半年前の事件
都内のスタジオも兼ねた巨大なRe:GENESIS ORDERのオフィスビルに帰ってきた。
従業員に声をかけながら事務所の最奥に向かう。
社長室に入ると、
「だだいま〜……って、何してるんだい?」
社長席にはへそ出しスタイルの若い女が座っていた。
サングラスをかけて、トロピカルなジュースを飲みながら、カタカタとパソコンを触っている。
「おかえり本國くん。首尾はどうだったかね?」
偉そうに宣うのは私の秘書の朝霧くんである。
内心気づいた。また撮影か、と。
彼女は広報係も兼ねており、リジェの日常を面白おかしく発信したりしているのだ。
「ああ〜……社長、聞いてください、朗報ですよ」
こういうノリは苦手だがとりあえず合わせておく。
この動画はショートに編集され、リズムに乗せてInstagramに投稿されるのだろう。
そういうのは昔から人気が変わらないコンテンツだ。
「烏我くんがうちに入ってくれることになりましたよ」
そう言うと秘書はあんぐり口を開け、胸元に仕込んでいたカメラをOFFにするとサングラスをはずした。
「撮ってる場合じゃないですね。ほんとですか?」
「例の噂が役に立ったようでね。はは、彼、目の色を変えていたよ。でもこれで、加入前提で進めていた諸々の準備が無駄にならずに済む」
朝霧くんが席を立ち、私が羽織っていたスーツを受け取るとハンガーラックにかけた。
「でも大丈夫なんですか? いきなりプロだなんて」
「まだ心配してるのかい?」
「ええ、彼にはブランクがある」
それに、と眉を顰める。
「いかに元世界一位とはいえ、その時そのアカウントでどんなスキルが得られるかは運も絡みます、またすんなりとランキングTOPに戻れるとは……」
うーん。
朝霧くんはゲーマーではないからな。
私は席について足を組むと、彼女に尋ねた。
「君は半年前の事件をどこまで知っているんだい?」
「多少は。不動の世界一位が手を組んだランキングTOP勢から集団リンチされて殺された事件ですよね」
あれはショッキングな事件だった。
フルダイブ型のゲームが開発されたばかりで注目度が高かったのもあってYahooニュースにも乗っけられていたっけ。
「そう、多勢に無勢、彼は殺された。負けたさ。でもね、その後ランキングは半分近く入れ替わった」
「え、それって……」
「うん。リンチに参加したほとんどのプレイヤーが彼に返り討ちにあったんだよ」
朝霧くんからごくり、と生唾を飲み込む音がした。
「その中にはランキング二位、三位、六位、十位もいた。その他大勢も決して有象無象じゃない、全員がランキング二桁台、三桁台の猛者達だった」
「……チーターじゃないんですか?」
朝霧くんが流れるような所作で珈琲を入れてくれる。
「レトロゲーじゃないんだ。管理AIが二十四時間体制で目を光らせてるあの最先端のゲームでチートなんて使ったら一秒もかからずにバレて警察に突き出されるよ」
それに最近はチート行為に対する法律もできた。
昔とは違って立派な犯罪だ。
それはそうですが、と朝霧くんは少し不満そうだ。
確かにバランスブレーカーが過ぎて現実的じゃない。
でも事実だ。だからこそ彼が欲しかった。
「では運が良いだけでそんな真似ができるのか? NOだ。絶対にNO。彼は本物だよ。間違いなく隔絶した才能がある」
本当に人間かどうか疑わしくなるほどの、ね。
「まあ見てなって、彼はまた必ず一位に返り咲く」
ズズズ……うん。
朝霧くんが入れてくれた珈琲は今日もうまいな。
※
「えーと、黒髪の異世界人ですか?」
エルフの受付嬢エルネ・リュミナが困惑顔を浮かべて、三つ編みにしたおさげを揺らした。
私フランリッテ・エル・ヴァルティアはパジャマから着替えると、すぐに冒険者組合を訪れていた。
目的はもちろん、私の貞操を奪ったあの異世界人の男を探すためだ。
「そうだ、冒険者登録に来たのではないか?」
「う〜ん、すみません、登録に来る異世界人は黒髪ばかりで……他に特徴をお伺いしても?」
そうだな。確か。
「背は180くらい、体格は細いが筋肉質で、整った顔、冷めた目をしていたな。けっこう好みの——ではなく、客観的に見てだが、か、か、かっこいい男だったかもな」
あんなことがあったから、つい赤面する私の顔をエルネは「はあ……」と呆れた目で見てくる。
おいなんだ、そんな目で見るんじゃない!
「紙を貸してくれ……こんな感じの顔だ」
紙に書いてみたが、完成した似顔絵は三歳児レベルだった。エルネも顔に諦観を浮かべているが、確かに自分で見てもこれは酷い。
「ええい! 今日の登新規録者の情報を見せてくれ!」
「ええ……でも、組合には守秘義務が」
「騎士団権限だ!」
「はい……」
職権乱用は気が引けるがこちとら非常事態なのだ。
タブレットで提出された顔写真つきの新規登録者リストをスライドしてパラパラとめくる。
だがどれもこれも違う。まだ来てないようだな。
仕方がないので、その後も組合で待った。
「おい、あれフランちゃんじゃないのか……?」
「私服姿だ! レアだな」
「なんでフランちゃんがここに?」
「今日もでっ、……可愛いなあ」
「なんでも誰か探してるらしいぞ」
「プライベートでか?」
「男だったら嫉妬で死にそうだ」
なんだかこしょこしょ言われている。
それにチラチラ見られている気もする。
ふん、まあいい。
それからしばらく経った。
「……こない。こないぞ! あの男、異世界人のくせに冒険者にならないつもりか?」
結局あの異世界人は現れることなかった。
正午が回ってしまったので、私は諦めて組合を出た。
今日の午後は友人とカフェにいく予定があるのだ。
カフェでは先に髪をツインお団子にした少女が待っていた。
彼女が友人のぷりんちゃんである。異世界人だ。
いつものように甘いデザートを食べながら談笑していると、私が無意識にソワソワしていることに気づいたのか、ぷりんちゃんがどうしたの?と聞いてくる。
ええい、抱え込んでいても仕方がない。
顔が熱いことを自覚しながら思い切って友人に明かした。
「そのだな……もしかしたら子供ができたかも……」
「ブフォッ!?」
ぷりんちゃんは紅茶を盛大に吹き出した。




