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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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87話

 これまでに抱いていた印象とあまりにかけ離れている……救貧院にいた頃のモーリスはほぼ寝たきりの状態で足腰がだいぶ弱っており、杖なしでは歩行もままならなかった。体調を崩すことも多く、何度も水薬や薬草酒を届け快復を祈ったことをエミリアはよく覚えている。

 だがどうだ。いま目の前にいる男は杖も使わず機敏に動き、クレアを片手で抱きかかえられるほどの力がある。病弱で無気力だった彼はどこにもいない。

 救貧院を出てから視力が劇的に快復し見えるようになっていたとしても、モーリスの言動はあまりに不自然だ。彼は相変わらず薄汚れた布で目を覆い隠しており――飛び降りようとしていたクレアも、石柱に縛られている無力な修道女も、絶命している博士の姿も視認できるはずがない。

 何者かとエミリアに問われたモーリスは博士の遺体を探りながらじっと黙っていたが、やがて結んでいた唇を開いた。

「俺は神の忠実な犬になるべくして視力を失った」

 彼はエミリアの方に顔を向け、恍惚とした口調で言葉を紡ぐ。

「シスター・エミリア……神の偉大さを知るあんたなら、俺の身に起こったことを奇蹟と呼ぶはずだ。女房と子どもが俺の元を去り絶望に暮れていたある日、目を開いても消えない白い闇のなかに神が降臨され、世にはびこる人ならざるものを殲滅せよと命じられた。邪悪を滅ぼすというその崇高な使命を俺に課してくださったのだ」

 天を振り仰ぎ満ち足りた笑みを浮かべる彼を、エミリアは茫然と見つめる。

「目が見えないぶん、鼻がよく利く。この嗅覚を使って人ならざるものを見つけ出し、任を果たすのが俺の役目だ」

 言いながらモーリスは麻袋の中を探り、美しく砥がれた大鉈を取り出した。そして、

「蘇ることはなかろうが、一応な」

 そう独り言ちると、エミリアが制止する間もなく博士の首を切り落とす。床にこぼれたわずかな血を親指に塗りつけ、転がっている頭部の額にクインレスタのシンボルであるエピヌの星を描き、全身に聖水を振り掛けた。

 一連の行動を見ていたエミリアは目を瞠り息を呑む。

「その手口……まさか……」

「ご明察。ケンプベルで起こった9件の連続殺人事件の犯人は俺だよ。こうして適切に処理しないと何度でも蘇るんだ、あの呪われた怪物たちは。まあ、なかにはこれ以上のことをやってめちゃくちゃにしちまったものもあるけどな……抵抗されて頭にきたもんでね」

「クレアも同じように殺すつもりなのね……そんなことさせないわ、絶対に……」

 聖水の空き瓶を壁に投げつけ粉々にしたモーリスは、切り離された頭部を蹴って上向かせる。そして唇の隙間に銀貨を押し込みながら言った。

「殺っちまえれば色々と楽なんだがねえ……できないんだよ。子どものヴァンパイアは一定期間行動を観察しデータを取ったあと生きたまま連れてこいと命じられてるんだ」

「観察?博士も実験だのなんだのと――こんな幼い子の命を大人が寄ってたかって弄ぶだなんて、そんな非道な行為が許されると思っているのですか」

 モーリスは答えず、薄笑いを浮かべている。

「救貧院でクレアに身の回りの世話をしてもらっていたことを忘れたとは言わせません。恩を仇で返すつもりなら、あなたこそ人の心を持たない怪物よ」

 なおも言うエミリアに背を向けた彼は、汚れた麻袋から白木の杭を取り出し、博士の胸元を手で探った。無骨な指が胸骨をゆっくりとなぞり、左胸の肋骨を辿って、ぴたりと動きを止める。「ここか」つぶやいて唇を舐めると、大鉈の柄尻を使って杭の先を心臓に打ち込んだ。

 繰り返される鈍い音と共に白木の杭がすこしずつ埋まっていく。エミリアは嘆きの声を上げ、恐怖に打ち震えた。

「クレアがどこに連れていかれるか知りたいか?」

 規則正しいリズムで鉈を振り下ろしつつ、モーリスは言葉を続けた。

「とある国に、魔物化の進行や吸血衝動を抑制するための治療法を見つけ出そうとしている研究施設がある。そこがクレアの終の棲家だ」

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