神さまの贈り物
「私の勇者は死なないよ……」
セルフィは、その先に続く言葉が怖くて口にできなかった。
カールとセルフィ、二人の間に長い沈黙が流れた。
どれほどの時間が過ぎただろう。
二人には、一瞬の時間だった。
セルフィはゆっくりと顔を上げ、カールにそっと別れの口づけをした。
そして唇を離すと、カールにゆっくりと背を向けた。
「……私の勇者が、私を困らせたりしないもんね。まだ悲しみの方が強いけど……私は前を向いて歩くから」
「あなたは、やっぱり私の勇者だった。どんな高価な物より、最高のプレゼントをありがとう。……指輪じゃないよ?」
セルフィは夕焼けの中にカールの笑顔を思い浮かべ、そっと微笑んだ。
「カールがくれたこの気持ちが、最高の贈り物だから」
カールは、セルフィの背中をそっと抱きしめた。
二人の間に、もう言葉は必要なかった。
カールは最後にセルフィの頬へ軽く口づけをすると、耳元で囁いた。そして、ゆっくりとその手を離した。
セルフィは、遠ざかっていく足音をいつまでも聞いていた。
*
翔太は、あの後、カールの自宅に帰っていた。
カールが言うには、残された時間はもうあまりないらしい。
「時間いっぱい、セルフィといなくてよかったのか、カール」
「ああ、会えるはずのなかったセルフィに会えた。……それに、この手で抱きしめることができた」
「翔太、お別れの時間が来たみたいだ。『魂の導き』は、神様からのプレゼントだったんだよ」
「翔太に身体と記憶を渡した見返り……みたいなことを言っていたよ」
「そうか……。でも、またどっかの世界に生まれ変われるさ。カール、お前ならな」
「ありがとう、翔太。最後になるけれど、僕がいなくなれば、君の中から僕の記憶、セルフィとの記憶も消える」
「そうか、お前との記憶も消えるのは寂しいな。けど、カールの記憶には助けられたけど、苦しめられたりもしたな。……また会える日が来るまで、さよならは言わない。またな」
「うん。翔太も頑張って、僕の代わりに主人公になってくれ。……またな」
*
――翔太は、なぜ自分が天井をじっと見つめていたのか、分からなかった。
頬が濡れている理由も。
彼は身体を起こすと、テーブルの上に置かれた山盛りのパンを、どうやって食べ切ろうかと真剣に考え始めた。
*
シュナイダーとの戦いで負った傷が、だいぶ癒えてきた。
手のひらに少し傷痕が残ったが、物を持っても痛みや違和感は出ていない。
食事は、ずっとパンを水で流し込んでいた。なぜか食べ切らないといけない気がして、ようやく食べ終わった。
そのとき、ノックもなしに扉が開いた。
「怪我の具合はどうなの?」
アーシェだった。
「お前な、ここは俺の家だぞ。ノックぐらいしろ」
「カールには、見られたら困るものなんかないでしょ」
カール……転生前の体の持ち主の名前だったな。神様がそう言っていたような気がするけど。
翔太にどう戻すかだな。
「俺にも見られたくないものだってある。アーシェ、実はな、俺の名前を翔太って呼んでくれないか。お前の頼みを聞いたよな。だったら何も聞かずに翔太って呼んでくれ」
「はあぁ? いきなりカールをやめて翔太って呼べだって? なんか意味あるの?」
「そこはあまり気にするな。アーシェだから頼んでるんだ」
アーシェはよく分からないという表情をしてから、少し嬉しそうな顔をした。
「私にはどっちでもいいわ。それより、王都から調査隊が来たの。砦に行くから、かっ、翔太にも同行してほしいって言ってるの」
「それを先に言えよ」
砦か……魔人の件もまだ解決していない。行って確かめてみるか。
「よし、俺も同行するから連れて行ってくれ」
*
翔太とアーシェは、調査隊の中継地点となっているシュナイダーの元屋敷へ向かって歩いていた。
その途中、パン屋の前に停まった馬車が目に入った。
馬車からパン屋の入り口まで、赤いカーペットが敷かれている。
「アーシェ、あれはなんだ?」
「あんた、何にも知らないのね。あれは貴族が花嫁を迎えに来てるところよ」
そのとき、パン屋の入り口から、綺麗なドレスを着た一人の女性が出てきた。
周りの人々は祝福するように、花びらを撒いている。
アーシェは女性に見惚れていた。
「綺麗な人ね。こっちを見てない?」
翔太はアーシェに言われて、その女性に目を向けた。
そのとき、女性と目が合った。
「そうか、俺は知らないな。けど、清楚で綺麗な人だな」
女性がこちらに向かって何か呟いたように見えたが、翔太は気にせずアーシェを見た。
「アーシェ、行くぞ。調査隊が待ってるだろ」
「そうね、行きましょう。おめでとう、綺麗な花嫁さん」
女性は男性の手を取り、馬車に乗り込んだ。
その女性の胸元では、ネックレスに通された指輪が静かに揺れていた。




