精霊国
「はあ?」
盛大に噛みながら何を言うかと思えば。
「神に誓うが、お前と致してなんかないぞ」
「致す? なんのことだ?」
本気で分からない顔だった。
エルフの女はモジモジした後、さらに顔を赤くして宣う。
「男女が一緒の布団で寝たら子供を授かるのだろう!? 」
「…………」
そんな訳がないだろう、と開きかけた口を封じる。
「け、けけけけしからん!」
けしからんくない。だが、確か、そうだな。この手のものは尊いとされ、他人が勝手に知識を植え付けない方がいいと相場が決まっているのだ。知らんけど。
もう放っておこう。
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」
「待て、やることだけやって、逃げるつもりなのか……?」
いやだからやってないって。
す、とエルフの女のハイライトが消えたその時。
通知音と共にポップアップがあった。
————————————————————————
クエストが発生しました
騎士団長フランリッテの花婿修行
推奨Lv.測定不能
————————————————————————
イージーモード? 勘弁してくれ。
ハードモードの間違いだったようだな。
※
とりあえず逃走した。
推奨Lv.測定不能とはレベルキャップ解放待ちのクエストということだ。
今のレベル上限であるLv.100でもクリアできない難易度にいきなりLv.1で挑戦するのはあまりに無謀すぎる。
というか不可能だ。
もちろん子供ができているはずもなく。
責任もクソもない。
ちなみにエルフの女——フランリッテは逃げ出す俺を怒り心頭で追ってこようとしたが、その可愛いらしい妖精さんパジャマ姿のまま出歩くのかと指摘するとぐぬぬしていたので逃げるに容易かった。
しかし鎧を着ていなかったので気づかなかったが、まさか騎士団長だったとはな。
言われてみれば確かに見覚えのある顔をしていた気もする。
以前のアカウントではあまり接点がなかったが、遠目に見た事はあった。
エルフの騎士団長、エルフの住まう国、ということは、
「ここは精霊国か。幸先がいいな」
小国は増えては減ってを繰り返しているため正確な数はわからないが、サーバー創設初期から揺るがぬ大国が7つある。
エルフの住む精霊国はそのうちの一つだ。
広大なマップ上ではほぼ中心にある国で、周囲を精霊の森に囲まれているため戦争が起きにくい土地だ。
そしてこの国ではとある特殊クエストをクリアすることで、報酬として俺が前のアカウントでも愛用していたとあるスキルを獲得することができる。
今から既に楽しみだ。
というか、あれだな。
ログイン早々とんでもない目にあってそれどころじゃなかったが、爽やかな森の香り、踏みしめる地面、肌を撫でる風、このゲームの中とは思えないリアリティは半年ぶりに味わっても感動する。
もうひとつの世界。
まさにその通り。
それに凄い活気だ。
エルフのNPCの中にかなりの数のプレイヤーが混じっている。
プレイヤーは整形屋に金を注ぎ込まない限りリアルの姿のままプレイしてるから、特に日本人は分かりやすいな。
「この半年でプレイヤーの数もかなり増えたみたいだ」
街並みを観察しながら歩く。
一言で表すと森と共存する街という感じか。
まず街の中心に異次元に大きな神樹が生えており、空を覆い尽くすような樹冠の下に退廃的な街並みが広がっている。
構造物には蔓が這い、根の下を水路が流れ、自然の起伏はそのままに橋が渡されて木と木が繋がっている。
朝の挨拶、笑い声、呼び込みの声、雑多な喧騒の中でエルフのNPCが日々を営む。
そこにあるのはただのデータの羅列ではない。
感情がしっかりあるフランリッテを見て改めて思ったが、やはり彼らが作られた存在だとはまるで思えないな。
「まずはそうだな。レベルもまだ上げれないし、働くついでに金でも稼ぐか」
俺の持ち金はゼロだ。Rimに支給金はない。
とはいえ何をするにしても金がなければ始まらない。
Rimの通貨はリアルマネーと同じ価値がある。リアルで仕事がないから、遊ぶためでなくRimに稼ぎに来ている人も大勢いる。
プレイヤーは商人になってもいいし、宿屋や食事処でアルバイトだってできる。
どうやって稼ぐかも自由なのだ。
まあほとんどの場合は夢のある冒険者になるんだけどな。
俺が向かったのは路地裏にある適当な鍛冶屋だ。
店前に並ぶ武器類も整理されていない。
ボロボロの外観と立地の悪さからか、他にお客さんの姿はない。
まあ目的は働くことだしちょうどいいだろう。
「らっしゃい」
無愛想な声。やっぱり対応の悪さのせいかな。
俺は偏屈そうなエルフの爺さんに向かって頭を下げる。
「じいさん頼む、俺をここで働かせてくれ」




