93話
「神父様……私はあなたの罪を知っています。それをお忘れなきよう」
「私は天啓に従っているだけだ。罪など犯していない」
「あなたと博士の行いが正しいかどうか、いずれ神が答えをお示しになる」
そう言い残したジョンストンが鉄の扉を大きく開き通路に出てきた。
「まずいぞ……」
口の中でつぶやいたマクドウェルは、小銃を胸の前に掲げる。するとカールソンがそれを手で押さえ、
「待って。クレアがいないなら騒ぎを起こさない方がいい」
低めた声で囁き銃口を下げさせると、テーブルの上のコインを掴み取る。
「僕に任せて」
口早に言った彼はマクドウェルの反応を待たず、大胆にも体の半分を通路に出した。そして、手の中のものを最奥の壁に向かって鋭く投げる。
銀のコインは目にもとまらぬ速さで薄闇の中に吸い込まれていき、硬質な音を立てた。
「――今のは?」
ジョンストンの硬い声が聞こえてくる。鉄の扉が軋む音が響き、そのあとに靴音が続いた。恐る恐る顔を出してみれば、ふたりは揃ってこちらに背を向け、音がした方の暗がりを覗き込んでいる。
相棒に目配せしたカールソンが先に物陰から飛び出す。マクドウェルは小銃をマントの下に隠し、彼のすぐあとについて足早にそこを立ち去った。
もはや来た時のように慎重にはなれなかった。彼らは徐々に駆け足になり、足音が響くのもかまわず息せき切って階段を上っていく。
ようやく扉まで辿り着き、顔を隠していたスカーフを引き下ろしながら表に出た。両脚が痙攣を起こしたように震えている。
マクドウェルは膝に手をつき肩で息をしながらカールソンを横目で見遣る。彼も地面に顔を落としたまま額の汗を拭っている。
「もう歳だな、このくらいで息切れするとは……」
荒い呼吸の合間につぶやくと、カールソンは苦く笑った。
「転げ落ちずに階段を上り切れただけでよしとしようじゃないか」
マクドウェルの背中を叩きながら言って上体を起こし、夜空を仰ぐ。
「クレア・オルビーはどこに連れていかれてしまったのだろうね」
「グラーツ博士は我々の想像以上のことをしているようだ……実験、と言っていたな」
「実験……」
カールソンは小さな声で独り言ちる。すぐ横で彼の思案顔を見つめていたマクドウェルは、汗にしっとりと濡れた前髪を掻き上げ、
「肝心のクレアが不在でなんの収穫もなかったが……仕方がない。今日のところは引き上げよう」
言って扉を閉めようとする。その言葉に目を上げたカールソンは、急に顔色を変えその手を掴んだ。
「チャーリー」
鋭い声と共に彼は、扉の内側から漏れる灯りの中に屈み込む。怪訝そうな表情で、カールソンが見つめる先を目で追ってみれば……黒々とした液体が地面を濡らし不気味に光っている。
「なんだ?」
マクドウェルは眉をひそめる。同じく険しい顔をした彼がそれに手を伸ばしかけたとき、階段を上る硬質な足音が地下深くから響いてきた。
「来たぞ!」
囁いたマクドウェルはカールソンの背に触れ、逃げるよう促す。しかし彼は石の地面に視線を落としたままだ。焦る相棒をよそに、指先で黒い液体を擦り取った。
「これは……」
指の間でぬるりと滑ったそれを鼻先に持って行くと、微かに鉄の臭いがする。彼の汚れた指を覗き込んだマクドウェルは、眉間の縦皺をますます深くして言った。
「……血?」
「まだ新しい」
つぶやいた彼は弾かれたように顔を上げ、扉のすぐ傍にある外階段の方に目を遣った。来たときには気づかなかったが、足元の黒い痕は扉の前の地面から階段に向かって、点々と続いている。
カールソンは訴えるような顔でマクドウェルに振り返った。
「鐘楼にクレアがいるかもしれない」
「まさか確かめに行く気なのか?」
地下からの足音はますます大きく、迫ってきている。マクドウェルは渋い顔になりながらも頷き、静かに扉を閉める。
ふたりは血の痕をたどり外階段に近づいた。そして最後の力を振り絞るように勢いよく、一段飛ばしで駆け上がっていった。




