序章
郊外に建つ豪勢な屋敷の居間は、昼日中だというのに映画館並みの暗さであった。
居間の中心に据えられた大型スクリーンでは、煌びやかな衣装を身に纏った女役者たちが出演して、悲恋のミュージカルを上映している。
[ああっ、何故この世界にこんな苦しい想いがあるの]
[ロゼ、それは君が僕を永遠に愛してくれているからだよ]
男役の役者は柔らかなアルトで愛の調べを謳い始め、娘役が歌に合わせて踊りだす。
「……ぐすっ、月の君、かっこよすぎですわ……」
ソファでスクリーンに見入っている女性は、どう贔屓目に見ても老女であった。
しかし3人がけの大きなソファいっぱいに広がる孔雀の羽を背中に背負い、赤い豪華なお姫様ドレスに白髪を金髪化してティアラを乗せたその姿は、もはや老女というより豪華絢爛な妖怪にしか見えない。
彼女は白いレースのハンカチを目に当てて感動の涙を流してはいるのだが、実際厚化粧が剥げて涙で流れ、顔もとんでもない状態になっていた。
居間の扉がノックされ、入ってきた執事が一瞬目を背けたのもわかる。
「おくつろぎのところ失礼します、奥様」
「何なの、穂積」
浸っていた楽しみに水をさされた不機嫌そうな声で返事をし、老女は妖怪と化した顔を向けた。
それを凝視しないよう微妙な角度の目線をキープしつつ、執事は用件を告げる。
「本家から招待状が咲子様に届きました。秋の紅葉園遊会で御前様のお側にと」
「当然ね。可愛い孫娘ですもの。それにあの子の容姿は、若い頃御前が夢中になっていた私そっくり。お気に召さないはずがないわ」
ふふふ……と真っ赤なルージュが横にはみ出し、口裂き女にしか見えない唇から得意げな笑みが漏れる。
「もう一つの件は、どうなっているの?」
「そちらも滞りなく進んでおります。やはりあの方をこちら側につかせて正解でした」
「ふふふ、あれは優秀な手駒ですもの。役に立つわ」
「奥様の慧眼、感服いたしました」
執事は出来るだけ奥様から距離を置き、一礼する。
にいっと満足そうに笑うと、彼女はハンカチを持った手をひらひらと振った。
それはもう退出せよとの合図で、執事はうやうやしく一礼して居間を出て行く。
「人生は歌劇。わたくしは華麗なる女主人公。例え途中で悲劇に泣くとしても、物語の最後は大団円で幸せを掴むと決まっているのよ」
ミュージカルの画面を前に、老女は目をぎらぎらさせてつぶやいた。
「ふふっ、雷導様、あなたを必ずわたくしの足元にひざまずかせてみせますわ。そしてわたくしを捨てたことを、たっぷり後悔させてあげましょう」
――スクリーンより迫力のある歌劇が、物語ではなく現実世界で今、華麗に幕を上げようとしていた。




