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守るために婚約者を手放した王太子は、彼女がもう戻らないことを後から知る  作者: あめとおと


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第4話:優しい切り捨て



 それからというもの。


 わたくしたちは、見事なまでに“婚約者らしい距離”を保つようになりました。


 ――ええ、世間一般が思い描く通りの。


 必要な場でのみ言葉を交わし、

 それ以外では互いに干渉せず、

 視線すら交わさない。


 以前と同じ光景。


 けれど、その“中身”は、まるで違うものでした。


(……徹底していらっしゃるのね)


 舞踏会の会場にて。


 煌びやかな光の中、わたくしは静かにグラスを傾けながら、遠くに立つ彼の姿を視界の端で捉えておりました。


 王太子殿下。


 常と変わらぬ威厳ある立ち姿。


 そして、その隣には――


「殿下、こちらのお菓子、とても美味しいです!」


 屈託のない笑顔で声をかける、聖女リディア様。


 距離は近い。


 けれど、決して“無礼”ではない絶妙な位置。


 ……お上手ですこと。


 周囲の視線を意識しているのか、それとも本能的なものなのか。


 いずれにせよ。


 あの距離は、“許される距離”として成立してしまっている。


 そして。


 それを、誰も咎めない。


 むしろ――


「やはり聖女様は、殿下のお側が一番お似合いですわね」


「ええ、本当に。あの自然体が素晴らしいわ」


 そんな声すら、聞こえてくる始末。


 ……まあ。


 それも、当然の流れでございましょう。


 奇跡を起こす存在。


 民に愛され、教会に認められ、そして王太子に寄り添う。


 それがどれほど“絵になる構図”かなど、説明するまでもありませんもの。


 ――では。


 そこに、わたくしは必要でしょうか。


(……いいえ)


 答えは、考えるまでもなく明白でした。


 わたくしがそこに立てば。


 比較が生まれる。


 評価が下される。


 そして、そのすべてが――彼に向く。


 それは、避けるべきこと。


 だから。


 彼は距離を取った。


 だから。


 わたくしも――


「失礼いたします」


 静かに、その場を離れます。


 誰にも気づかれないように。


 何事もなかったかのように。


 ただ、少しだけ。


 その場に“いない存在”になるだけでいい。


 それが、最も波風の立たない選択。


 ――ええ。


 理解しておりますとも。


 これは、“優しさ”なのです。


 彼の。


 そして、わたくし自身の。


 だからこそ。


 こんなにも、胸が静かに痛むのでしょう。


 その夜。


 舞踏会の終盤にて。


 わたくしは、偶然を装って彼とすれ違いました。


 廊下の角。


 人の少ない場所。


 けれど、完全に二人きりではない距離。


 ――ちょうどよい、他人行儀の空間。


「……殿下」


 軽く頭を下げる。


 彼もまた、形式通りに応じる。


「ああ」


 短い声。


 それだけ。


 以前であれば、このあとに何かしらの言葉が続いたはずなのに。


 今は、何もない。


 沈黙だけが、間に落ちる。


 その沈黙を破ったのは、わたくしでした。


「本日の舞踏会、大変賑やかでございましたね」


「……そうだな」


「聖女様も、すっかり皆様に受け入れられているご様子で」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、彼の視線が揺れました。


 けれど、すぐに抑え込まれる。


「……ああ」


 それだけ。


 それ以上でも、それ以下でもない返答。


 分かっております。


 これ以上踏み込めば、“線”を越えることになると。


 だから、ここで終わらせるべき。


 ――けれど。


 それでも。


「……よろしいのですか?」


 気づけば、言葉が零れておりました。


 自分でも、驚くほど自然に。


 彼が、わずかに目を見開く。


「何がだ」


 低く問われる。


 その声音は、以前と変わらないはずなのに。


 どこか、遠い。


「このままで」


 静かに、告げます。


 責めるでもなく。


 縋るでもなく。


 ただ、確認するように。


「……問題ない」


 返答は、早かった。


 迷いなく。


 きっぱりと。


 それが、彼の“決断”なのだと分かるほどに。


 だから。


 わたくしは、ほんのわずかに微笑んで。


「――そうでございますか」


 それだけを、返しました。


 それ以上は、何も言わない。


 何も求めない。


 何も――期待しない。


 その態度に、彼の指先が微かに動いたのを見ました。


 何かを言いかけて。


 けれど、結局何も言わずに終わる。


 それがすべて。


「では、失礼いたします」


 もう一度、軽く頭を下げる。


 背を向ける。


 歩き出す。


 その間、彼が何か言うことはありませんでした。


 呼び止められることも。


 引き止められることも。


 ――一度も。


 それで、十分でした。


(……ああ)


 静かに、理解する。


 これはもう。


 “終わりに向かっている”のだと。


 誰も悪くない。


 誰も間違っていない。


 ただ。


 正しい選択を積み重ねた結果として。


 わたくしたちは、離れていく。


 それだけのこと。


 ――それだけの、はずなのに。


 どうしてこんなにも。


 胸の奥が、静かに冷えていくのでしょうね。





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