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うわさの真偽はともかくとして、学園内は体育祭の準備で最高に燃え上がっていた。
茉理もクラスで応援グッズだとビニールテープを束にして細かく裂いたポンポンやうちわを作ったり、競技の時にクラス全員で叫ぶ応援コールの練習をしたりする。
朝はいつも帝が桜木の下で待っていて、校舎まで一緒に歩いた。
本当は色々聞きたかったが、あえて茉理はうわさの事は話題にしなかった。
(聞いても良い話じゃないよね)
相変わらずうわさは飛び交っていたが、だんだん生徒全員それどころじゃなくなってきた。
とにかく本番が近い。
奈々は毎日汗だくになりながら、授業の合間の10分しかない休み時間さえ呼ばれて応援合戦の練習に行くし、何の係もない茉理でさえ頼まれて入退場門の飾りつけを手伝ったり、校庭に色着きのテープを張って印をつけるのを手伝ったりした。
授業内容は体育祭の準備に変更となり、全学年で校庭に集まって入退場の練習をしたり、校長先生のお話のあと各クラスの席まできちんと行進することを何回か繰り返す。
前日はリハーサルだとかで朝から体操服で校庭に出て、1日体育祭のプログラム通りに動いた。
「疲れた」
リハーサルが終わって教室に戻ると、奈々はぐったりと椅子に沈みこむ。
「お疲れ様」
茉理は横から労いの言葉をかけた。
応援合戦のダンスは見事なもので、練習の成果がしっかり表れていたと思う。
「絶対高得点もらえるよ」
「だといいけど……ああっ、体中筋肉痛だよ。来年は絶対応援団なんてやらないから」
奈々はそうぐちってから、机にべたっと突っ伏した。
「それにしても意外だったなあ、C組の応援団長」
なんで雅人様じゃないんだろう、と奈々はぼやく。
奈々だけでなく皆不思議だと言っているが、密かに理由に思い当たるふしがあった茉理は、忙しいんじゃないかなと笑ってごまかした。
(応援団長、率先してやりそうな人だもん。でも今年は無理だよね)
もし彼が出た場合、きゃーっ雅人様素敵コールが飛び、あっという間にキンキラキンの蛙に変化してしまうだろう。
(だからといって身代わりに山下先輩が出るのもなあ)
雅人がそういう事態に遭遇しそうな時は、いつも2年の生徒会役員の後輩である山下英司に変身魔法を使わせて自分に変化させ、代身者として出しているのを知っている。
(というか雅人先輩、競技に出るのも無理なんじゃ)
あの目立つ容姿と金色の髪をなびかせながら徒競走とか障害物競争とかに出た場合、やっぱりきゃーっと歓声を浴びるのは確定だ。
(もう全部山下先輩がやるんだろうなあ)
茉理は心の中で英司に全力で同情する。
(生徒会の中でも雑用もろもろ引き受け係だもんね、山下先輩)
本当はもう一人、生徒会には1年の後輩遠野斎がいるが、彼は彼で特殊な呪いを持つ身のため、余計な事に魔力を使うのは極力控えなければいけない事情があった。
(きっと雅人先輩のことだから、山下先輩に徒競走で絶対に1位になれ、とか言ってそうだな)
走る姿を見かけたら、皆は雅人様素敵っと声をあげるだろうが、自分一人だけは山下先輩がんばれーっと心の中で応援しようと、茉理はひそかに心を決めた。
体育祭前日の夜。
茉理は部屋で明日着るTシャツと体操服のジャージを確認し、歯を磨いてパジャマに着替え、ベッドに入る。
(明日はいよいよ体育祭だ)
明日はあまりうろうろしないように、出来るだけクラス席にいろ、と何故か今朝帝に言われた。
(そうはいってもね)
茉理はため息を一つこぼす。
実は明日受けつけを手伝い、初等部から来る小学生二人の面倒を見ることになっています、とは帝には言ってなかった。
受け付け担当の香坂先生に、帝や生徒会メンバーには内緒にして欲しいと口止めされていたのだ。
『悪いね。でも君に余計な事を頼むなって僕が帝様たちに怒られちゃうからさ』
頼むよ、と拝むように言われてしまえば、わかりましたと返事をするしかない。
教師なのに生徒の顔色を気遣わないといけない身の先生に、かなり同情したというのもある。
(うーん、こういうところで変に権力使って欲しくないなあ)
どうせ使うなら、もっと違う誰かのためになる事にして欲しい。
(帝先輩ならわたしの為だって言うんだろうけど)
茉理は頭の中でうーんと考えてしまった。
忙しさに紛れさせ、忘れないようにしているが、例のうわさが時折胸の奥から嫌な予感と共に這い登ってくる。
(大丈夫だよね。雅人先輩と直樹先輩がいるし)
藤昇先輩の校内での評判は、正直とても良かった。
実行委員会も持ち前の気配りと優しさでしっかり運営し、体育祭の準備の采配もすごく上手かったらしい。
いつもならあるという応援団同士の練習場所の割り振りに対する諍いや、プログラム順番に対する抗議やらもほとんどなかったそうだ。
普段はあまり目立たないが、しっかりと皆の先頭に立ってがんばる姿は、彼のリーダーとしての高い資質を校内にいる全員に見せる結果となっている。
(帝先輩よりも対応が大人だしなあ)
帝は藤と比べられると、性格の面ではやはりまだ幼いと言わざるをえないだろう。
我侭だったり俺様だったりするために、周囲に対する気遣いとか労る心配りとか、何かあった時に気楽に相談出来たりする温かみに欠けているのだ。
(どれもリーダーに必要な資質だってのに……誰よ、帝先輩をこんな風に教育したのは)
また心の奥から怒りがこみ上げてくる。
特に彼女は、諸悪の根源とでも言うべき帝の教育係を知っていた。
(何が力がすべてよ。人の上に立つ者は常に王者としてえらそうに威張って君臨してなきゃいけないって何なの。最悪だわ。人を恐怖で支配する魔王じゃないの、それじゃ)
もし帝の奥に眠っているもう一つの人格が、きちんと成長していれば。
(絶対に藤先輩より人気のあるリーダーになってたはず)
彼の事を思い出して、茉理の心臓がドクンと跳ねた。
彼女がB君と便宜上呼んでいる、もう一人の帝。
優しくて繊細で、無用な争いを好まず、そして――。
真っ直ぐに茉理の事を好きだと言ってくれた人。
(また会えるかな)
胸の鼓動が少しだけ早くなる。
彼を想うと、心の奥が暖かくなった。
(……わたしも大好き)
そっとそう胸の中でつぶやいてみる。
この恋はきっと実らない。
頭ではわかっている。
現実表に出ている帝は、茉理の事を好きなわけではない。
家のために側に置いているだけで、春には別れが待っているのだ。
(でも、それでもやっぱり好きになるのは、どんなことしても止められないよね)
心の中で想うことは許されるはず。
だって心は目に見えないし、いつだって誰にも支配されないし、自由なのだから。
(おやすみなさい、帝先輩。また明日)
最後に夜の挨拶をして、茉理はそっと目を閉じた。
明日は中学で初めての体育祭。
一体どんな出来事が待ち受けているのか、まだ彼女は何も知らなかった。




