船旅
エレナに連れられ、僕は船に乗った。
巨大な帆船…しかし甲板には煙突、左右には大きな車輪のようなものがついている。
歴史の教科書とかでたまに見る形だ。
彼女の言う「役所」はここから離れたところみたいだ。
エレナさんと甲板に上がり、外の景色を眺める。
「エレナさん、いくつか聞きたいことが」
「えぇ」
「さっき、転移者…なんて言葉使いましたよね。僕みたいな、他の場所…もしくは他の世界から流れ着くことは過去にあったのですか?」
「文献に幾つか載ってる程度ですよ。私も本物は初めて見ました」
「その割には冷静ですね」
「転移者でしょうがなんでしょうが今のアキラさんは要救助者です。それに、役所には転移者用の窓口があります」
「へー、そういうのが機能してるんですね」
「まぁ、普段は記憶喪失者や亡命者、何かしらの理由で路頭に迷ってる人を相手にしてるけどね」
「なるほど…」
外の景色を眺めていると、周りの生き物が気になり始めた。
カモメや鵜のような鳥が群れており、岩礁には足や尻尾に鰭のついたオオトカゲのような生き物が、まるでアザラシのように寝そべっていた。
なんだろうあれ…
「アキラさんの故郷にはウミトカゲは居ないのかな?」
思ったよりそのまんまな名前だった。
「はい、初めてみる生き物です。ウミトカゲっていうんですか?」
「そう、アレはゴマフウミトカゲ。背中に斑点があるでしょ?あれがゴマに見えるからそういう名前がついたの」
もしかして、本当にアザラシのニッチに入り込んだ爬虫類なんだ。それと、少なくともゴマはおそらく食材としてあるんだ。
「ああいうのがいるってことは、さぞかし海の中も綺麗なんですね」
「えぇ、今は禁漁期間だけど、時期によっては漁船も多く来る。その時のウミトカゲは厄介者になるの」
「網とか食い破ったりするんですか?」
「そう、あの子達かなり賢いよ。自分で追いかけるよりは、ある程度魚が採れつつある船を襲った方が沢山食べれることに気付いたの」
「網とかに電気を流す魔法はないのですか?」
「それも攻略された。漁師が魚を選別するタイミングを狙うようになったの」
「あ、電流を解除するタイミングか!」
「今更ですが、エレナさんの仕事はこういう生態調査なんですか?」
「そうね、少し長くなるけどそれでもいいなら」
聞くによると、エレナの仕事はギルドに属した生態系調査だった。
ギルドとは、人の生活圏外の調査と管理を行う公的機関で、生態系の調査や対象生物の駆除、遺跡の発掘など様々な分野に分かれている。
エレナはその中でも生態系に関することに特化した調査員で、未開拓エリアの生態系や、今回のアクロカントスのようなイレギュラーな事態において、先行調査を行うのが主な仕事だ。
調査後の対応についてはある程度口出し出来るが、最終的な判断はギルドに委ねられる。
またそれらとは別に「冒険者」という非専門職もいるそうだ。彼らはギルドが一般募集している案件を自ら受注し、任務を熟す。冒険者は講習さえ受ければ誰でもなれる上、狩猟、採集、発掘などに固定されることなく幅広い任務を受けることも可能。
ただし、充分な知識もないまま自然に放り出されるようなものなので、基本的に簡単な任務による小遣い稼ぎか、危険な討伐依頼で一か八かの人生逆転でしかないらしい。
「…キノコ集めとかなら兎も角、なんでワイバーン種の駆除とかも冒険者に委ねるかは甚だ疑問だけど…。これは噂だけど、先行調査じゃわからない、戦闘面での脅威を計る人柱として使ってるらしいよ。私達は基本的に魔物を刺激しないから」
「つまり、その魔物が本当に生命の危機を感じた時にしか使わない防御反応が、所謂初見の技だった場合、貴重な専門知識や技術を持つ討伐隊が犠牲になるわけにはいかないってこと…?…うわぁ」
「ねぇ…?」
エレナの顔はある種の諦観に満ちていた。
「昔、とある村の農場を当時新種だった外来の怪鳥が荒らしてるって報告があってその調査に行った時なんだけど。その子は村の農場から豚を襲って、自分の縄張り内で食べてたのよね。背中や翼の羽の一部がヤマアラシみたいな棘になってて、それが少し気になったね」
「うん」
「棘を飛ばして防御すると思うでしょ?でもギルドは念には念をとして、先に冒険者を派遣したの。そしたらね…その怪鳥、確かに翼から棘を飛ばしたんだけど、その棘、矢羽みたいなのがついてて,それに風魔法をあてて軌道を変えてたの」
「ひぇ…流石魔法の世界…」
「それだけじゃないの、あの棘には大量の油分を含んでて、そこに電撃魔法をあてて、爆発させたの。その時の冒険者は五人で編成されてたけど…うち2人が帰らぬ人となったわ」
なんて恐ろしい能力、そしてそれがないと生き残れないほどの生存競争が繰り広げられてるのか…
「それで、その怪鳥はどうなりました?」
「生き残った冒険者の証言をもとに編成された部隊によって討伐されたわ。…彼らの犠牲あってこそよ」
口出しは出来ない。
この世界はそれで回ってるから。
「…でも、そのうち冒険者がそういう任務を受けなくなる可能性は」
「残念ながらそれはないみたい。…どんな危険も、賭ける人は賭けるの」
「魔物相手にこういう賭けや争いをできるだけ減らしたいけどね。いくら刺激しないよう気をつけても、魔物の考えることを理解するのは難しい。まだ何も解明されてないところに行くから、危険も多いし、ゆえに最近は人手も足りないの」
…返答に迷った。
魅力的な仕事にも見えるし、今はエレナさんといるのが一番安心する。でも、それはプロと要救助者の関係。それに少し同行しただけだ。無責任に立候補するのは彼女にとって失礼。
「…ごめん、気にしないで。無理強いとか、誘うとかそのつもりは…でも短い間だけど、アキラさんも本当に生き物が好きそうだから、つい」
しばらくすると、大きな港町が見えた。
僕が乗っている蒸気船だけでなく、帆船、甲鉄艦、ガレー船など様々な種類の船が停泊していた。
建物は青緑色の屋根と、クリーム色の壁でほぼ統一されており、それが美しい景観にしている。
「ついたよ!あれがこの辺で一番大きな都市、アリアトピアよ!!」




