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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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91話

 マクドウェルは辺りを見回して誰もいないことを確認し、合図と共に物陰から走り出た。その背後から、フードを目深に被り直したカールソンが続く。素早く駆け寄った外階段の陰に隠れしばし辺りを窺っていたが、続いて地下に入る者がいないと見ると急いで扉の前まで来た。

 マクドウェルは壁に背をつけたまま錠前を確認する。案じた通り、昔見たものよりも頑丈なものに替えられていた。

 しかし施錠は解かれている。錠前を壊す手間が省けた幸運に思わずにやりとして、彼はカールソンに振り向いた。

「神に嫌われていると思っていたが、どうやら今日は微笑んでくださっているらしい」

「“神の御心”に一喜一憂したりして……けっきょく君はまだクインレスタの手のひらの上にいるんだな」カールソンはあきれ顔で肩を竦め、「で?この奥に地下牢があるの?」

「いや。ここはかつて薬草を保管していた場所だと聞いている。もしかしたら地下牢に繋がっているかもしれないと思ってな」

 予想した通りだとしたら、先ほど階段を下っていったのはトマス神父か、ジョンストンかグラーツ博士か――とにかく少女監禁に関わっている者に違いない。マクドウェルは威嚇用に用意した小型銃をマントの下の手に握り締め、首に巻いたスカーフを口元まで引き上げる。

「こんな危険を犯す必要はあると思うか?アレックス」

「ある」

 きっぱりと一言で答えたカールソンは不敵な笑みを暗褐色のスカーフの下に隠し、音をたてぬようゆっくりと扉を引き開けた。

 覗いた先にひび割れた石の階段が伸びている。開けてすぐのところの壁掛け燭台が燃えているだけで奥に光はなく、石段は数段先までしか見えない。そこから下はまるで黒い水が満たされているかのように真っ黒だ。

 あまりの禍々しさに思わず尻込みしたが、ぐずぐずしている場合ではない。彼らは意を決して扉の向こうに足を踏み入れた。

 濃密な黒に包まれ息苦しさを感じながら、つま先で探り探り階段を下りていく。進むにつれ周囲はまたぼんやりと明るくなり、やがて互いの顔が視認できるくらいになった。

 彼らは目を合わせ、めずらしく真剣な面持ちで頷き合う。ここから先はいつ誰に遭遇するかわからない。慎重に進まねば。

 階段を下り切ったところの扉を開けると、平坦な通路が長くまっすぐに伸びていた。その先は行き止まりになっており、壁で細く頼りなく燃えている蝋燭が、右側に道が続いていることを知らせている。

 曲がり角まで来たところでマクドウェルが足を止め、壁に背を当ててその先を覗き見た。

 誰もいない。黒く湿った壁には等間隔で燭台が配されており、規則正しく並んだ鉄格子の扉を鈍く照らし出していた。

「ここは……」

 マクドウェルがつぶやく。それきり固まっている巨躯を押しのけて通路に顔を出したカールソンは、こぼれんばかりに目を開き小さく叫んだ。

「ビンゴ!地下牢だ!」

 嬉々とする彼の横で、マクドウェルは茫然と口にする。

「――生徒に隠してたのか……薬草の保管庫だったなどと嘘をついて……」

「隠すのも当然じゃない?だって地下牢なんて聞いたら絶対、怖いもの見たさで侵入するに決まってるもの」カールソンは彼の肩を軽く叩き、「知ってたら君だって仲間と度胸試しをしたはずさ」からかうように言って笑った。

 わずかな灯りを頼りに奥に進んだが、先ほど見かけた人物の姿はない。どうやらここは想定していたよりもだいぶ広く造られているようだ。

 冷たく湿った空気が体にまとわりつく。ふたりは全身に嫌な汗をかきながら、壁伝いにそろそろと歩いていった。

 どの牢にもクレアの姿はない。たっぷりと闇を満たし静まり返るばかりだ。並ぶ鉄格子の向かいにある壊れかけた棚には、錆びて崩れた鍵の束や割れたグラスが放置されたままになっている。薬草の保管庫という話は嘘だったが、長いあいだ使われていないのは本当らしい。

 牢をひとつひとつ確認しながら通り過ぎると、その先もまた曲がり角になっている。

 周囲を見回しながら、足音をひそめそこに近づいた。そうして慎重に壁から顔を出した次の瞬間、彼らは一瞬息を止め黙って視線を交わした。これまで嗅いだことのない異様な臭いが鼻先を掠めたのだ。

 鼻と口を覆う布越しでも感じられる強烈な臭気。その中に、嗅ぎ慣れた香りが微かに交じっている。祭儀で焚かれる香のにおいだ。よく見れば、薄闇の中に煙がやわらかく揺蕩っている。振り香炉で空気を清め、悪臭を掻き消そうとしているのだろう。

 先ほど石段を下っていったのは、やはり――正体を察したマクドウェルは心臓の鼓動が早まるのを感じながら、再び曲がり角の先を覗いた。

 じっとりと淀んだ空気の中、蝋燭の灯りが道しるべのように点々と続いている。先ほど通ってきた場所と同じように牢がずらりと並んでおり、一番奥は行き止まりになっていた。

 ここまで誰とも会わなかったが、別の出入り口があるわけでもなさそうだ。一足先に下りていった人物はまだこの地下のどこかにいる。

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