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暑さのまだ残る9月の朝。
XX市の主要駅を走るXX線は沢山の学生達が車両に乗り込み、ほぼ1ヶ月半ぶりの学生ラッシュでにぎわっていた。
高校や私立中学もそれなりに在る市なため、最寄り駅には学生達の波が出来る。
私立クリスティ学園がある最寄り駅も中々込み合っていて、後野茉理は車内でもみくちゃになったブレザーの襟を整え、やっと降りたホームで一息ついた。
(今日から新学期だ)
今日は始業式と簡単なホームルームだけのため、かばんの中身はそれほど重くない。
改札を出て、駅前商店街を通り、学校に向かって歩き出した。
道ですれ違う学生たちは、茉理と同じ制服を着ている子もいれば、地元の市立中学や高校の制服を身につけている子たちもいる。
15分ほど歩くと見えてくる自然がいっぱいの小高い丘の上に、私立クリスティ学園はあった。
幼稚園から大学院まで、すべてこの広大な敷地内に校舎があり、茉理はこの学園の中等部一年だ。
門まで来ると、彼女は目を丸くする。
「帝先輩?」
この学園を設立した伊集院財閥総帥の孫にして、次期伊集院財閥の跡取りであり、現中等部生徒会長である伊集院帝。
彼が校門前にある大きな桜木の下に立っていたのだ。
普段彼は、学園のすぐ横にある伊集院本家から高級車に乗って校舎まで登校している。
なのに今日は何故、そんな所にいるのだろう。
あわてて駆け寄ると、茉理はぺこりと礼をした。
「おはようございます、帝先輩。あの、どうしてここに」
「お前を待ってたに決まってるだろう。遅いぞ」
ぶっきらぼうにそう言うと、帝はぐいっと彼女の肩を引き寄せる。
「これから毎朝、ここで待ち合わせだ。いいな」
「えっ、でも帝先輩、大変じゃないですか。いつも校舎まで車で行ってるのに」
わざわざ校門から校舎まで歩くというのか、毎日高級車を乗り回してる金持ちの御曹司が。
「別にそこまでしなくても、放課後家まで送ってくれるだけでいいですよ」
茉理は笑みを帝に向ける。
一応二人は、校内公認のカップル同士。
5月末に行われた生徒会主催の帝の彼女選抜イベントで、茉理は何と勝ち抜いて今年一年帝の彼女に選ばれてしまったのだ。
伊集院家は表向きは日本でも指折りの財閥だが、実は裏の顔を持っている。
遥か中世時代に、ヨーロッパの方にいた魔族アルツール・クリスティという人物が一族を率いて日本に移住し、この地に定着して財閥を築き上げた。
その財閥こそ伊集院財閥であり、クリスティ学園を設立したのも伊集院家である。
伊集院家――魔族の氏でいうならクリスティ一族は、先祖アルツールより受け継いだ特殊な魔法を代々子孫に伝授する事を一族の掟としており、本家跡取りの帝もそのために自分の伴侶となる『運命の相手』探しをしていた。
茉理と今つき合っているのも、その『運命の相手』探しの一環で、一年間これはと思う少女を選んでお付き合いするという本家の掟にのっとったものだ。
(本当にわたしの事を好きで、つきあっているわけじゃない。けど……)
茉理は昨夜の事を思い出す。
夏休み最後の夜、帝に呼び出されて、一緒にレストランで夕食を食べた。
彼は本家跡取りとして歪んだ帝王学みたいなものを幼い頃からスパルタで教育されてしまい、繊細な本来の自分の性格を嫌悪して心の奥に封じてしまった。
そのため普段は周囲の望むままに創り上げた俺様気質の人格を表に出している。
いわゆる二重人格者になってしまった彼だが、一緒に食事をした時にはなんと自ら望んで普段表に出さない繊細で優しい人格の方が出てきたのだ。
そして彼は茉理の事を、本当に好きだと告白してくれた。
ずっと待っていた運命の人だとも。
(うーん、これってどう考えたらいいのかなあ)
茉理は彼と別れてから、時々悶々と考えてしまう。
(表のA君は家のためにしかたなくわたしとつき合ってる。でも裏にいるB君は、本当にわたしの事が好き)
結局どっちなんだと頭が痛い状況である。
「俺がそうしたいからそうするだけだ。何か不都合でもあるのか」
「いや別に。先輩がそれでいいならいいですけど」
茉理は考えても結論が出ないことに頭を使うのはやめにして、かばんを持ち直し、帝と一緒に校舎まで歩いた。
校庭に出るまでの道は並木道になっていて、そろそろ葉が色づき始める木もある。
「おはようございます、会長」
「帝様、おはようございます」
すれ違う生徒達から挨拶され、彼はぶっきらぼうにおはよう、と言ったり、うなずいたりしながら校舎まで進んだ。
「二学期は生徒会、やっぱり忙しいんですか」
茉理の質問に、帝は少し考えてから、まあなとつぶやく。
「体育祭と文化祭があるからな。大きい行事はそれぐらいだろう」
「そうなんですね」
「でも出来るだけお前との時間は作る。やりたい事や行きたい所があったら、遠慮せずに言え」
いいな、と言われて、茉理はうなずいておいた。
「でも無理しないで、生徒会の方を優先してくださいね」
「いいや、お前の方が優先だ」
帝はききわけのない子どものような発言をする。
「お前は遠慮しすぎるんだ。俺はお前の彼氏なんだろう? もう少し我侭を言え」
去年はもっとこう色々あったんだがな、と付け加えられ、茉理は少しむっとした。
「去年の円城寺先輩みたいな子が良かったですか。すみませんね、去年より可愛げがなくて」
「は? なんだ、どうしてそこで怒る。おいっ」
「知りませんっ。ここまででいいです。じゃあ」
そう言い捨てると、茉理は早足で校舎に駆け込み、1年の教室に上がってしまう。
「まったくなんなんだ、あいつは」
またわけのわからんことで怒りやがって、と帝は苛立つ心を抑えながらため息をついた。
1ヶ月ぶりの教室では、クラスメイトのほとんどが来ていて、久しぶりの挨拶を交わしていた。
自分の席に着いたとき、親友の川本奈々が声をかけてくる。
「おはよう、茉理。夏休み、どうだった?」
「おはよう。特に変わった事はなかったけど」
「えーっ、そうなの? 帝様とは? どっか遊びに行ったりしなかったの? 二人で海とかさ」
「う、海……」
「夏と言えば海。海水浴でしょ。帝様のことだから、どっか外国に別荘とかプライベートビーチとか島とか持ってそうじゃない。専用のヨットとかクルーザーとかもありそうよね」
「それはあるかも。でもなんか忙しそうだったよ、伊集院財閥のお仕事とかで」
「そうなの。それは残念。ひと夏のロマンスを期待してたんだけどな」
少しがっかりした様子の奈々に、茉理はぶすっと膨れてしまう。
(ひと夏のロマンスって何よーっ)
何もなかったわけじゃないが、ロマンスとは程遠いハプニングのネタ話しかなかった。
(わたしと帝先輩じゃロマンスは無理よね。そういうがらじゃないっていうか)
もし本気でつき合ったとしても、確実にロマンティックな展開にはなれないだろう。
(去年の円城寺先輩とだったらお似合いかも)
さっきの帝とのやりとりが、ちらりと頭をかすめる。
「まあいいけど。それより二学期といえば体育祭よね。楽しみだな」
奈々の声が明るく弾む。
「特に今年は雅人様が三年生だしね。華麗なお姿をぜひ見なきゃ」
「あー、そうなんだ」
茉理は彼女のテンションについていけず、乾いた返事を返した。
クリスティ学園中等部生徒会は、生徒会長たる帝を筆頭に5人のメンバーで構成されている。
全員魔族のクリスティ一族で、本家の他に4つの分家があり、それぞれに魔族界で権勢を誇っているらしい。
現中等部生徒会役員達は、本家の帝を筆頭に四つの分家の代表が今年はそれぞれ役割を担っていた。
奈々が口にした雅人様は副会長で、3年C組 伊集院雅人。帝の従兄弟であり、第二の分家の代表だという。
会計は3年D組 森崎直樹。第三の分家だ。
書記は第四の分家である2年B組 山下英司。
臨時書記は第五の分家で、帝のもう一人の従兄弟1年E組 遠野斎。
ちなみに全員魔族で、かなりの魔力を持つ魔法使いである。
茉理は帝の彼女となったことで生徒会メンバーとの関わりも増え、なんだかんだと1学期は彼らといろんな事件に巻き込まれながら過ごすこととなってしまった。
平穏無事な学園生活を送ることはもはや夢と化してしまった今日この頃だが、何かが茉理の胸をざわつかせる。
(なんだろう。何か嫌な感じだ)
そっと胸に下げた白い石のペンダントに触れた。
これは以前ありえないことに過去のユーフォリアという異世界に転移してしまい、そこの聖魔巫女トノアからもらった物である。
指先で触れるとなんだか温かい感じがする不思議な石は、茉理の精神を安定させてくれた。
複雑な気持ちでいると、教室の扉が開いて先生が入ってくる。
「おはよう。みんなそろってるな」
気さくな担任の森先生が教壇に立つと、学級委員の小坂正一が起立っと大きな声で号令をかけ、みんなバタバタと立ち上がった。
「礼、着席」
全員席に着いたのを見て、久しぶりにな、と先生は出席簿を取り出し、名前を呼び始める。
茉理は女子の一番だ。
最初は呼びにくそうにしていた先生も、今はスムーズに[あとのまつり]と呼ぶ。
クラスメイトももう首をかしげたりしない。
(すっかり慣れたわね)
茉理は元気に挨拶しながら、心の奥がほんのり暖かくなるのを感じていた。




