密林の捕食者
僕の名前は芹沢アキラ、一人旅でドライブしてたら突然発生した竜巻に巻き込まれてしまった!目が覚めたら大破した相棒(車)と共に見知らぬ場所に飛ばされてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
見知らぬ女に声をかけられた。コスプレ…?
「えっと…はい、車はこんな感じですが…すみません、ここは」
「伏せて!」
彼女に引っ張られる形で物陰へ身を隠した。
「…なんですか急に!?」
「静かに…!」
地面を震わせる低周波音、聞いたことはないが何かしらの生き物っぽい…
「…!あれは…!?」
目を疑った。どう見ても恐竜だ。
ティラノサウルスとかアロサウルスといった系統のやつだ。
二本足で地面を練り歩き、大顎だが流線型の頭部が周囲を警戒する。ピッタリと閉じた口が僅かに開くたびに、ナイフのような牙が見え隠れする。
そして何よりも、首筋から背中、尻尾にかけて並ぶ赤と青の背鰭がその存在を際立たせていた。
映画とかでたまに見る、アニマトロニクスにしては精巧すぎる…それにこの背中を伝う悪寒…息遣い…もしかして
「…もしかして、本物?」
「その変な反応、近くにある妙な金属からして…君,転移者かしら?」
「…なんだかよくわからないけど、多分そう。」
パニック映画でモンスターに不用意に近付いて悲劇に遭う展開、しかし全ての人がそこまで愚かではない。
アキラは物心がついた頃から生き物が好きだった。故に、その危険性、未知に対する恐怖は趣味を通して学んでいた。
《付け焼き刃の知識》を《人が持つべき生物としての本能》が補強し、彼の脳へと警鐘を鳴らす
《コイツはヤバい、近づくな》と
なんだかよくわからないが、夢ではない。
彼女に確認してみる。
「すると、ここは所謂剣と魔法の世界…みたいな?」
「剣も魔法もないところから来たのなら、そう思っても大丈夫よ」
「だとしたら…その杖は武器だったりする?」
「そうよ。魔力を射出する装置とだけ伝えとくわ」
「あの生き物は何?その杖を使ったら狩猟許可とかが出てるの?」
「まだ。今は調査よ。そういうのが私の仕事。ちなみにだけど、見ての通り肉食動物だから、わかってるよね?」
「あぁ…。しかしその割には派手な色してるね…婚姻色?」
「よく知ってるね」
「こういうの好きなんだ」
彼女が解説を続ける。
「そう、今彼らの繁殖シーズンなの。だからどこに巣を作ろうとしてるのか調べて、今後行商人さん達が安全に通れるルートを探そうってわけ」
「彼はまだ婚活中なの?」
「経験のない若いオスよ。故に何をしでかすかわからないわ」
「僕と同じ彼女いない歴=年齢ね」
「いいね、そういう軽口を言える程度に落ち着くことよ。」
恐竜の喉元からボッボッボッ…と音が響く。
咆哮というよりかは、何かしらの信号みたいだ。
「あれ?去年は…えっと、あの子の名前は?」
「アクロカントス」
「ありがとう、去年のアクロカントス?の営巣地とかは参考にならないの?」
「ごめん説明が足りなかったね。去年ここ一帯にはアクロカントスの目撃例がなかったの。少し離れた高山地帯にいるんだけど、そこからあぶれた個体がここを新天地にしようとしてるってわけ。」
「そりゃ一大事だね…自然移動とはいえ、ある意味外来種みたいな状態ですよね」
「えぇ、人為的じゃないから大きな変化にはならないと思うけど…いや、未知数だからなんともいえないわ」
青と赤のグラデーションが際立つアクロカントスの背鰭。そして少し離れても聴こえる呼吸音が二人に緊張感を与える。
「…あれ?ここに来たのは彼だけなの?」
「今はね。この子がちゃんと定着したらあぶれ雌も来るわ」
「あぶれ雌?」
「アクロカントスって一夫多妻のハーレム作るの」
「うん」
「ハーレムって、雄からしたら雌を選び放題なんだけど雌からしたら限られた雄を巡って争わないといけないの。だから子孫を残すために群から離れて開拓者の存在に賭ける個体も現れるの」
「幾ら強いオスでも、全員を相手するほどの余裕はないのか」
「その辺はまだわかってないことが多いね」
アクロカントスに夢中になってたが、なんとかしてここから出て家に帰らないといけない。
しかし冷静に考えたら、なぜ日本語が通じるのかも甚だ疑問だ。
…少し考えた結果、彼女に従うことが最適だと結論ついた。
「…!」
アクロカントスが突然、姿勢を高くし周囲への警戒心を露わにした。
「もしかして僕たち気付かれた?」
「いえ、気付かれたのは彼よ…でも、離れた方が…きゃっ!」
強い風圧、そしてそれとも同時に強烈な獣臭が鼻につく。まさかとは思うが、この風は何かしらの獣が巻き起こしたものなのか!?
「凄い臭いだね…」
「ここの頂点捕食者よ。急いで!」
獣臭い突風と共にキィーンと響く鳥のような咆哮。そしてこれまた珍妙な生き物が舞い降りた。
上半身はオウギワシ、下半身はジャガーのような…
「グリフォン?」
「そう、パルピアオンカっていうの」
グリフォンの姿をしているが、ドラゴンのような4本足に2枚の翼ではない。
2枚の翼を前脚とし、後ろ足が二本ある計4脚の骨格はワイバーンを彷彿とさせる。
パルピアオンカの翼には地面を歩くための指と爪が生えている。地上ではコウモリやプテラノドンのように四つん這いで歩くようだが、その歩き方はネコ科と遜色のなく、不自由さはなかった。
つぶらな瞳は、凡ゆる獲物も敵も逃さない、鋭い眼光を備えており、頭部を逆立つ重厚な羽根は侵入者に対して強い敵意を見せていた。
「縄張り争いってやつ?」
「そうね。」
「つまり、負けた方が場合によっては…例えば…この辺の集落にとっての恐ろしい脅威になる…」
「その認識で問題ないよ。だから、しっかりと見届けないといけない。それが私の仕事だから。…先に謝るよ。遭難者に対して仕事優先なことしちゃって」
「良いですよ、どっちみち右も左も分からない状態ですから。」
睨み合う両者、アクロカントスは背鰭を、パルピアオンカは羽根を逆立たせ、自分の強さを誇示する。
「本来ならこういうので、決着がつきますよね」
「そうそう、お互い怪我したくないから。」
そう思った矢先、アクロカントスが大きく咆哮する。
大きく開いた顎をよく見ると,電流が目に見えるように火走っている。
「帯電!?」
「電気魔法よ。ちなみに人間でも使えるよ」
「流石魔法の世界…生き物も使えるんだ」
帯電した大顎でパルピアオンカに飛びかかる。
あの巨体でそんなライオンやラプトルみたいな芸当ができるのか!?
「なんという運動神経!?」
「簡易的な飛行魔法よ。これも使える」
「すごいなこの世界…」
帰れるどころかここで生きていける気がしない
アクロカントスの攻撃をパルピアオンカは軽々と避ける。巨大な翼が生み出す風圧は敵の攻撃を逸らしていた。
「もしかして」
「パルピアオンカは翼を羽ばたかせる時にできる風に魔法を上乗せすることで、風圧を上げて飛行の補助や防御に使うの。近づくだけで薙ぎ払われるから気をつけて」
飛び立つパルピアオンカ。アクロカントスはそれを追って…まるで重力を無視するかのように空中へ浮いた。
「えぇ飛んだ!?…なんでもありじゃん」
「魔法がない世界にとっては、そこまで驚く事なのね…私たちにとって飛行魔法は《ヒレがなくても泳げる》みたいなものよ」
空中戦に入る二体。しかし…
「あー…やっぱり若いね。多分負けよ」
「え?」
「ねぇ、ワニって知ってる?」
「ワニってあの川にいる肉食の…?」
「そう。ワニ相手に水中戦挑む人ってどう思う?」
「あっ…」
勝負は明白だった。
若いアクロカントスはパルピアオンカに何一つできず、逆にあちこちに引っ掻き傷をつけられた。
最早彼への生殺与奪はパルピアオンカの気紛れに委ねられている。
最早これ以上戦えない。
死への恐怖が若者の無謀を上回った。
アクロカントスはそそくさと地面へ降り立った。
弱々しくも鋭い眼光で空を睨むが、すぐに片足を引き摺りながら森へ入って行った。
「見逃したわね…急いで帰るわよ。」
「は、はいっ」
余韻に浸る間もなく彼女に手を引かれるように歩みを進めた。その足取りや表情には焦りが見えている。
「こんなことなら、いっそ仕留めて欲しかった」
なんとなくだが、熊が人里に来るニュースを思い出した。
「あー…ほっといたら街降りる可能性出てきたって事?」
「そう」
ここで戦えないの?なんてことは聞けない。
幾ら相手が手負でも、彼女は追撃しない。
聞くまでもなかった。
一人でどうにかできる相手ではない。
できたとしても、隣には僕という遭難者がいる。
「ついてきて」
その後の流れは実にスムーズだった。
村に到着し、その村の中で人には大きな建物に入る。
彼女の言ってたギルドとかいうものらしいが、これはあくまで支部の一つらしい。
受付と思われる人に、アクロカントスのことを報告すると、すぐに物々しい雰囲気の男女の集団が出てきた。手にはクロスボウや長杖を持っている。
「猟友会?」
「リョーユーカイがなんなのかはわからないけど、駆除が決まった魔物の処分は彼らの仕事よ。この地形と魔物を殺すことに精通している」
「剣を持ってる人が居ない」
「当たり前よ、そんな自殺行為に挑むのは冒険者だけ。さ、行くわよ」
「行くって…どこにですか?」
「役所。まずあなたがちゃんと生活できるよう色々整えないと。少なくとも、今日明日で故郷に帰れるとは思えないし」
「そ、そうですよね…」
「今更だけど、名前まだ聞いてなかったね。」
「芹沢アキラ。芹沢が苗字で、アキラが名前」
「苗字が先に来るのね。私はエレナ。エレナ・オーウェン。エレナが名前で、オーウェンが苗字よ」




