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9月第二週目に入ると、中等部全体が体育祭の準備でざわつき始めた。
普段の授業に加え、昼休みや放課後の時間を使って皆忙しそうだ。
係をまかされた生徒は担当ごとに集まって打ち合わせたり、何もない生徒は校庭や空きスペースを探してリレーのバトン渡しやダンスの練習なんかを自主的に行う。
(何か思ったりより凄いな)
茉理は初めての中学体育祭なので、こんなに全学年あげて盛り上がるなんてと驚いてしまった。
小学校では見られなかった光景である。
先生に決められたプログラムをこなし、授業中にちょっと練習したりするぐらいで、特にみんなでがんばろう的な感じではなかった。
でも中学ではクラス対抗戦で優勝とか決まるし、普段友達でもこの時ばかりはライバルだと違うクラスの子たちと対抗意識を燃やして作戦を練る。
リレーの走る順番や障害物を避ける練習、よそのクラスで運動神経が良さげな子の情報を仕入れたり、どの順番で並べば綱引きに有利か考えたり。
そのすべてを生徒が自主的に行うのだ。
体育祭までクラブ活動は自粛となり、校庭や体育館はほぼ全面的に体育祭の練習のため開放される。
屋上はもとより一階のエントランスまでもが応援合戦の練習場と化し、少しの時間でも体育祭の熱気が学校中に満ちていた。
奈々はA組の応援団に志願し、茉理は特に係に着く事はなかったが、クラスメイトとの練習に勤しんだ。
少し変わったところでは中三の教室がある4階に、1年と2年の生徒は立ち入り禁止令が発動される。
どうしてだろうと首をかしげる茉理に、奈々が教えてくれた。
「ほら、償還魔法とか防御魔法の練習をするから危ないのよ。わたしたちは基本校内で魔法禁止でしょ」
「3年生はいいの?」
「普段の生活では使っちゃ駄目ってことよ。2年になったら魔法の授業が入るでしょ。授業中は許可されるし、何より体育祭では三年生は魔法使ってガチンコ勝負だもん。今からしっかり練習しておかないと、当日本当に危ないわ。もちろん先生たちが防御結界を張るし、いざとなったら自分の身を守るぐらいの魔法は正当防衛で許されるわよ」
(うわっ、かなり危ないんじゃないの、それって)
奈々の説明に、茉理は顔が青ざめる。
他の生徒はともかく彼女は魔力ゼロ。いざとなったら身を守るすべがない。
茉理の顔色を察し、奈々は背中をポンっと叩いた。
「大丈夫だってば。そんな事滅多におこらないし、第一茉理には心強い王様がいるじゃない」
「お、王様?」
「帝様に決まってるでしょ。体張って守ってくれるに決まってるわ。それにあんたが怪我したら、傷つけた生徒は半殺しじゃ済まないかもよ」
「……」
おそらく奈々の言葉は正しい。
茉理は別な意味でため息をついた。
(守ってもらえるのは嬉しいけど)
自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だと思う。
そんなことに彼の――大事な人の魔力を使って欲しくない。
(ううっ、体育祭では出来るだけおとなしくしていよう)
余計な事に巻き込まれないように。
茉理は心の中で強くそう誓った。
そんな風に思っている時に限って、厄介事が舞い込むのが人生の常である。
木曜日の昼休み。
茉理は意外な人物に呼び止められた。
「後野君、ちょっといいかな」
「香坂先生」
それは1年E組の担任兼国語担当の香坂夢吉だった。
授業はもちろん毎週受けているが、個人的に呼び出されたことのない教師の言葉に、茉理は面食らう。
(何だろう)
君に頼みたい事があってね、と前置きして、香坂先生は茉理を教科準備室に連れていった。
「実は体育祭で、君に頼みたい係があるんだ」
「はあ」
意外な申し出に、茉理は目を瞬かせる。
「僕は受け付け係の担当教師なんだけど、当日君に受け付けを手伝ってもらいたいんだよ」
「え? でもそれはクラスで選出した受け付け係がやるんじゃないんですか」
「うーん、もちろんそうなんだけど」
困ったように香坂先生は頭を搔いた。
「実は学園理事の一人に、ちょっと面倒な人がいてね。いつもご父兄をお迎えしてチェックするのが受け付けの役目なんだが、あまりにもお出迎えが簡素に過ぎる、面白くないと苦言を寄越してきたんだよ」
「学校の体育祭の受け付けに、ですか」
茉理はわけがわからなくて首をかしげる。
別にパーティーやテーマパークの入場口じゃあるまいし、面白みの必要性をまったく感じないのだが。
「君の言いたいことはわかる。わかるんだが、こっちも困っていてね。急遽しかたがないから受け付けを少々華やかにする案を考えたんだ。君には当日受け付けでそれを手伝って欲しいのと、もう一つ」
「もう一つですか」
「実は突然そうなったため、初等部から二人助っ人を呼ぶことにした。その二人の面倒も見て欲しいんだよ」
「は? 初等部からですか」
茉理は頭がついていかず、どういうことが混乱した。
(助っ人が小学生?)
中等部にもたくさん良い生徒はいるだろうに、なんでわざわざ小学生を呼ぶのだろう。
「その二人は小学生ながら魔法を駆使した大道芸――マジック・パフォーマンスに長けていてね。魔族じゃない一般の人たちにも人気のある子たちなんだ。道端でストリートパフォーマーとしてよく芸を披露して、SNSとか動画配信サイトに上げられてる子たちなんだよ。もちろん学園外では魔法は手品ってことで認識されてるし、彼ら自身も化粧と派手な衣装で年齢と素性、魔族であることはもちろん隠してる」
「そうですか」
どう答えてよいかわからず、とりあえず茉理は返す。
(というか、もうこれって強制参加よね)
頼みというより決定事項のようだ。
「でも先生、わたしは芸とか出来ませんよ。魔法も使えないし」
首をかしげる彼女に、香坂先生は大丈夫だとにっこり笑う。
「君はただ適当にうろうろしていてくれればいいそうだ」
「は? うろうろですか」
「そう。受け付けの時間は、二人の側でうろうろしてくれればいい。そして受け付け終了後は悪いがクラス席に戻らず、二人と一緒に見学していて欲しい。二人とも小学生だからね。初めての中等部では何かと心細いだろう。迷子にならないように一緒にいてあげてくれ」
「わかりました」
もはや強制イベントと化したお役目に、是非を問うてもどうしようもない。
(どうせうちは両親は来ないしね)
一応体育祭のお知らせ兼招待状はクラスで配布されたが、両親に見せる前に同居中の祖母藤子に見つかってあっさりと処分されてしまった。
藤子は何故かクリスティ学園や魔族の事を知っており、茉理が入学したいと騒いだときも大声で反対したものだったが、彼女が我を通して入学したあとは何かと気にかけてアドバイスしてくれたりする。
魔法や魔族の存在を信じない両親にボケ老人扱いをされている祖母だったが、茉理には何故か最近まともに見えた。
学校の事や生徒会メンバーの事、魔法がらみの相談なんかをすると、ちゃんと聞いてくれて適切な助言まで与えてくれる。
びりびりと招待状を引き裂いてゴミに捨てた祖母を見て、茉理はさもあらん、とため息をついたものだ。
正直茉理も家に持って帰ってきたものの、両親に渡すか渡すまいか非常に迷っていたのだ。
魔法をまったく知らない両親が体育祭で飛び交う魔法を見たら、腰を抜かすか精神病院に行くかの二択になる可能性が高い。
(おばあちゃんぐらいなら来てもらってもいいんだけどな)
何故か色々知ってそうな謎めいた祖母。
しかし学園や魔族の事は全力で嫌っている。
(まあ、誘ったって来なかったでしょうよ)
体育祭に誰も来なくても特に支障はない。
行事全体はクラス対抗で盛り上がるし、特に父兄が必要な場面はなかった。
昼食には理事会特製の豪華弁当が出るとかで、クラスメイトが楽しみにしているのも知っている。
「じゃあ頼んだよ」
ニコニコ顔の香坂先生に一礼すると、茉理はさっさと教科準備室から退散した。
教室に戻ると奈々が満面の笑顔で騒いでいた。
「見て見てっ、茉理。こ、れ」
彼女が持っていたのは、体育祭で着る組Tシャツである。
「さっき実行委員の人たちが届けてくれたの」
「そうなんだ」
茉理も自分の机に置かれたTシャツを出して、広げてみる。
シンプルな赤のTシャツで、背中に白で大きくAというアルファベッドが印刷されている。
「良かった、マトモなTシャツで」
「C組、可哀想よね」
「いや、Dの方がひどくない?」
こそこそクラスメイトがしている会話が耳に入り、茉理は思わず奈々に聞く。
「ねえ、C組って確か組カラーは白だったよね」
「うん、そうなんだけどさ」
奈々はそこで言葉を濁した。
「さっき組Tシャツ受け取ったら、C組の人たち泣いてたわね」
あれはちょっとね、という奈々の微妙な表情が気になって、茉理はC組に行ってみる。
そして中を覗いたとたん、目が点になってしまった。
「これって……羽?」
C組はTシャツを試着している。試着して……ほぼ全員絶望的な顔でうめいていた。
「これで走るの? いやああっ」
「超絶笑いもんじゃん。何、このキモイ羽」
「うわあああーっ、こんな姿、お父さんとお母さんにみせたくない」
なんとイメージカラーの白に合わせてTシャツ一面に鳥のような羽がたくさん付いており、着た瞬間に白鳥のように見えてしまう恐ろしい代物だった。
おまけに背中には白い大羽までついていて、走ったりすると自動でバサバサと羽ばたく仕組みになっており、邪魔なことこの上ない。
とどめにTシャツの裾をぐるりと白いフリルがふんだんに覆っていて、男子が着たらフリルのミニスカートからにょきっと太い足が覗くという、非常に似合わない格好になってしまっていた。
(一体デザイン考えた奴は誰なのよ)
茉理は心の中でうめく。
着る方も見る方も非常に迷惑なそれは、今すぐ可燃ごみで処分してしまいたいほど最悪な物だった。
(あの姿で徒競走とかやめてよね。横で羽バタバタさせて来られたら、気になって走れないじゃないの)
茉理はこめかみを押さえ、ついでに横のD組も覗いてみた。
そこはそこでやっぱり異様な光景だった。
「つ、冷たい」
「体育祭の時はきっと暑いから、冷えていいとは思うけどさあ」
「C組よりましだけど、なんか着るの抵抗あるよな」
「うん、これ装着して本当に皮膚大丈夫か、的な」
D組のイメージカラーは緑。
組Tシャツは薄緑色の生地というか、ゼリー状の何かだった。
(あれってまさか)
茉理は以前見たことのあるゼリー状の物体を思い浮かべる。
それはどんな物でもかければゼリー状になるという魔法薬によって退治された巨大ゴーレムの姿だ。
(確かあの先輩ってD組だった。ついでにあの先輩がC組よね)
茉理の顔に青筋が走る。
どう考えてもこのデザインの発案者は、あの二人に違いない。
(信じられないっ。自分の趣味を優先しすぎよ)
茉理は困惑しているD組の教室から階段を上がって上の階に向かった。
だが途中で、ふと足が止まる。
(待って。二人に直談判しても無理かも)
自分が抗議したところで、きっとあの先輩たちに軽くあしらわれておしまいだ。
まともに聞いてはくれないだろう。
(だったらもうこの手しかないか)
あの二人に絶対の権を持って意見出来る彼に頼むしかない。
茉理は3年の教室に行くのをやめて、2年の教室に駆け込んだ。
2年A組に行ってみたが、お目当ての彼の姿がない。
(この時間は生徒会室ね)
茉理はもう一度1年の階に戻ると、C組の教室の前に立ち、思念会話を送った。
『帝先輩、今すぐ会いたいんですが、来てもらえませんか』
彼女の思念が通じるや否や、すぐ横の空気が揺らぐ。
「どうした、茉理」
非常時にしか呼び出されることがなかったため、彼の顔は真剣だった。
「先輩っ、あれ、なんとかしてもらえませんか」
茉理はC組の教室の中を見せて訴える。
「あの衣装はひどいです。A組みたいにかっこよくてまともなTシャツに変えてあげてください」
「……」
「あんなのと一緒に走るなんて最悪です。着る方も見る方もやってられませんっ」
茉理の涙ながら(嘘泣き)の訴えに、帝の頬の筋肉が強張った。
ついでにD組のも見せてみる。
「あれって絶対あの魔法薬……」
「あいつら! すぐに取り替えさせるてやるっ」
帝の怒り声が廊下に響き、次の瞬間彼は瞬間移動した。
次の日、シンプルなイメージカラーのTシャツがC組とD組に再配布されたのは言うまでもない。




