17
校庭を興奮と期待の熱が包んだ。
D組とE組。
森崎直樹と藤昇。
二人の名高き魔術師は、己の持てる力を最大限にぶつけ合い、勝負に結果を残そうとしていた。
昇が操る兵隊人形たちは、氷竜にせまる。
目指すは頭部にある赤と緑の旗だ。
「登らせるな」
「旗を守れ」
竜の突き出したうろこにいる防衛役が網のような防御結界を出現させ、人形にかぶせて動けなくしていく。
しかし人形の数は多い。
次々とうろこを伝って上に登られてしまい、あせるクラスメイト達に直樹の声が飛ぶ。
「全員竜から離れろ。防衛役は浮遊魔法で空中に非難だ」
彼の指示で、全員が竜から離れた。
一人だけ竜の頭部に残った直樹は、旗を取るとそれぞれ一本ずつ空中を浮遊しているクラスメイトに渡す。
彼ら二人は地上に降り立ち、すぐに他の生徒が地面に張った魔方陣の中に旗を挿して守りにはいった。
竜の頭部を目指していた人形たちは、旗が突然地上に来たのであわてて方向転換する。
しかしそれを直樹は許さなかった。
「どこへ行く」
にやりと笑うと、彼は精霊を償還する。
茉理は上から見て、あっと思った。
(あれって確かあの時の)
以前見たことのある直樹の契約精霊、巨大注射器に横座りしているミミだ。
彼女は直樹の命で、兵隊人形たちに注射攻撃をして回る。
すると兵隊人形たちはたちまちプルプルのゼリー状態になり、動かなくなった。
(相変わらず凄い威力の薬だわ)
頭から足の先までよく滑る素材と化した一軍は、竜のうろこを伝ってズルズルと地面に落ちていく。
「あれは何だ」
「可愛い精霊ね」
「ナース服を着てるぞ」
次々と直樹の精霊に驚きの声がかかった。
ミミは得意そうに直樹の側に戻っていく。
「ご苦労さん」
直樹の労いの一言で、ミミはスーッと姿を消した。
(次元の狭間に戻ったのね)
茉理は精霊が倒されずに戻ったので、ほっと肩の力を抜く。
DとEの魔獣たちは今の攻撃でほぼ壊滅状態にあった。
陣地もEは舞台が潰れて消えうせ、枯れ花も飛ばされて、むき出しの校庭の地面が見えている。
Dはまだ直樹が生成した氷竜が健在で、大きな巨体を周囲に誇示していた。
旗はどうなっているかというと、D組の旗は地面に描かれた左右二つの魔方陣の中央に刺さって守られている。
E組はゆり子人形が青い旗をしっかり握り締めていて、周りを役者人形たちが取り囲んで守っていた。
「D組-っ、がんばれっ」
「負けるな」
「E組、ファイト」
「藤先輩、がんばってーっ」
校庭のあちこちから生徒達の応援が飛ぶ。
特に1年2年のD組とE組は優勝出来るかもしれない瀬戸際だ。
応援にも熱が入る。
「全員下がってろ」
昇はクラスメイトたちに声をかけて下がらせ、クラスエリアの境界線ぎりぎりまで前に出る。
そのまま自身の魔力を最大限に高め始めた。
(何をするんだろう)
魔力を感知出来ないはずの茉理でも、その真剣さと緊迫の入り混じった気に息を呑む。
呪文を唱え(屋上にいた茉理には何を言ってるのかよく聞こえなかった)、両手を突き出し、彼の手のひらからまばゆい光が一瞬発せられた。
次の瞬間。
突然氷の竜がぐらっと動く。
竜の額には何かの魔方陣がくっきりと浮かび上がった。
「そう来たか」
直樹は、いきなり動き出した氷竜の頭部で体制を整える。
彼を頭の上に乗せたまま、竜は翼を広げて浮上した。
(うわっ、体重そうなのに飛ぶんだ)
変な所で感心してしまう茉理だったが、るいは驚いた顔で信じられないとつぶやく。
「あんな力技ありですの? 凄すぎますわ」
「えっ、うん。確かに竜が飛んで凄い迫力よね」
るいが驚いてる意味がわからないまま、茉理はズレた返事を返す。
竜は浮上したあと、なんと四肢を動かして可笑しな踊りを踊りだした。
「うわっ、竜が踊ってるけど、あれって何か効果があるの?」
屋上という特等席から滑稽な竜ダンスを見物しながら、茉理はるいに問う。
すると彼女は衝撃を顔いっぱいに浮かべて答えた。
「お姉様、あれは性悪黒眼鏡が動かしているのではありません」
「えっ」
「あれは……あの竜は」
るいはそこで一旦言葉を止め、驚愕の事実を口にする。
「藤昇様に操られました。今、あの竜を動かしているのは、藤昇様ですわ」
「……嘘でしょ」
大きな竜を人形のように躍らせている魔力。
彼を見ると、まるで指揮でもしているかのように腕を上下左右に振っていた。
(うわっ、本当に操ってるんだ)
茉理も驚いたが、校庭中が驚きの渦に包まれる。
「凄いぞ、あの竜を」
「あれだけの巨体を見事に操るなんて、何て魔力だ」
「クリスティ分家代表相手にあそこまでやるとは」
直樹は竜の上でなすすべも無く体制を維持するのでせいいっぱいだ。
どうやら彼も呪文を唱えて竜の制御権を取り戻そうとしているようだが、上手くいかずに翻弄されている。
「おーっほっほっほっほっ」
校庭中に女性の甲高い高笑いが響き渡った。
「さすがわたくしと雷導様の孫ですわ。分家代表など足元にも及ばない。ねえ、皆様、そう思いませんこと?」
(ゆり子様だ)
茉理は顔をしかめる。
確かに今、昇は直樹を追い詰め、彼よりも高い魔力と能力を見せていた。
この状況を見た誰もがそう思うだろう。
(でもそうしたら帝先輩は)
茉理は今彼がどう思っているのか気になって、屋上から彼の姿を探す。
だが彼の姿はクラス席にはなかった。
(またどこかに行っちゃってる)
自分もだが、彼も今日は自分の席に座っていられないらしい。
そうこうしているうちに、校庭の対戦は状況が刻一刻と変化していた。
「くっ」
振り回された直樹は、ついに竜の頭部から浮遊魔法で離脱する。
彼が離れた氷竜は、すぐに大きな翼を広げて飛んだ――D組の陣地からE組の陣地へと。
校庭中から歓声の拍手が起こる。
竜はE組のエリアに入ると、昇の側に着地した。
「すごいぞ」
「あの森崎直樹から竜を奪うなんて」
「藤先輩、かっこいい」
皆、大興奮で昇を褒め称える。
「おほほほほっ、所詮分家の小僧の実力などこんなものですわ。正当なクリスティ一族総帥の血を引く我が孫に勝てるわけがありません」
来賓席から聞こえてくる耳障りな孫推しの自慢声。
屋上で、茉理は全身が震えて立っているのもやっとだった。
(何、これ……)
口々に上がる歓声。
そのざわめきの中をぬって届く、強くねっとりとした嫌悪をもよおすほどのドス黒い気のようなもの。
――ふふふ、これであの方をもう一度振り向かせることが出来る。わたくしこそが、あの方にふさわしい最高の女よ。
体ずべてに行き渡る何か恐ろしい怨念のような波動。
(嫌っ、何なの、やめて。これ以上こんな気持ちをぶつけないで)
茉理は耳を塞ぎ、その場にしゃがみこむ。
「お姉様っ」
彼女の異変に気付き、るいが駆け寄ってきた。
「しっかりしてください、お姉様」
「嫌っ、嫌っ、こんなのは嫌-っ」
茉理は彼女を落ち着かせようとするるいの腕を振り払い、猛烈に暴れる。
脳裏に響く恐ろしく深く暗い闇の声。
――わたくしを捨てないで、捨てないで、わたくしは完璧なのに、どうして。
「はあっ、はあっ、はあっ」
茉理は心臓を押さえ、こみ上げる嘔吐感に胃の中の物を吐き出してしまった。
必死に胸に下げた白い石を握る。
救いを求めるように両手で石を包み込むと、中から温かい光があふれ出る。
「お姉様―っ」
彼女を呼ぶるいの声が、何故か遠い。
次の瞬間、茉理の意識は途切れ、屋上に身を横たえて動かなくなった。




