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体育祭当日になった。
「おはようございます」
茉理は教室に鞄を置くと、香坂先生に指定された教科準備室に行く。
先生はいなかったが、そこに二人の少女が茉理を待っていた。
(あっ、この子たち)
茉理は驚いて目を丸くする。
先日駅前商店街で見かけた可愛いアイドル二人組。
まさに彼女の目の前に、その二人が立っていたのだ。
(ううっ、まさか小学生だったとは)
奈々と祥子が散々話題にしていたが、まさか小学生だとは思わなかった。
固まってる茉理に、赤い髪の少女がにっこりと微笑む。
「初めまして、後野茉理お姉様」
そして着ている初等部制服のスカートの裾をちょっとつまむと、可愛くお辞儀をした。
「わたくし、北原るいと申します。あちらは双子のお、妹で北原れいですわ」
窓際に立っていた黒髪の少女が小さくお辞儀する。
「初めまして。後野茉理です」
あわてて茉理は、がばっと頭を下げた。
顔を上げてぎょっとする。
いつの間にかるいという少女が、すぐ目の前に迫ってきていたのだ。
彼女は茉理より少し背が低いらしく、下からぐぐっと見上げられる。
「あ、あの」
あまりの近距離に茉理が数歩下がると、両手で手をぎゅっと握られた。
「おうわさは聞いていましたが、こんなに可愛い人だったなんてっ。ねえ、れい。あなたもそう思うでしょ」
きゃっきゃっと手を握ったまま嬉しそうに振られ、茉理はどう反応したらよいか迷ってしまう。
(わ、悪い子じゃなさそうだし、好かれるのは嬉しいけど……ちょっと距離が)
あまりにも近い。べたべたと懐かれている。
るいはすぐに茉理の腕に自分の腕をからめると、女の子特有の甘い仕草で茉理にべったりと寄り添った。
「あ、あのね、ちょっと離れてもらえると」
動きやすい、と茉理が遠慮がちに言うと、るいは悲しそうに瞳をうるうるさせる。
「そんなぁ、るいは茉理お姉様とずうっと一緒にいたいですわ。駄目ですか」
「いや、駄目というか動きにくいというか」
「るい、そんなにくっつきすぎないで」
れいが窓辺から近づいてきて、るいをぐぐっと引き剥がす。
「やーっ、乱暴しないでよ、れいのいじわる」
「お姉様がお困りよ。まったくわたしの姉なんだから、もう少ししっかりしてちょうだい」
そう言うと、彼女は姉がすみません、と礼儀正しく礼をした。
「あ、大丈夫。その、ちょっと驚いただけだから」
茉理は笑顔で二人に言う。
「あのさ、二人とも姉妹って言ってるけど、もしかして」
彼女の疑問に、れいはうなずく。
「はい。私達は双子です。るいが数分早く生まれたせいで、こっちが姉になりました」
「そうなんだ、ははは」
確かにれいの方が幾分大人びてしっかりしているようだ。
だが顔立ちはとてもよく似ている。
髪の色が違うので間違えることはなさそうだが、もし同じならきっと見分けがつかないだろう。
茉理の思ってることが伝わったのか、れいは静かに付け加える。
「もちろんるいの髪は染めてます。私のは地毛ですけど」
「ああ、やっぱり」
「普段でもこのまま学校に行ってます。本当は染めるのは禁止なんですけど、わたしたちの場合はこうしないと先生が見分けがつかないので」
「そういうことね」
「他の生徒達にはるいの髪は地毛だってことにしてるので、今のは内緒でお願いします」
「わかったわ」
あまり深く考えなかったが初等部6年生ということは、二人は春に中等部に入学してくるということだ。
今から変なうわさは立てない方がいい。
(それにしてもれいちゃんって冷静だなあ)
茉理は思わずしげしげと彼女を見た。
くるくると表情が変わって愛くるしいるいと対照的に、れいは先程からにこりともしない。
声も低くて、とても静かだ。
淡々と自分が言いたい事を言って終わっている。
「もうれいったら愛想がなさすぎ。少し笑顔をみせなさい」
るいがぎゅっとれいのほっぺたをつねった。
「別にいいでしょ。本番ではちゃんと笑ってるし」
「そうだけど普段から華麗に美しく微笑んでいるのが、わたくしたちのお役目なのよっ。もう、そこんとこちゃんとわかってるのっ」
「るいはやりすぎなの。最近はこういうクール系の方が人気があるって知らないの?」
「クール系? よく言うわね。何も感じない感情ナッシングのマシーンのくせに」
「そっちこそお愛想ばかり振りまいて無駄に色気を垂れ流してる盛りのネコのくせに」
(うわーっ、け、けんか?)
いーだ、べーだ、と口を横に開いて舌を出するいと、姉の所業にこめかみに指を当ててあくまでも冷めた顔で反応しないれい。
突然始まった悪口合戦に、茉理はおろおろするしかなかった。
(これ、どうするのよ。止めたらいいわけ? それともほっとくの?)
実際妹とかいたらわかるのかもしれないが、自分は一人っ子。
二人はそれからもあーだこーだと口げんかが止まらず、香坂先生が来るまで茉理は二人の間でどうしてよいかわからず途方にくれるしかなかった。
先生から細かい指示があると思っていたが、やってきた香坂先生は茉理に二人を紹介(実はもうすでに名前はわかっていたのだが)すると、あとはこの二人の言う通りにしてくれればいいから、と言って出て行ってしまった。
「えーと、どうしたらいいのかな」
まごつく茉理に、るいはぐいっと腕を引いて彼女を誘導する。
「こちらですわ、お姉様」
いつのまにかお姉様呼びがすっかり定番になってしまったが、可愛い二人の口から呼ばれると妙に違和感がなかった。
そしてもっと不思議なのは、意外と二人がしっかりしているということ。
(ま、わたしと一歳しか違わないわけだし)
実際れいなどは年上でもおかしくないと思ってしまうほど落ち着いている。
るいに連れていってもらった準備室の奥の部屋には、茉理が着る予定になっているものが置いてあった。
「お姉様には、これを着ていただきますわ」
それを見て、なるほどと茉理は納得する。
(これなら何もしなくても、立ってるだけでいいわね)
先生がうろうろしててくれればいいと言った意味がわかった。
そこには大きな頭の被り物と茶色いもこもこしたつなぎの服。
(くまの着ぐるみかあ)
遊園地とかにいて、小さな子に一緒に写真を撮って欲しいとねだられるアレだ。
この暑さでこれを装着するのはかなりの苦行になりそうだが、しょうがない。
「ではお姉様、わたくしたちはあちらにいますので、着替えたら出てきてくださいね」
にっこり笑って、るいは奥の部屋の扉を閉めた。
茉理は急いでクラスの赤いTシャツとジャージのズボンの上から着ぐるみをかぶる。
予想していたがやはり暑いし、もこもこの毛と大きなお腹が邪魔して動きづらい。
立ってるだけでいいとはいったが、本当にこれは立っているのがせいいいっぱいだ。
なんとか茉理が着ぐるみを装着して、えっちらおっちら奥の部屋から出ると、二人もまた準備を完璧に整えていた。
(わーっ、凄く可愛い)
二人の今日の装いは白いふわふわのドレス。
二人ともおそろいで、わざとチークに桃色を入れてふんわり感を出している。
髪型はツインテール、それに白いうさみみのついたカチューシャをつけていた。
(うさぎさんのイメージなのね)
白いレースの長手袋と、ドレスの後ろには大きくてふわっとした丸いしっぽ。
白い網タイツに白のブーツ。
耳に下げたピアスだけは髪と同じ色を選んだようだ。
るいが真っ赤なルビーで、レイは青いサファイアである。
マスカラ、アイシャドウにリップ。
きちんとメイクアップした二人を見たら、もう小学生とは思えない。
(当然だけど、わたしより可愛いよ)
それなのになんでさっきは茉理の事を可愛いなんて言ったのだろう。
どたどた登場した茉理に、るいが駆け寄った。
「お姉様、よくお似合いですわ。可愛い」
「え……そうかな」
「るい、それ褒め言葉になってないから」
微妙な茉理の反応を察し、れいがため息と共に言った。
確かに着ぐるみで全身見えないのに、可愛いと言われても自分を褒められてるとは少しも思えない。
「二人の方がずっと可愛いよ」
茉理の言葉に、るいは、まあ、嬉しい、お姉様にほめられちゃった、とピョコンと跳ね上がり、れいはうっすらと頬を染めた。
(本当に対照的な反応する二人よねえ)
そう思って見ていると、るいが着ぐるみにぎゅっと抱きついてくる。
「お姉様、今、中で暑くて動きにくいのではないですか」
「うん。この被り物も実はちょっと重くて視界もせばまるし」
動きにくいよと素直に言うと、るいは片手を着ぐるみの胸の中央に当てた。
「今動きやすくしますね」
そう言って、口の中で何か呪文のようなものを唱える。
(あ……魔法?)
小学生でもクリスティ学園に通っているということは、二人は立派な魔法使いだ。
すぐに魔法の効果が表れ、茉理の体はまるで普通のTシャツとジャージのズボンを履いているかのように楽になる。
暑さも和らぎ、着ぐるみ自体着ていないかのように軽い。
「魔法で着ぐるみの重さをゼロにしましたの。そして被り物の視野も普段と変わらないように広げておきました。これなら動きやすいでしょう」
どうですか、お姉様、と聞かれて、茉理はうなずく。
「すっごく楽だわ。ずっと着てても問題ないくらい」
「それは良かったです」
れいが横で熊の手を取った。
「では次は私の番ですね。お姉様、失礼します」
「え?」
「くまが裸のままでは面白くないので」
そう言うと、今度はれいが呪文を唱える。
あっという間に茉理の着ているくまの着ぐるみは――。
「嘘っ、これってあり?」
茉理は思わず自分の姿を見てうなった。
「お気に召しませんか」
「よくお似合いですわ、お姉様」
(いや、これ似合うと言われてもね)
なんと一瞬でくまの着ぐるみは見事なほど装飾された王子様の衣装とマントを身につけたのだ。
ひらひらのブラウスと金ボタンのついた青い上着。
膨らんだカボチャ型ズボンに腰に剣まで差している。
(まあ、変ではないけれど)
しかし目立つことは避けられない。
まあ、元々着ぐるみは目立つのが仕事なのだが。
「あとお姉様に一つ言っておかないといけないことがありますの」
真剣な顔で、るいが瞳をうるませて言う。
「実はさきほどわたくしがかけた魔法は体を防御する魔法を応用したもので、一つだけ欠点があるんです」
「欠点?」
「外部からは遮断されてしまいますの。つまりお姉様は思念会話が出来なくなるということですわ」
「あー、そうなのね」
「着ぐるみを通してですが、お姉様のお体にも直接作用しますので、体育祭の間はどなたとも思念で会話出来ません。向こうから呼びかけても感知出来ないようになっていますので、どうぞご注意を」
「わかったわ。気をつける」
(つまり何か非常事態になっても、帝先輩たちと連絡を取れないということか)
ちょっと心細かったが、着ぐるみの役割を果たすためにはしょうがない。
「そのかわりお姉様、今日一日、わたしたちがつきっきりでお姉様を守ります。いつも側にいますので、何かあったら声をかけてくださいね」
れいにそう言われ、茉理はあははと乾いた笑いを漏らすしかなかった。
(本当はわたしの方が年上で、この子たちの面倒を見てほしいと頼まれたんだけどな)
もう完全に立場が逆である。
(まあ、こうなったらしかたないよね。二人ともわたしよりしっかりしてるし、魔法も使えるし)
いざとなったら着ぐるみで魔力ゼロのくまよりも、絶対二人の方が役立つだろう。
(とにかく受け付けさえ済ませてしまえば、この着ぐるみを脱げるし楽になるかな)
少しの間だけだと茉理は自分に言い聞かせ、二人の後について校門に向かった。




