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何故かカゲキな体育祭(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編5)  作者: 月森琴美


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 ――旗は必ず無傷で手に入れること。燃やしたり破損したら失格になること。

 最初のルール説明で言われていた事だ。

 炎の魔法使い伊集院雅人は、炎系の魔獣を償還し、ついうっかり旗を燃やしてしまった。

 よってC組は失格となり、E組が優勝である。

 判定結果、E組の勝利が確定した。

 朝礼台の横のマイクから、高らかにE組勝利の宣言が出される。

 しかしあまりに不可解な結果だったため、勝ちどきを上げる生徒はいなかった。

「どうなっているの」

「あれ、絶対わざとだよな」

「D組の直樹様も……わざと水から落ちたんじゃないのか」

 五角形の旗取り合戦陣地を囲む防御壁は撤去され、競技に参加した中三の生徒達はクラス別に並んだ。

「おーっほほほほっ、最高に素晴らしい競技でしたわっ。皆様、ご覧になりましたでしょう、我が孫の実力。藤昇こそ真のクリスティ一族の後継者にして、魔族の頂点に立つべき人間でしてよ」

 朝礼台より誇らしげな声が校庭に響く。

 ゆり子は今や世界のすべてを手にいれた女王のように、満足げな笑みを浮かべて立っていた。

(雅人先輩、あなたまで)

 屋上から、茉理は胸を押さえて下を見る。

 恐れていた結果になってしまった。

 帝は今、どうしているのだろう。

 そんな茉理の目に、黒い影が三年生たちの前に飛び込むのが見えた。

 帝だ。

 彼は真っ青な顔で瞳を怒りでぎらつかせ、大声で怒鳴る。

「直樹っ、雅人っ、どういうことだ。お前達がなんで……なんでわざと負けた」

 二人は三年生の列の中から出てきて、帝の前に立った。

 後ろの朝礼台では、ゆり子が馬鹿にしたような顔で帝をねめつける。

「実力もない小物のくせに、大声で吼えるなんて何てみっともないんでしょう。これだからどこの女が生んだかもわからない卑しい子犬は駄目なのよ。ちゃんとした血筋の家の出でないと」

「ゆり子様、そのぐらいにしてください」

 今度は藤昇が列から前に出てきた。

「あら、我が藤家の誇る勇者昇よ、今日の働きは見事でしたわ。褒めてあげましてよ、ほほほ」

「それはどうも。というか、ちょっと黙っててもらえませんか、おばあ様」

 昇は怒りをあらわにしながら、ゆり子をねめつける。

「あなたが余計な事を言うと話がこじれるので」

「まあ、わたくしに対して何て言葉でしょう。昇っ、今すぐ改めなさいっ」

「いいえ、本当にもういい加減にしてください」

 彼はそう言うと、真っ直ぐ直樹と雅人を睨んだ。

「僕の方が聞きたいよ。なんでわざと負けたんだ、君達は」

「それをお前が聞くのか、藤昇」

 直樹が先程とは違う、実に冷たい声で返す。

「そうそう、君にだけは言われたくないんだけどね」

 雅人も口調はおどけているが、目は怒りに燃えていた。

 二人とも藤昇を射殺しそうなほどの気迫で、後ろの本部席や来賓席にいた者たちは皆、息を飲む。

 二人に怒りをぶつけられ、昇は当惑した。

「なんだよ、僕が何かしたとでもいうのか」

「白々しい。心当たりがないとは言わせないぞ」

 直樹が冷静さの中に怒りを滲ませて返す。

「おじいさまから命令が来てね。体育祭でわざと負けて、君を勝たせろってさ」

「なっ」

 雅人の言葉に、昇よりも帝の方が反応した。

 雅人に飛びかかり、胸倉を掴み上げる。

「おいっ、何でだ。なんで総帥は」

「悪いな、帝。これは事実だ」

 直樹が横から帝の腕を静かに雅人から引き剥がす。

「俺達にとって本家の意思は絶対なんだ。すまないな」

「不本意だけどねえ、勝負事にわざと負けるって僕の主義に反する美しくない行いだし」

「そんな……」

 帝はその場に膝をついた。

 これがどういう意味なのか、わからない彼ではない。

 自分で自分の体を抱きしめ、彼は怒りで震えていた。

「おーほほほっ、雷導様はお前なんかよりわたくしの孫を選んだのよ。潔くあきらめなさい。お前にはもう何の価値もないということよ」

「俺は……俺は」

 帝の顔から苦渋に満ちた声が漏れる。

 魂の中で暴れる激しい思考。

(帝先輩)

 屋上から見下ろす茉理は、息を呑んだ。

 帝の心の奥に潜むもう一つの人格が悶え苦しんでいるのが、彼女には痛いほど伝わってきた。

 ――僕のせいなのか。弱い心を持つ僕がまだ存在しているから選ばれなかったのか。

(駄目、帝先輩)

 彼女は身を震わせる。

 帝の体内から自分自身に対する嫌悪感、自身を呪うほどの想いが体内にある魔力を暴走させようとしていた。

 彼の持つ強い魔力が、心の衝撃により闇の力に染まっていく。

 帝の中から溢れんばかりに闇の魔力が流れ出し、彼自身の瞳を絶望の色に染めた。

「おいっ、まずいぞ」

 直樹が顔色を変える。

 帝の異変に気付き、雅人はあわてて彼の側に寄ろうとした。

 高笑いが止まらなかったゆり子でさえ、帝から漏れ出る強い魔力に驚きで立ちすくむ。

 彼の魔力暴走を抑えようと、雅人は帝に触れて精神を落ち着かせようとした。

 しかし彼の伸ばした手は、帝自身を包む黒い魔力に阻まれる。

「全員、この場から非難しろ」

 本部席から理事長が飛び出してきた。

「帝様の魔力量は桁違いだぞ。それが暴走したら、どうなるかわからん」

 茉理は校庭中に彼の闇の魔力が広がろうとしているのが、屋上からはっきりと見て取れた。

(このままじゃ帝先輩が、帝先輩じゃなくなってしまう)

 自分を好きだと言ってくれた優しい人が。

 いつも茉理を優先させてやると俺様気質を発揮してささやく人が。

(嫌だ。帝先輩が帝先輩で無くなるなんて絶対に嫌)

 茉理の中で、何かが弾けた。

 それは強い願い、激しく誰かを思う心。

 どんなことでも可能にする白き闇の力。

「帝先輩」

 茉理が彼の事を想い、彼の名を呼んだとき、それは起こった。

 彼女の胸に下げていた白い石が、強い光を放つ。

「お姉様」

 るいとれいが驚きで叫ぶ。

 しかし二人とも茉理の側に寄ることは出来なかった。

 まぶしい光が彼女の体を包み、屋上から消えたのだ。

 光が治まったあと、先程まで彼女が立っていた場所にはもう誰の姿もなかった。

「……嘘でしょ」

 るいがぽつりとつぶやく。

「るい、あそこ」

 れいが下を見て、驚きの声を上げた。

 双子は校庭を見て絶句する。

 魔力の欠片もないはずの少女が、校庭に瞬間移動していたのだ。

 ――伊集院帝の側に。



 一瞬何が起きたのか、茉理自身にもわからなかった。

 強く願ったら、いつの間にか帝の側にいた――それだけだ。

 何故自分が屋上からここまで来れたのか、それはわからない。

 でも今はそんなことどうでも良かった。

「帝先輩」

 臆することなく、茉理は手を伸ばす。

 雅人の手を弾いた黒い魔力も、白い輝きに包まれた彼女を拒む力はなかった。

 真っ直ぐ茉理は帝の右腕に触れる。

 そして自分の方に腕を引き寄せ、先にある右手拳を優しく両手で包んだ。

 そのまま目を閉じる。

 彼女は今、全身で帝の魔力と――傷ついた彼の想いとつながったのを感じた。

 自分が今願っていることをかなえるためにどうすればいいのか、何故か茉理にはわかっていた。

(帝先輩、お願い。わたしの声を、想いを聞いて)

 強く念じる。

 自分の魂の奥から湧き上がる白い光の力。

 それが帝の事を思うたび、彼の魂に注がれていった。

(大丈夫だから。あなたは決して駄目じゃない。総帥になれなくても、一族の長でなくてもいい)

 自分らしくあればそれでいい。

 そのままの貴方でいて欲しい。

(わたしは貴方が財閥の跡取りだから、クリスティ一族の次期長だから、強い力を持つ魔族だから、貴方の事を好きになったわけじゃないです)

 今ここにいる貴方が貴方だから好きなのだと、繰り返し茉理は強い想いで彼を包み込む。

 彼女から流れ込む白い聖なる光。

「ま……つ、り……」

 帝の目が正気に戻っていく。

 彼は跪いたまま、顔を上げて彼女を見つめた。

「帝先輩」

 ちゃんと伝わったのだと茉理は感じ、嬉しくなる。

 何かを求める幼子のような顔を向けられ、彼女は帝の頭をしっかりと胸に抱えて抱きしめた。

(わかってくれた、受け止めてくれたんだ、わたしの気持ち)

 我知らず涙がこぼれる。

 帝の体から溢れていた魔力が徐々に治まっていく。

 一刻の後。

 すべてが何事もなかったかのような校庭に戻った。




「茉理」

 帝が彼女の腕の中で動く。

 茉理ははっと自分の体勢に気付き、あわてて彼から離れた。

「あっ、ご、ごめんなさい。いきなり」

「……」

「あの、その、突然、急にですね、その……えーと、だから」

 茉理は何と言ってよいやら頭が回らなかった。

 というか、そもそも自分は何で校庭にいるのか、まずそこからしてよくわからない。

 屋上から飛び降りた、とか全速力で階段を駆け下りて校庭まで走ったなどという記憶は一切なかった。

 気がつけば自分は校庭にいて、とにかく帝をそのままにしておけなくて、とりあえず手を握ってから抱きついた……。

(うわっ、わたしったら何してんの)

 自分の行動を冷静に思い返して、顔が真っ赤に染まる。

 頬を押さえて、茉理はその場にしゃがみこんでしまった。

(どうしよう。そういえばここって校庭だった)

 全校生徒と父兄や先生たち、名も知らないけど魔族のえらい人たち。

 その人たちの目の前で、帝に抱きつくなんてとんでもない行為だ。

「えーと、その、とりあえずごめんなさい」

 ぼそぼそとつぶやく茉理の頭に、ぽんっと大きな手が乗せられる。

「大丈夫だ。むしろ礼を言うのはこっちだろう」

 帝はそのままくしゃっと乗せた手を動かして、茉理の頭を撫でた。

「お前のおかげで正気に帰れた。助かったぞ」

(なんだかわからないけど、役に立ったのかな、わたし)

 茉理はおそるおそる帝の顔を見上げる。

 彼はすごく優しい笑みを浮かべていた。

 それは彼女をもう大丈夫だと安心させてくれる。

 そろそろと茉理は立ち上がり、彼女自身も笑みを返した。

「よくわからないけど、その、良かったです」

「ああ」

 帝は強くそう言うと、再び直樹と雅人の方を向く。

「二人ともすまない。驚かせたな」

「まったくだ」

 直樹が黒眼鏡のフレームを直しながら言った。

「今回は本当に駄目かと思ったよ。茉理姫のおかげだね、ありがとう」

 雅人は彼女に持っていた薔薇の花を渡す。

「ほら、お姫様。ご褒美だよ」

「あ……どうも」

 素直に受け取った彼女の脳裏に、小さな思念のメッセージが響く。

『あとは僕達にまかせておいてよ。大丈夫だから』

(雅人先輩?)

 ぱちりといたずらっぽく片目をつぶってみせると、雅人は表情を改めた。

「まったくなんてことでしょう」

 朝礼台から、また甲高い女性の声が響く。

 扇をばさりと振りながら、ゆり子は馬鹿にしたような目線を帝に投げた。

「こんなことぐらいで正気を失うなんて、本当に未熟ですこと。わたくしの孫に比べたら、なんて無能なんでしょうね。伊集院家を継ぐにふさわしいとは思えないわ」

「うるさいよ、そこの歌劇狂いのお婆様」

 雅人は彼にしてはめずらしく、苛立ちを女性にぶつける。

「そちらこそ随分卑怯な手を使ってくれる。総帥に孫娘を使って色仕掛けとは、藤家も落ちたものだな」

 直樹は侮蔑の眼差しを昇に投げた。

藤咲子(ふじさきこ)だったか、貴様の妹だったな、藤昇」

「……」

 昇は顔をしかめる。

(藤咲子って誰だろう)

 茉理は一人で首をかしげた。

 彼女の不思議そうな顔に気付き、雅人が説明する。

「藤には咲子という妹がいるんだけどね。黙って立ってるだけならユリの花のように美しいお嬢様なんだけど」

「その妹がここ数年、別邸で暮らしている総帥に、おじいさまと言ってベタベタまとわりついてる話は有名だ。総帥は彼女の色仕掛けにはまって、我侭を色々聞いてやってるらしい」

「つまりその女が兄の出世のために、総帥にねだったというわけか。俺を排除して、兄を伊集院財閥の跡取りにと」

 苛立ちを隠せぬ声で、帝が言った。

「あきれた話だよねえ、実力で勝負するなら僕達もわかるけど、妹使って小細工してくるとは。そうまでして君、伊集院財閥の総帥になりたいわけ? 僕なら絶対そんなみっともないまねはごめんだね」

 雅人は口元に笑みを浮かべて藤昇を見る。

 だが口調とはうらはら、瞳の奥には完全に軽蔑の光が宿っていた。

「僕は、僕は何もしてないぞ。財閥の跡取りなど、望んだことは一度も」

 強く叫んだ昇の言葉を、直樹はさえぎった。

「ふざけるな。何もしてないから許せないんだろうが」

「えっ」

「お前は知っていたはずだ。祖母ゆり子がどんな野望を抱いていたか、お前の妹が総帥の側で何をしていたか」

「それは……」

「君の実力はさっき見せてもらったよ。でもさ、あれだけの力があるんだから、おばあさまを抑えて妹の行為をやめさせることだって、君には出来たはず。違うかな」

 雅人の言葉に、昇は反論出来ずに唇を噛みしめる。

「お前は何もしなかった。知っていながら、抗う力を持ちながらも放置するという事は、お前もその行為に対して同意し、加担したに等しいと俺は思う」

 直樹はきっと前を向き、朝礼台を睨みつけた。

「今ここにいるすべての魔族の前で宣言する。クリスティ一族第三の分家代表森崎直樹の名において、第三の分家は藤昇を次期一族の長とは絶対に認めない。第三の分家が認める者は伊集院帝ただ一人だ」

「同じく第二の分家代表伊集院雅人、第二の分家も藤昇を認めない。第二の分家も認めるのは伊集院帝だけだ」

 直樹と雅人はそう言うと、帝に向かって笑みを浮かべる。

 茉理は目を丸くして二人を見た。

「俺も認めません」

 いつの間に横にいたのか、英司と斎も帝の側にいる。

「第四の分家代表山下英司、第四の分家も藤昇を次の一族の長とは認めません。第四の分家も認めるのは伊集院帝です」

 英司がそう言ったあと、斎が動いた。

 指を動かし、校庭の砂を指先に集めて空中で文字にする。

 そこにははっきりと書いてあった。

『第五の分家代表 遠野斎 第五の分家も藤昇を認めない。次の長は伊集院帝です』

 校庭中がざわめいた。

 皆、この光景を見て、驚きが止まらない。

「お前ら……」

 帝は自分を肯定してくれる仲間たちの顔を見て、いつもの強気の笑みを漏らす。

「ふざけないでっ」

 ダンっと朝礼台をハイヒールで踏みしめる音。

 ゆり子が全身憤怒の気をまとわせながら叫ぶ。

「所詮子どものお前達に何が出来るというの。代表ですって? そんなもの雷導様に咲子がお願いすれば、すぐにお払い箱よっ。身の程をわきまえなさい」

「その言葉、そっくり返しますよ、ゆり子様」

 雅人はやれやれと肩をすくめた。

「おじいさまがどう言おうと、僕達の意思を動かすことは出来ない。帝を排除なんてさせません」

「そもそも本家が権威を誇っているのは、四つの分家が忠誠を誓っているからだ。その分家すべてが結束するなら、雷導様に抗う力はない」

 直樹も冷ややかな声でゆり子に告げる。

「四分家代表の名をもって、本家に進言する。藤家を一族の傘下からはずすことを」

「なんですって」

「咲子嬢を使って、どうぞおじいさまに泣き付いてください。無駄でしょうけどね」

 雅人は皮肉たっぷりに言った。

「あの人は今まで沢山の孫がいながら、一人も可愛がったことのない人ですよ。実の息子や娘たちでさえ愛情を注がなかった。あなただって身をもって知ってるでしょう」

「さ、咲子は違うわ」

「可哀想に。愛されてると勘違いさせて捨てる。それがおじいさまのやり方です。ま、いくらでも試してごらんなさい。咲子嬢が傷つくだけですし」

 雅人はそう言うと、理事長に向き直った。

「すみません、一族のゴタゴタで時間を取らせてしまいました。閉会式をお願いします」

「あ、ああ、そうだな」

 我に返った理事長はポケットから出したハンカチで汗を拭きながら、放送席にアナウンスの指示を出す。

 すぐに放送部の軽やかな声が校庭に響いた。

「本日すべての競技が終了しました。これより閉会式を行います。生徒の皆さんは、全員校庭に整列してください」

 朝、入場行進で使った軽快な行進曲が流れ、皆クラス席から校庭に整列する。

「それではこれより閉会式を行います」

 朝礼台には、もうゆり子の姿はなかった。

 さっきの事にショックを受けた実行委員長藤昇の姿も消えている。

 茉理はクラスの自分の列に並び、何とか終わったことに安堵した。

(もう体育祭とは思えない一日だった)

 きちんと朝礼台に上がって総評を述べる理事長の言葉を聞きながら、その場にいる中等部の生徒全員、ほぼ茉理と同じ感想を持っていた事は言うまでもない。



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