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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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80話

「誰が持ち出したのかわかる?」

「さあ?使ってるところも見てないし、一昨日にはもうそこにあったよ」

「そう……教えてくれてありがとう。行って探してみるわね」

「もしボールを見つけたら拾っておいてくれる?あの辺でなくしちゃったんだ」

 優しく微笑み頷いたエミリアは、ノエル少年の脇をすり抜けて表に出る。妙な胸騒ぎを感じながら、教えてもらった場所へと急いだ。

 彼の言う外階段とは、聖堂の鐘楼にのぼるために造られた石段のことだ。それは外壁に沿って、巻きつくように上に伸びている。聖堂内部にある螺旋階段でも鐘楼に行くことができるが、そこは通常、職位に就いている者しか使用しない。

 ステンドグラスの内側からもれてくる修道女たちの祈りの声を聞きながら立ち止まり、鐘楼へ続く階段を見上げた。誰もいないことを確認すると、白い砂で舗装された道を外れて、草花の絨毯に足を踏み入れる。

 探し始めてまもなく、目的のものは見つかった。少年の言っていた通りだ。生い茂る草木の陰に、汚れたタンパーが放置されている。しかもそれだけではない。その道具のすぐ近くに、湿った土がこびりついたままのシャベルが3本、無造作に投げ捨てられていた。

 これら埋葬用の道具はメリッサ・カラベの葬儀後、きれいに洗浄し土汚れを落としたはずだ。天日でしっかり乾かしたのち、数人の修道士と共に納屋に片付けたことをエミリアは確かに覚えている。

 心臓を冷たい手で掴まれたような心地がした。不穏な予感に背筋を震わせた彼女の脳裏に、先ほど調べた納屋の様子がよぎる。

 内部に荒らされた形跡はなく、錠前も壊されていなかった。つまり、タンパーとシャベルが納屋のどこにしまわれているかを知っている者が、修道院の管理室から鍵を持ち出したということだ。

 管理室には施設の維持管理を担当する教会職員が駐在し、無人になることはない。聖職者や修道者も多く出入りする場所だ。しかしその人物は誰にも怪しまれず入室し、すんなりと鍵を手に入れることができた。

 ――まさか、教会関係者が墓を荒らしたのか?

 エミリアは色を失った。肌が不快に粟立つのを感じながら手を伸ばし、地面に転がっているタンパーを手に取る。土を均し固めるためのこの道具にも生乾きの土がついている。直近に使用されたことはあきらかだが……それにしてはおかしい。メリッサ・カラベの棺が埋まっている部分の地面は不自然に隆起しており、いくつもの足跡が生々しく残っていたのだ。この道具を使ったとはとても思えない。

 他の墓を荒し、そこで使用したということもなさそうだ。埋葬されてからある程度の時間が経過した墓の周りには草花が生い茂っていることから、掘り返したあと土をきれいに均したとしても緑がないためすぐにわかる。異変を報告してくれた庭師のところに向かう前、ギルバートと共に墓園内を見てまわったが、どの墓も芝や苔、小さな花の群れに囲まれており、被害は確認できなかった。

(メリッサの墓は、二度暴かれたということ?)

 推測が正しければ、一度目はタンパーを使って土を均し痕跡を消したが、二度目はただ土を被せただけで立ち去ったということになる。ひとりの犯人が日を変えて同じ墓を荒らしたとは考えられない。教会内部の人間が道具を使用して元通りにしたあと、外部の人間が侵入しもういちど掘り返したとする方が自然だ。

 なぜ汚れた道具が物陰に放置されていたのか……教会関係者がこの事件に関わっていると仮定すれば、それは容易に説明がつく。

 教会には、野外作業で汚れた工具や農具は作業後に必ず手入れをし、清潔な状態で元の場所に収めるという暗黙のルールがある。墓荒らしが出没し教会内が大騒ぎになると共に土まみれになった道具が納屋にあることが発覚すれば、仲間の中に神と死者を冒涜する不届き者がいると誰もが考え、犯人捜しを始めるに違いない。最初に墓を暴いた教会関係者は足がつくのを警戒し、なんらかの理由で洗浄することができなかったシャベルとタンパーを鬱蒼と茂る草木の中に隠したのだ。

 今回の件に聖職者か修道者が関わっているとして――死者の安寧を祈る者がなぜ棺を掘り起こすなどという悪逆非道な行いをしたのだろう。

 メリッサ・カラベが所持していた、金銭に換えられるような価値ある遺品は遠縁の遺族が引き取ったと聞く。それゆえ、棺の中に入れられたのは生前彼女が好きだった竜胆の花束だけだ。鬘にして売るために遺体の髪を盗む者もいるというが、ケンプベル以外の地域でも赤毛は毛嫌いされる傾向にあり、髪を狙って棺を開けたとは考えにくい。

 疑問は膨らんでいくばかりだ。枯れた花束でも、髪でもない……複数の犯人が、墓荒らしという重罪を犯してまで手に入れたいと思うような価値のあるものが棺の中に隠されていたというのか?

 エミリアはタンパーを木に立てかけ、難しい顔をしたまま土で汚れたシャベルの傍に屈み込む。

 そのときだ。外階段の横にある扉が突然開いた。蝶番の軋む音に驚いて、彼女は動きを止める。

 黒々と口を開けているのは、聖堂真下の地下空間に繋がる出入り口だ。そこはふだん厳重に施錠され、司祭と修道院長以外は入ることを許されていないはず……エミリアは茂みの間に隠れ、そちらを窺い見る。するとほどなくして、大きく開いた扉の奥から人影が現れた。

 髪をすべて剃り落とした大男である。彼は外に背中を向けた状態で足を止め、しきりに階下を気にしている。

 エミリアは目を凝らしたが、その横顔に見覚えはない。こめかみから頬にかけて長い傷痕があり、破れた上衣から覗く腕は丸太のよう。その風体はさながら町のごろつきだ。

 大男は周囲をぐるりと見渡し、階段の暗がりに向けてひとつ頷くと、背中を向けたまま後ろ歩きで出てきた。後から続いた黒髪短髪の男と共に、何やら大きなものを抱え上げている。

 それは椅子だった。手足を拘束された髪の長い少女が座っており、背凭れに胴体が縛り付けられている。強く照りつける陽光の下、顔が見えた。口枷と目隠しをされているが、エミリアにはそれが誰なのかすぐにわかった。

「クレア!」

 彼女は思わず茂みから飛び出し叫んだ。声に気づいた傷顔の男が肩越しに振り向き、驚愕に目をひん剥いたが、その表情はみるみるうちに凶暴なものへと変わる。

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