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台風一過。
そんな感じの校門前で、茉理はゆり子理事との衝撃の出会いで精神に100ポイントのダメージを受け、地面にへたり込んでしまう。
RPG風に表現すればそんな感じになるだろうか。
精も根も尽き果てた。
これからが体育祭本番だというのに。
動けずにいる着ぐるみのくまに、白うさぎ達が駆け寄って助け起こした。
「すみません、お姉様」
瞳をうるませて、るいは謝る。
「ああでも言わないと、いつまでもお姉様に抱きついて離れそうもありませんでしたもの、あの絢爛豪華おババは」
「まさかお姉様に目をつけるなんて思いませんでした」
れいも表情を変えずに頭を下げた。
二人の申し訳なさそうな顔を見て、茉理は着ぐるみの中でため息をつく。
「もうそんなに頭を下げないで。二人のせいじゃないんだし」
そう言うと、ぱあっとるいは嬉しそうな顔をした。
「お姉様はお優しいんですね。お許しくださるなんて」
そしてすりすりとくまに頬を寄せる。
もちろん口紅のべっとりついた頭部ではなく、もこもこのお腹にだ。
「こうなったからにはしかたありません。お姉様、競技の時以外は、来賓席でくまの振りして座っていてくださいませ」
「わたしたちもご一緒します」
そう言って、二人は香坂先生に視線を向ける。
先生はすごく申し訳ないという顔で、茉理に言った。
「すまないが後野、そうしてもらえるか。あの理事は学園に多額の寄付もしていて、かなり有力な人なんだ。機嫌を損ねると、あとが面倒でな」
「……責任取って、香坂先生やめさせられちゃうかもですわ。あのババならそのくらいやりかねません」
こそっとくまに、るいが小声で告げる。
(ええーっ、それはちょっとひどすぎるよ)
大人の事情も絡むのだろうが、ひどいと思っても今はしかたない。
茉理は不本意だが協力を了承した。
「でも出番が来たらどうしよう」
1年の競技は徒競走とクラス対抗綱引き、それと女子全員で踊るダンスである。
あとは選抜選手が出るので茉理の出番はないからいいが、綱引きはともかくダンスは個人の位置が決まっているし、出来れば参加したい。
(ずっとくまやってるのも面白くないよ。せっかくの体育祭なのに)
「大丈夫です。わたくしたちが上手くお姉様を誘導しますわ」
るいが自信ありげに胸を張る。
「さ、まずはお姉様、そろそろ着ぐるみを脱ぎましょう。入場行進が始まるので、門の方に行かないと」
「わかった」
二人に手を引かれ、茉理はまた教科準備室に戻った。
手早く着ぐるみを脱ぐと、赤のTシャツとジャージ姿になる。
「これはわたしが」
れいは着ぐるみに触れ、すばやく呪文を唱えた。
くまの着ぐるみはみるみるうちに小さくなり、ポケットサイズに縮まる。
(あ、縮小の呪文ね)
以前見たことのある魔法だ。
茉理が感心していると、れいはすぐにパチンと指を鳴らして白うさぎのドレスから中等部の体操服に変身する。
「わあっ、凄いね」
茉理は一瞬の変化に思わず感嘆の声を出した。
れいは少し耳を赤くしながら、これぐらい初歩ですから、と小さくつぶやく。
褒められて照れているようだ。
(やっぱり年下だし、可愛いな)
髪型はツインテールのままだが、うさみみのカチューシャは消えている。
「れいったらずるーい、お姉様、わたくしも褒めてくださいな」
見ると、るいもいつのまにか体操服になっていた。
「るいちゃんも早いね。魔法が二人とも凄く上手でうらやましいな」
少し羨望の気持ちを込めて、茉理は言う。
自分も魔力があったら、もう少し何か出来ただろうか。
茉理の微妙な心を感じ取ったのか、るいはぎゅっと抱きついてきた。
「もうっ、お姉様ったら、そんな顔するなんて反則ですっ」
「は、反則?」
「ちょっと心細くて柔らかなそのお顔は、女の子って感じで可愛いすぎです。誰かに襲ってくださいって言ってるようなものですよ」
「え……」
「もう凄く可愛いっ。わたくし、一生お姉様についていきますから」
「ええーっ、そんな事ないよ」
(一生って何?)
「わたくしがお姉様を幸せにして差し上げますわっ」
(何だろう、この台詞)
茉理はるいにべたべた引っ付かれながら、うーんと微妙な気持ちになった。
まるで女の子に、というより男の子が好きな子に言いそうな言葉なのだが。
(俺が君を一生幸せにする、とかね、ははは)
るいなりのスキンシップと冗談なのだろうが、一瞬どきっとしてしまった自分がいて、茉理は心の揺れをもてあました。
「るい、そろそろ時間」
れいがぐいっと彼女を引き剥がす。
そして茉理の手を取った。
「お姉様、目をつぶってください」
そう言われて、茉理はぎゅっと両目を閉じる。
しゅっと空気が揺れる感じがして、一瞬体が浮遊した。
(あ、これ瞬間移動)
帝や生徒会メンバーと何回か経験したアレだ。
茉理は周囲の喧騒に、そっと目を開ける。
大きな入場門が目の前に見えていた。
「茉理っ、遅いよ。どこ行ってたの」
奈々が彼女を見つけ、早く早くとクラスの列に押し込む。
もう皆そろっていて、茉理はあわてて並んだ。
「後野さん、これ」
クラス委員の小坂君が、小さな物を渡してくる。
「何これ。耳栓?」
「うん。セレモニーが始まったら耳にはめて。強制じゃないけど、そうした方がいいと思うよ」
(何か大きな音でも出るのかな)
茉理はそう思い、耳栓をしっかり握った。
「あーあ、またアレやるんだ」
「これ配られたって事はそうなんでしょ」
「もういい加減にして欲しいよな」
なんだか周りの生徒達がぶつぶつ言っている。
「ね、ねえ、奈々」
すぐ前に並んでいる奈々を突っつくと、彼女はあー、と言って目をそらした。
「茉理はクリスティ学園の体育祭、初めてだもんね。まあ、口で説明するより見た方が早いわ。始まるわよ」
「始まるって何が」
「学園理事の人にね、ほらあの藤先輩の祖母に当たる人」
「藤ゆり子様?」
「そう。あの人が華やかなのが好きだからって、体育祭にわざわざオープニングセレモニーなるものをするようにしたのよ」
「オープニングセレモニー?」
「見てればわかるわ。凄いから」
奈々の言葉に、茉理は校庭を凝視した。
もう父兄席にはたくさんのお客様がいて、来賓席もかなり埋まっている。
放送席の方から軽快なマイクの声が聞こえてきた。
「ただいまよりクリスティ学園中等部体育祭を開催いたします」
校庭中から拍手が起こる。
「開催に先立ちまして、学園理事藤ゆり子様と藤の宮歌劇団によるオープニングセレモニーを行います。皆様、愛と美に満ちた華麗なるショーを特とご覧くださいませ」
(愛と美に満ちたって……すごい台詞ね)
放送部の先輩は、どんな顔してこれをアナウンスしたのだろうか。
茉理は思わずそう思ってしまう。
ジャジャーンっと派手なシンバルの音が響き、次の瞬間校庭一面に黒い燕尾服を着た女性たちが百人ほど現れる。
「わっ」
突然の事に驚く茉理に、奈々は肩をすくめて瞬間移動魔法の応用よ、と教えてくれた。
演歌のようなシャンソンのような何とも言えない音楽が流れ出し、女性たちは一糸乱れぬ美しい動きで踊りだす。
「あーっ、我らの誇れる学び屋よ、クリスティ、クリスティ、クリスティがーくえーんっ」
どこからかソロのソプラノで歌も流れてくる。
歌に会わせてバックではハイソプラノのハミングまで響き、校庭というよりどこかの劇場のようだ。
「……オペラ?」
「どっちかっていうとミュージカルの方が近いと思う」
「うちの学校を讃える歌で?」
「深く考えちゃ駄目よ、茉理」
奈々が開き直った顔で言った。
「本命はこれから登場するんだから。それに比べたらこの人たちのダンスや歌なんて、とても上手じゃないの」
(本命って嫌な予感しかしないんですけど)
茉理はぶるりと身を震わせる。
いつも薔薇好きの雅人がやっていることだが、天から大量の薔薇の花びらが降り注ぎ、校庭中を甘い香りで満たした。
その中でしなやかに踊る女性達は、確かに華麗で見事なダンスである。
(凄い……まるで本物の舞台でショーを見ているみたい)
茉理はいつの間にか目を奪われた。
しかしここはオペラハウスでも大劇場でもない。
残念な事に学園の校庭、演目は『クリスティ学園賛歌』、観客の大半は色とりどりのカラーTシャツを着た中学生であった。
一曲終わると女性達は左右に整列し、中央に現れた長く赤い絨毯に向かってひざまずく。
「来たわ」
奈々はそう言うと、すばやく耳に耳栓を押し込んだ。
他の生徒達も同様に耳栓を装着する。
半信半疑ながら、茉理もみんなに合わせて耳栓をつけた。
赤絨毯を踏んで豪華絢爛な衣装と羽飾りを揺らしながら、ゆったりと藤ゆり子が登場する。
(来たってあの人かあ)
茉理は遠目からもはっきりとわかる真っ白い顔と濃いメイクに、流石舞台用の化粧だとどうでもいいことを考えた。
彼女は来賓たちが控えている朝礼台の横のテントに向かって優雅にお辞儀をする。
とりあえずプリマドンナのごとき仕草に、校庭から拍手が響いた。
音楽が更に盛り上がり、ゆったりとしたバラードの伴奏になる。
金ピカの扇を振り回しながら、ゆり子は高らかに声を張りあげた。
「あ゛あ゛あ゛あーっ、ららららー、あ゛―っ、はあーっ」
(うっ、耳が痛い)
茉理は雄たけびのようにしか聞こえないハイソプラノのひっくりかえっただみ声に、耳の奥がきーんとする。
「きょうーはあーっ、せーいてーんっ、おひがらもっ、よーくてーっ」
(だ、誰か止めて。何この騒音攻撃)
歌なのか精神攻撃なのか、もはやどっちかわからないくらいはずれた音程。
頑丈に固定したはずの入場門ががたがた揺れだした。
(耳栓してても聞こえるよーっ)
周りを見ると、みんな耳を押さえ、中には地面に膝をついて必死に耐えている生徒もいる。
それほどこのゆり子の歌はすさまじかった。
「わーこうど、よよよおーっ。いざあーっ、せいせいっどうどうっ、きそいあいーっ」
(き、きつい……)
茉理も耳を押さえてうずくまる。
とても立っていられる状況ではなかった。
「たーがーいを、たたえーてえーっ、いざ、きそえーよ、わ、こ、う、ど、よよよよーっ、ああああっ、おおおおーっ」
最後の雄たけびが空高く響き、ようやくゆり子は歌をやめた。
赤絨毯の上で腰をひねり、扇を高くあげて、なんだかわからないポーズを決めている。
(やっと終わった)
茉理は拍手の音が響く校庭に、ほっとして立ち上がった。
他の生徒達も同じように耳栓をはずすと、きちんと並びなおす。
ゆり子は盛大な拍手に送られて、朝礼台の上に上った。
(今度はスピーチ?)
茉理の顔がひきつる。
だが予想に反して、彼女は扇をゆるゆると動かして仰ぎながら、ただ立って見下ろしているだけだ。
「ああやって開会式の間、一番の高みでわたしたちの事見下ろしてるのよ」
奈々がため息をついた。
「校長先生や理事長の挨拶、生徒代表の宣誓とか、あそこでずうーっと見てるのよね。さっさと来賓席に引っ込めばいいのに」
ゆり子が朝礼台を独占しているおかげで、校長も理事長も台の横に設置されたマイクで挨拶をするはめになるのだという。
「自分が世界のすべてを統べる女王様なんですって。本当変な人よね」
奈々はプリプリしながら言った。
(確かにある意味凄い女王様気質だな)
と茉理は思う。
百人いた黒燕尾服の女性たちは、ゆり子が朝礼台に移動する間に、またさっと消えてしまった。
(魔法で瞬間移動して入退場するなんて、随分便利ね)
茉理がそんな事を考えていると、今度はいつも入場練習に使っていた行進曲が流れてくる。
(いよいよ開始ね)
中学生になっての初めての体育祭。
すでに厄介事が控えてはいるけれど。
(うん、出来るだけ楽しんで、最後までがんばろう)
茉理は心の奥でそう思いながら、クラスの皆と行進して校庭に並び、無事に開会式を済ませた。




