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クリスティ学園中等部体育祭。
そう書かれた大きな看板が門の前に立てられて、門を入った道の左右にずらりと長机が並んでいる。
学年ごとに二つずつ机があって、生徒の名簿が置かれていた。
各学年ともA~Eまでクラスカラーの小さな旗が机に置かれ、父兄は自分の子どものクラス担当の受け付けに行って招待状を見せて確認し、校庭に入れるという仕組みである。
(けっこう厳重だな)
茉理は校門の様子を、意外な感じで見やる。
小学校の時とは違い、何とあちこちにさりげなく黒スーツのあきらかに警備員と思しき人たちが配置されていた。
名簿を確認したり、挨拶して受け付けに誘導するのは係の生徒がやっているが、それ以外にも警備とは、かなり厳重である。
「当然ですわ」
まるで茉理の心を読んだように、るいが説明してくれた。
「クリスティ学園は伊集院家が創設した学校です。もちろん魔族のトップとして他家の追随を許さない実力を持ってますけど、敵がまったくいないわけではないし。こういう催しでは特にちょっかいを出してこようという不埒な輩が入り込みやすいんですの。もっとも校内はすでに全員校門でチェックしてますから、ここまで厳重ではなくて体育祭を楽しめますわよ」
「そうなんだ」
「ま、ここ数年、そんな事はなかったから心配しないで、お姉様」
れいが茉理の手を掴んで、受け付けの机より少し離れた道の横に立つ。
そこにはすでに大量のダンボール箱が詰まれ、中には水のペットボトルが沢山入っていた。
「さあ、お姉様。お仕事しますわよ」
「これ持って、そこにじっと立っててくださいね」
茉理は大きな取っ手つきの籐かごを渡される。
中にはすでにダンボールの中に入っていた水のペットボトルがあった。
軽快な音楽を鳴らしながら、双子は道を行ったり来たり、可愛くダンスを始める。
そして通る父兄やお客様に魔法でペットボトルを浮かせて、どんどん配った。
「まあ、可愛い」
「上手ね、何年生かしら」
この暑い陽気に冷えた水のペットボトルは必需品。
茉理のかごから二人の魔法で、どんどんベットボトルが飛び出しては道行く人たちの手に飛んでいく。
(わーっ、すごく上手いな、二人とも)
絶対にはずすことなく、軽快なステップで可愛い仕草も忘れずに、二人は足を止めることなく、手に持つ小道具のステッキを振りながら水を確実に届けていった。
「くましゃんだ」
「お母さん、王子様のくまと写真取りたい」
生徒の弟や妹だろうか。
小さな幼稚園児ぐらいの子たちが、茉理の側に寄ってくる。
「いいですか、1枚」
茉理は子どもたちと握手しながら写真を撮った。
まるでスターにでもなった気分だが、実際は自分ではなく喜ばれてるのは着ぐるみのくまである。
(魔法かけてもらって正解だわ。動きやすくないとやってられない)
子どもたちと握手したり、突っついてきたりする子を避けたり、頭を撫でてあげたりと、立っていても結構忙しい。
茉理があたふたがんばっていると、なんだが校門の雰囲気が変わってきた。
(何だろう)
茉理だけではない。他の父兄や受け付けの生徒たちも顔が強張り、緊張している。
どこからかシャンシャンとまるでそりにでもつける鈴の鳴る音が響いてきた。
双子は即座にダンスをやめて、茉理の左右に一人ずつ付き添う。
「何?」
「理事の藤ゆり子様がお見えになったのですわ。お姉様、胸に片手を当てて、頭を下げて礼をしてください」
「礼?」
「ゆり子様はとても礼儀に厳しいんです。それとお顔を見ても驚かないでくださいね」
「驚くって……」
「遊園地のお化け屋敷にいる妖怪婆の化身ですよ。とっても顔が怖いんです」
れいの説明に、茉理はぶるっと身震いした。
(妖怪婆で顔が怖い)
そんなお化けみたいなの見たくない。
そっと見回すと、辺りにいた人や生徒すべてがかしこまって頭を下げている。
茉理もあわててるいに教えられたとおりに、礼をした。
鈴の音と共に車輪の軋む音がして、校門の前で止まる。
そっと顔をずらし、門の方を見て茉理は驚いた。
(何あれ、馬車?)
大きな金ピカの馬車が校門前にいる。
馬は白馬でタキシードを着た御者つきだ。
御者の初老の男が御者台から降りて、うやうやしく馬車の扉を開ける。
すると馬車の扉から地面まで自動で金色の踏み台が出現し、にゅっと突き出たハイヒール付きの足を支えた。
馬車から降りてきたのは、一人の老女。
(うわあっ、この人が妖怪婆。確かにそう言われるわけのことはあるわ)
茉理はその出で立ちを見て、納得する。
道にはやはり魔法なのか、馬車から真っ赤な絨毯が校庭までさあっと敷かれ、ゆっくりと老女はその上を歩いた。
受け付けの所に来ると、ふっと周りを見回してため息をつく。
「相変わらず貧相な事ね。もっと豪華に出来ないのかしら」
「申し訳ありません、ゆり子様。これで今は精一杯でして」
香坂先生が汗をふきふき礼をする。
「本日は我がクリスティ学園中等部体育祭にようこそお越しくださいました」
「ようこそ体育祭へ」
香坂先生の言葉の次に、その場にいた係の生徒が一斉に声をそろえて頭を下げた。
どうやら事前に練習していたらしい。
「ふんっ。品のない挨拶ですこと」
しかしお気に召さなかったようで、彼女はばさっと手に持つ大きな扇を揺らす。
「ゆり子様、どうぞ中へ。皆様お待ちでございます」
御者兼執事の言葉に、彼女は扇で顔を隠し、ずんずんと中に進んだ。
(それにしてもすごく動きにくそうだわ)
茉理はゆり子の格好を見て、そう思う。
どう見ても鬘だと思われる頭に乗っかっている金髪の見事な髪は、くるくると空に向かって渦高く結い上げられ、後れ毛なのか左右に少しだけ金色の髪の一筋が垂れている。
頭だけでも重そうなのに、同じく金色に輝く腰から大きく膨らんだドレス。
キラキラしたビーズや大きな宝石が縫い付けられ、フリルたっぷりのドレスは歩くのも大変そうだ。
更に目を引くのは、背中に背負った大羽である。
(あれは一体何のために?)
茉理は重そうな金色の長い羽を大量に束ねて孔雀のように背中につけた装飾品を見て、首をかしげざるを得なかった。
(なんであんなの背負ってるんだろう。動きにくいし、重そうだわ)
目立つという点においてはあれに勝るアイテムはないが、別に無くても十分に人目を引く出で立ちである。
更に顔はファンデーションというより歌舞伎とかの舞台で使う真っ白のドウランで塗りたくり、目の上に濃く太い眉毛を描いて、きつめのアイシャドウで彩っている。
唇も真っ赤なルージュで遠目から見てもはっきりとわかるだろう。
(まあ本人が気に入ってるなら別にいいか)
アップで見るのは耐えられないが、何かあっちでやってますね程度に遠くから傍観する分には害はあるまい。
茉理はそう考えて、とにかくこの派手なおばあさんが穏便に目の前を過ぎ去ってくれることを願って、頭を下げ続けた。
しかし彼女の予想は見事にはずれ、恐ろしい事態に陥ってしまう。
じゃなりしゃなりと扇片手に進んでいた金の大羽付きドレスが、なんと茉理の前で停止したのだ。
茉理はとにかく頭を下げて、動かないように息すらも止めてしまう。
(何で、何で進まないのよ)
何故か強い視線が自分に突き刺さった。
おぞましい何かに射すくめられているようで、茉理の身の内に震えが走る。
ドレスが自分の前に来て、ぴたりと止まった。
「そこのくま、顔をお上げなさい」
(えーっ、くまってわたしの事だよね)
おそるおそる茉理は顔を上げる。
目の前にドアップで濃い化粧をした婆様がいた。
穴の開くほど見つめられ、睨まれてるようで茉理はがたがた震えだす。
(ど、どうしよう。わたし何かしたっけ?)
あれこれ考えるが、何も浮かばない。
しばしの沈黙の後、ゆり子はにたりと微笑み、扇を絨毯の上に落として茉理に突進してきた。
「ひ、ひえーっ」
思わず声が出てしまう。
次の瞬間。
ぎゅぎゅーっと茉理は金色ドレスの老婆に思いっきり抱きつかれていた。
「まあまあまあまあっ、なんて愛らしいくまちゃんなんでしょう。なんて可愛くて素敵なの」
気に入ったわ、と更にぐいっと抱きつぶされ、茉理は心臓が苦しくなる。
(た、助けて……)
必死に腕をばたばたさせていると、横から可愛らしい声が割って入った。
「我らの太陽にして華麗なる希望の花ゆり子女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」
白いふわふわのドレスを指でつまんで、るいが礼をする。
ゆり子の視線がくま(中身は茉理)からそれた。
「あら、礼儀をわきまえた可愛い子うさぎではないの。わたくしに何か」
「そのくまをお気に召したようで何よりでございます。この子は私どもが校門を華やかにというゆり子様のお言葉をかなえるために用意したものですわ」
「まあまあまあっ、随分と気が利いているわね。そうなのそうなの、わたくしのために用意されたものなのね。ああっ、なんて可愛らしいんでしょう。このつぶらな瞳、王子様のごとき華麗なる衣装。すべてがわたくし好みでしてよ」
「それは何よりでございます」
れいもしとやかに礼をしながら、声をあげる。
「女王陛下、よろしければお席にこのくまも同席させましょうか。一緒にお座りになりたければ、同行させますが」
(ええーっ、嫌だよ、絶対に嫌っ)
茉理は腕をじたばたさせて、なんとか拒否してることをアピールしてみるが、全然効果がなかった。
「もちろんよ、さあ、愛らしいくまの王子様、わたくしの隣に座ることを許します。一緒に参りましょう」
そう言うと、ゆり子は茉理を抱きしめる手を緩め、今度はもふもふの手をぎゅっと握る。
「さあ、わたくしをエスコートなさいな、王子様」
「しかし奥様、すぐセレモニーの準備が始まります。まずはお席よりそちらに行かねばなりません」
執事の言葉に、ゆり子は非常に残念そうな顔をした。
「ああ、そうだったわね」
彼女は名残惜しそうにくま(中身は茉理)の手を離す。
「ではくまちゃん、あなたは先にお席に行って、わたくしを待っていなさいな。セレモニーが終わったらすぐ抱っこしてあげるから、いい子にしているのよ」
ぶちゅとくまの頬にキスをされ、茉理は思わずのけぞってしまう。
頭の被り物に、真っ赤なキスマークがべっとりついた。
しゃなりしゃなりと金のドレスを引きずって、ゆり子は校庭に向かっていく。
(ああ……これってどうなっちゃうの)
せっかくおとなしくしていようと思ったのに。
突然ふってわいた災難に、茉理はこれから始まる体育祭の一日を思うと、全身から力が抜けてその場に座り込んでしまった。




