96話
複雑な思いを抱えたままマクドウェルが自室に戻ると、客のための紅茶がすでに用意されていた。
カールソンはそれに口をつける元気もないようで、寝椅子に横になり目を閉じている。
「ベッドで寝ろ」
マクドウェルが不機嫌な声で言う。扉を閉める音と共に飛んできたその言葉を聞き、カールソンはぴくりと眉を動かした。
「ダイアナの妹君と甥っ子が客間に泊ってるから空きはないって聞いたけど」
「俺のを使え」
「男のベッドなんかごめんだよ」
さも厭そうに手をひらひらと振ると、座面から上体を起こし大きく伸びをする。
「シスター・エミリアはまだかな?女性の身支度は時間が掛かって大変だ」
あくびを噛み殺しながら言い、眠そうに両目をこすった。
「まあ、気長に待ってやれ」答えたマクドウェルはパイプの吸い口を歯の間に挟み、「ここで休んで、少しでも気持ちが和らぐといいが」
「そうだね……シスター・エミリアがなぜあの場にいたのかはわからないけど、惨劇を目の前で見たのなら精神的にまいっているだろう」
「クレア・オルビーの行方も気になる。シスターがなにか知っているかもしれないな」
扉を叩く小さな音に、彼らは話をやめた。入るよう声を掛けると、エミリアが顔を覗かせる。
「どうぞ、こちらへ」
マクドウェルは物腰やわらかに言うと、中に入るよう手招いた。普段の荒々しい態度など微塵も感じさせない。
おずおずと部屋に入ってきたエミリアを見たふたりは、驚きに目を丸くする。
優雅なウェーブを描きながら肩に流れ落ちる艶やかな亜麻色の髪と、聡明な菫色の瞳……落ち着いた淡いコーラルピンクのドレスに身を包んだ彼女は、さながら春の妖精。大胆に開いた胸元から覗く艶やかな肌は新鮮なミルクを満たしたかのように白く、濃密な色香を漂わせている。
肌の露出を最小限に押さえた禁欲的なデザインの修道服の下に、こんなにも豊満な胸とくびれた腰を隠していたとは。官能をくすぐられる艶冶な容姿に、カールソンは口を開けたまますっかり見惚れている。
そんな彼を横目に見て溜息をついたマクドウェルはエミリアに歩み寄り、ドレス姿を上から下まで眺めて微笑んだ。
「実によくお似合いだ。娘と身の丈が同じでよかった」
「スカーレット様のドレスだったのですね……お借りしてしまい申し訳ありません」
落ち着かない様子のエミリアは消え入りそうな声で言い、睫毛を伏せる。
「クローゼットで眠っていたものですからお気になさらず。さあ、椅子にお掛けになって。遠慮せずくつろいでください」
エミリアを促して椅子に腰掛けさせると、タイミングを見計らったかのように食事が運ばれてきた。
ミルクで煮た燕麦がスープボウルの中で湯気を立てている。続けて燻製のマス、ゆで卵、ベイクドビーンズ、ソテーされたトマトとマッシュルーム、ベーコン、ソーセージなどの皿が次々と並べられていった。テーブル中央には銀の器に盛られた果物が色とりどりに輝いている。
エミリアは目を丸くしてその豪華な食卓を眺めた。なにしろ普段の朝食は、少量の野菜と穀物を入れた塩味のスープが基本。ごくまれにパンやチーズ、手のひらサイズの小さな林檎を齧るといった程度なのだ。
使用人が下がると、マクドウェルがナプキンを膝の上に広げつつ言った。
「食べながらゆっくり話をするとしよう」
「こんなときに食事とは……君も案外図太いんだね」
カールソンは唇を曲げ、大袈裟に肩を竦める。
「俺だってそんな気分じゃないさ」
テーブルナイフを指先で弄びながらつぶやくマクドウェルを見て、彼はふと息を吐いた。そして、
「ダイアナの気遣いか……ならばありがたくいただくよ」
そう言ってフォークでトマトを掬い口に運ぶ。ふたりと同じく食欲がわかないエミリアも、食事前の祈りを小さく口にし、スプーンを手にする。




