、付き添ってくれていたらしい。
まさか異世界に来てまで、芝居が役に立つとはな。
俺はセルフィを起こさないように立ち上がり、そっと肩に毛布をかけた。
部屋を出て、玄関の扉を開ける。
その向こうは、陽の光がこちらに微笑むように照らしていた。中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みが広がっていた。
石畳の道を行き交う人々。軒を連ねる建物。どこを見ても、日本とはまるで違う。
俺は大きく息を吸った。
「よし! 今度こそ、俺が主役になってやる!」
俺には、神さまから与えられた『主演』というスキルがある。
発動している間は、その場面の主人公として振る舞えるらしい。もっとも、具体的に何ができるのかは、まだよく分かっていない。
この世界にはダンジョンも、魔物も、強者もいる。試す機会はいくらでもあるだろう。
俺は石畳の街へ一歩踏み出した。
「さあ――第二幕の始まりだ」
*
街を歩くうちに、カールの記憶も少しずつ整理されてきた。
翔太としての記憶と、カールとしての記憶。最初は入り混じっていた二人分の人生が、今では別々に思い出せる。
「さて、カール。お前のことをもう少し教えてもらうか」
カールは二十歳の冒険者。
父親も冒険者だったが、数年前から行方不明。遺体は見つかっておらず、周囲からは亡くなったものと思われている。
母親は病気になり、薬代と生活費を稼ぐためにカールは冒険者になった。だが、その母親も数年前に亡くなっていた。
そして三日前、ダンジョンの六階で魔物の毒を受けた。
「……苦労してきたんだな」
次はセルフィ。
十九歳。実家のパン屋で働いている。カールとは幼馴染で、カールは彼女に想いを寄せていたらしい。ただ、収入が乏しく、なかなか気持ちを伝えられずにいたようだ。
この街には冒険者ギルドがあり、冒険者にはE、D、C、B、A、S、SSというランクがある。
そしてカールは――Eランク。
俺は思わず苦笑した。
「売れない役者に、万年Eランクの冒険者か。お互い、下積みが長かったみたいだな」
境遇は違うのに、何となく他人とは思えない。
「安心しろ、カール。お前の仇も討ってやる。ダンジョンだって制覇してやるよ」
今度はこいつの人生ごと、一気に駆け上がってやる。
「まずは冒険者ギルドだな。クエストでも見繕うか」
それにしても、一つの頭に二人分の人生が入っているとは。
「転生者って便利なもんだな」
*
冒険者ギルドに入ると、まず中にいる人間をそれとなく観察した。
受付を除けば、冒険者は五人。そのうち三人はパーティーを組んでいるのか、テーブルを囲んでダンジョン内での動きを打ち合わせていた。
クエストはどこに張り出してあったっけな。カールの記憶をたぐる。
「掲示板っと……あった、あれだ」
掲示板には、数種類の依頼書が張り出されていた。
【ランクB ヴァンロードの討伐】
【ランクC スカルイーターが落とす魔石、五個】
「いきなりBランクは無理だな。もっと簡単なのは……」
そして、ようやく見つけた。
【ランクE ぷにぷにゼリーが落とす鉱石、三個】
「おっ、これならいけそうだ」
報酬は五千ギール。三日分の食費にはなるらしい。
依頼書を剥がし、受付へ向かう。
さて、カールの口調は……こんな感じだったか。
「すいません、ちょっといいですか?」
受付嬢は俺を見ると、少し驚いた顔をした。
「あら、カール。しばらく見なかったから、死んじゃったかと思ってたわ。Eランクさん」
後ろから笑い声が聞こえた。
「死んだらもうセルフィに会えないぞ。いっそ生活を見てもらえって。いまだにEランクじゃ、セルフィにも愛想を尽かされるぞ」
受付嬢まで笑いながら口を挟む。
「そのとおりだわ。危ない思いをするくらいなら、そうしたらどう?」
その瞬間だった。
受付嬢の横に、突然文字が浮かび上がった。同時に、まるで舞台のようにスポットライトが彼女を照らす。
俺が死んだ原因がスキルに使われているのか?これを、乗り越えて行けってことか、神さま。
【マーシャ】
【性格の悪い受付嬢】
何だこれ。
(まさか、スキル『主演』か?)
まあ、いい。まずはカールを演じきろう。記憶にあるカールなら、ここで怒鳴り返したりはしない。
泣きそう顔をしながら、マーシャの目を見つめる。
「ははは、マーシャさんにまで言われるとは。まあ、慣れてますから。いくらでも言ってください。いまだにEランクですから、俺」
そして、上目遣いで、マーシャをチラッとみる。
カールだけじゃない。俺自身、こういうのには慣れている。
――才能もないのに、いつまでこの世界にいるの?
前世じゃ、何度言われたことか。
(……共感するぜ、カールよ)
ダンッ!
突然、マーシャがカウンターを叩いた。
「カールは一生懸命にやってるのよ! 両親を早くに亡くして、それでも冒険者になって頑張ってるんだから、笑われるようなことなんかしてないわ!」
「……え?」
さっきまで一緒になって笑っていたマーシャが、突然俺を庇い始めた。何より驚いたのは、俺自身だった。
冒険者たちも困惑した顔でマーシャを見つめていたが、やがてばつが悪そうにギルドを出ていった。
「カール、クエストの受注は完了したわ。気をつけてね。それと……これは私から」
マーシャが差し出したのは、一本の回復薬だった。
「ライフエールよ。高級な回復薬だから、大事に使いなさい」
「えっ、いいのか? ありがとう、マーシャ」
もう一度彼女を見ると、名前とスポットライトは消えていた。
マーシャは俺の手元に視線を落としている。先ほどまでの勢いはどこへやら、困惑した表情で、ライフエールを名残惜しそうに見つめていた。
俺がギルドを出ようとすると、彼女は何か言いかけたが、結局何も言わずに目を逸らした。
ギルドを出たところで、俺は足を止めた。
(……今のは何だったんだ?)
俺は何もしていない。ただ、カールならどうするか考えて振る舞っただけだ。
なのに、あのマーシャが俺を庇い、高級な回復薬までくれた。しかも、スポットライトが消えた後の様子は明らかにおかしかった。
「……主人公補正ってやつか?」
いや、まだ分からない。とりあえず、もう少し試してみるしかないな。
*
しばらく歩くと、大きな看板が見えてきた。
【ウォールダンジョン ダンジョンレベル2】
【※十五歳未満侵入禁止】
「なんかテーマパークみたいな看板だな」
カールが命を落としたのも、このダンジョンだ。六階で魔物の毒を受けている。
だったら、油断はできない。
「今日は一階だけだ。主人公がいきなり死んだら笑えねえ」
俺は入口をくぐった。
石造りの階段を降りると、迷路のようにいくつもの分かれ道が続いていた。ウォールダンジョンの名の通り、天井も壁も床も石造りだ。
カールが持っていたブロンズソードを抜き、慎重に進んでいく。
「よっしゃ。世界の主人公への第一歩だな」
しばらくすると、通路の奥で水色のゼリーのような魔物が動いているのが見えた。カールの記憶によれば、ぷにぷにゼリーで間違いない。
「よし、初実戦だ。やってやるか」
舞台で剣を握ったことならある。もちろん、本物じゃない。殺陣の稽古だって何度もやってきた。
イミテーションとは違い、手にズッシリと重みが感じられた。
剣を両手に構える。生きるか死ねかの戦い。額には、既に汗が滲んでいる。
「転生最初の戦闘、やってやる!」
俺は勢いよく踏み込み、剣を頭上に掲げ、ぷにぷにゼリーめがけて一気に振り下ろした。
だが――。
スルッ。
剣がぷにぷにゼリーの柔らかい身体を滑り、そのまま石造りの床を叩いた。
ガキィン!
「いってぇ!」
力いっぱい振り下ろした反動で、剣が手から弾き飛ばされた。
「やばい! こんなところで!」
ぷにぷにゼリーが身体を縮めた。
(反撃する気か!? どうすれば……)
次の瞬間、勢いよく飛びかかってきた。
「うおっ!」
咄嗟に両腕を交差させ、体当たりを受け止める。
「ぐっ……! これなら!」
何とか押し返し、急いで剣を拾い上げた。
痺れる手で柄を握り直す。
「そう簡単にはいかないってか!」
(大振りは危険だな。だったら……!)
俺はぷにぷにゼリーに向かって、剣を真っすぐ突き出した。
ブスリッ!
「よし、刺さった!」
だが、ぷにぷにゼリーは止まらなかった。
剣に突き刺さったまま、柔らかい身体を伸ばし、刃を伝ってこちらへ迫ってくる。
「うわっ! 何だこいつ!」
このままじゃ、また体当たりを食らう!
「だったら、これでどうだ!」
俺は剣を突き出したまま、ぷにぷにゼリーを壁に向かって押し込んだ。
「うおりゃああっ!」
ドンッ!
ぷにぷにゼリーが壁に叩きつけられ、ぐにゃりと潰れた。
そのまま床に落ち、ふらふらと揺れている。
「はぁ、はぁ……」
しばらく様子を見ていると、ぷにぷにゼリーの身体がゆっくりと消えていった。
「……何とか倒せたな。カール、見直したぜ」
やがて身体がゆっくりと消え、その跡に小さな鉱石が一つ残った。
「おっ、これがクエストの鉱石か」
鉱石を腰袋へ入れ、剣を見つめる。
「世界最強を目指して、最初の敵に苦戦か……」
まあ、生まれた時から最強の主人公なんていないか。
「とりあえずは、『主演』を自分のものにしてからだな」
*
さらにダンジョンを進んでいると、通路の先から声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、怖いよー。まだ先なの?」
「何言ってんの。まだまだ先よ。下の階に行かないと。だから来なくていいって言ったじゃん」
「だって、心配なんだもん」
(……子供の声?)
「まさか、入り込んだのか?」
声のする方へ小走りで向かうと、二人の子供がいた。
「おい、二人とも。ここは危険だ。二人とも十五歳未満だろ。入口の看板にも書いてあったはずだぞ」
その瞬間――。
男の子の横に名前が浮かんだ。
【グレン】
【姉思いの男の子】
そして、もう一人。
【アーシュ】
【勝ち気な口調だが、裏では健気な女の子】
「……まただ」
マーシャの時と同じ。二人にスポットライトが当たっている。
姉思いの男の子と、勝ち気だが健気な女の子。
(この二人も、物語の登場人物ってことか?)
「あんた何? 関係ないでしょ。私たちのことは放っておいてよ」
「姉ちゃん、助けてもらおうよ」
「嫌よ。こんな知らない男に助けてもらうなんて。それに私は十五歳よ。失礼じゃない」
「アーシュは十五歳か。悪かったな。でも、弟のグレンはまだ子供だろ」
アーシュの目が細くなった。
「あんた……何で私たちの名前を知ってるの?」
「え?」
「怪しいわね。まさか、あの人……叔父さんから言われて来たの?」
(しまった。名前が見えているのは俺だけだった!)
どうする?
舞台なら、台詞を飛ばした役者がいたって芝居は止められない。こういう時は――アドリブだ。
「叔父さんのことは知らないが、アーシュとグレンが呼び合ってるのが遠くから聞こえてきたんだ」
(……我ながらナイスアドリブ)
「……まあ、いいわ。さあ、行くわよ、グレン」
アーシュは嫌がるグレンの手を引き、奥へ進もうとした。
その時だった。
通路の奥から、ぷにぷにゼリーが次々と現れた。
一匹、二匹――五匹。
「もう! あんたが話しかけてくるから出てきちゃったじゃない!」
「それは俺のせいじゃないだろ!」
俺は二人の前へ出た。
「下がってろ!」
一度戦って、コツは掴んでいる。五匹相手に通用するかは分からないが、子供たちを見捨てるわけにはいかない。
その瞬間、目の前に文字が浮かび上がった。
【『主演』戦闘スキル発動】
【主人公補正:各ステータス上昇】
【スキル『スラッシュ』使用可能】
「……おおっ!?」
気づけば、俺自身もスポットライトに照らされていた。
(今度は俺が主役ってことか!)
全身の感覚が研ぎ澄まされていく。まるで舞台上でスポットライトを一身に浴びているようだった。
身体が自然に動く。何度も稽古を重ねてきた殺陣のように、次にどう動けばいいのかが分かる。
「そこだ!」
ブスリッ!
正確に中心を貫き、一匹目を倒す。そのまま剣を引き抜き、返す刃で二匹目も仕留めた。
「おっ、いい感じじゃないか!」
三匹目へ踏み込もうとした、その時。
「火の精霊よ、いでよ! ファイヤーアロー!」
俺の横を炎の矢が駆け抜け、二匹のぷにぷにゼリーをまとめて吹き飛ばした。
「おお……アーシュ、やるじゃないか!」
「このくらい当然よ!」
残る一匹が身体を縮め、勢いよく飛びかかってきた。
さっきの俺なら、まともに食らっていただろう。だが、今度は違う。
半歩身体をずらし、飛び込んできたぷにぷにゼリーをかわす。
(……そうだ。さっき表示されたスキル、使ってみるか!)
「これで終わりだ! 必殺のスラッシュ!」
剣を振り抜いた瞬間、斬撃が飛び、ぷにぷにゼリーを切り裂いた。
「おおっ! すげえ!」
五匹のぷにぷにゼリーは次々と消え、その跡には鉱石が二つ残った。
同時に、俺を照らしていたスポットライトも消えていった。
(……あれ? もう終わりか?)
「あんたもやるわね。少しは見直したわ」
グレンがアーシュの袖を引っ張った。
「お姉ちゃん、この人に名前を聞こうよ」
「……仕方ないわね。あんた、名前は何ていうの?」
「俺はカール。Eランク冒険者だ」
「そう。ランクなんか関係ないわ。カール、私たちは地下五階に行くところなの」
「五階? 何しに行くんだ?」
「友達の両親が病気なの。五階の魔物が落とすライフジュールを集めて、ライフエールを作るつもり」
「ライフエール……?」
俺は腰袋に手を入れ、マーシャにもらった回復薬を取り出した。
「これか?」
アーシュが目を見開いた。
「それ! それよ!」
俺は手の中のライフエールを見つめた。
マーシャから、たまたまもらった回復薬。その直後に、たまたまその薬を必要としている姉弟と出会った。
しかも、二人にも名前が表示された。
(……待てよ)
出来すぎている。まるで映画やゲームの主人公じゃないか。
「……これが『主演』?」
だとしたら、このスキルは単純に強くなる能力じゃない。
俺を――物語の主人公にする能力?
「一つでいいのか?」
「一つでいいわ。でも、かなり高価な薬よ。なかなか出回らないから」
俺はライフエールを見る。
持っていた方がいいに決まっている。カールはこのダンジョンで死んだんだ。今度は俺が同じ目に遭うかもしれない。
でも――。
物語の主演、主人公は俺だ。
グレンを見る。怖くて仕方ないくせに、友達のためにここまで来たのか。
俺は小さく息を吐いた。
「アーシュ、一つ提案がある」
「何よ?」
「俺はぷにぷにゼリーが落とす鉱石を集めてる。さっきお前が倒したやつから鉱石が出ただろ?」
「だから?」
俺はライフエールを差し出した。
「交換だ」
アーシュが目を丸くする。
「あんた、本気で言ってるの? こんな鉱石、簡単に手に入るわよ。それとライフエールじゃ全然釣り合わない」
「俺には必要な鉱石だ。それでいい」
「でも……」
「貸し借りなし。それなら受け取れるだろ?」
アーシュは黙った。しばらくライフエールを見つめ、やがて両手で受け取った。
「……ありがとう、カール」
「だから交換だって」
俺は足元の鉱石を二つ拾い、腰袋へ入れた。
これで三個。クエスト達成だ。
アーシュが俺をじっと見つめている。
「カール……あんた、何者なの?」
「さっきも言っただろ」
俺は腰のブロンズソードを軽く叩いた。
「ただのEランク冒険者だよ」
今のところは、だけどな。
「よし。全員目的は達成したし、帰るぞ」
「はい!」
グレンが嬉しそうに答えた。アーシュもライフエールを大事そうに抱えている。
だが、二人の名前とスポットライトは、まだ消えていなかった。
(……おかしいな。マーシャの時は消えたのに)
目的は達成したはずだ。
(まだ、この二人の出番は終わっていないってことか?)
「帰りましょう。早くこれを持っていかないと」
俺たちは来た道を引き返した。
マーシャ、アーシュ、グレン。
『主演』が発動した時だけ見える名前。そして、まるで最初から用意されていたように繋がっていく出来事。
少しだけ、分かってきた気がする。
名前が見えた人間が勝手に俺の物語へ入ってくるんじゃない。俺が主人公として関わることで、物語が動き出す。
――これが、スキル『主演』なのか。
まだ、名前が見える条件も、このスキルがどこまで俺の人生に関わってくるのかも分からない。
それでも、一つだけは確信していた。
俺はこの世界で――脇役じゃない。
主人公だ。
眩しい陽射しに目を細めながら、ダンジョンの外へ出る。
初クエスト終了。
これで、主演としての第一歩は――。
「いたぞ!」
突然、男の声が響いた。
「え?」
顔を上げる。
ダンジョンの入口に、三人の兵士が立っていた。
三人とも、こちらを見ている。
いや――俺じゃない。
アーシュを見ている。
隣で、アーシュの顔から笑顔が消えた。
「……見つかった」
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