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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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79話

 庭師の話を聞きながら、エミリアは正面に立つトマスを見つめた。彼は視線に気づいていたが、目を向けることなく黙っている。

 盛り上がった土を手で示しながら庭師は白い眉をひそめ、

「最近このあたりの町や村の墓地に出没してるらしいねえ。遺体が身に着けている金品やら衣類やら……果ては毛髪まで強奪していく非道な輩が」

「ネヴィルクックの霊園もだいぶ荒らされたと聞いています……同じ犯人かもしれませんね」

 修道者のひとりが神妙な顔で言う。それを聞いた庭師はますます慨嘆し、悲痛な声で教会の人間たちに訴えた。

「もしもこの棺の中の物が盗まれていたら、一刻も早く犯人を掴まえるよう治安管理局に頼んでくださいな。墓荒らしなんぞするような奴らがこの辺りをうろついてるかと思うと私たちも安心して暮らせませんし、奪われたものは持ち主に返してやらにゃなりません。だって、身ぐるみはがされたままじゃあ心穏やかに眠れんでしょう」

「もっともな話だ」ギルバートが重々しく相槌を打ち、「シャベルを持って来ます。すぐに棺を掘り起こして遺体を確認してみましょう」

 そう言って踵を返そうとしたときだ。トマス神父が彼の腕を掴み、強い力で引き留める。

「その必要はありません」

 ギルバートは驚いた様子で振り返った。

「なぜですか神父様」

「これ以上、死者の眠りをさまたげるようなことをすべきではないからです。神は“己が手からこぼれ落ちたものに執着するは愚かである。拾い上げた者にくれてやるがよい”とおっしゃいました。命尽きるとき人は、地上のものをなにひとつ持ってはいけないのです。メリッサ・カラベはすべてを手放し天へ召された……私たちが奪われたものを取り返し棺に戻したとて、喜ぶはずもありません」

「しかし……」

「二度とシャベルの先を埋めることができぬよう土を押し固め、墓碑を新しく用意し鎮魂の祈りを皆で捧げましょう」

 その声音と顔つきには、有無を言わさぬ気迫があった。ギルバートは神父を凝視し、勢いに呑まれたように固まっている。その目をまっすぐに見つめ返しながら掴んでいた腕を解放し、神父は唇を噛んで黙っているエミリアと庭師を交互に見遣った。

「私たちは祈る者。審判は神に委ねるべきです……墓園に侵入した人物が我欲を満たすために墓を掘り返したのならば、必ずや神罰が下るはず」

 トマスは引き攣った声で小さく笑った。痩せて飛び出た目玉は充血し、まぶたが痙攣している。笑っているが、どこか怯えているようにも見えた。

 かつての面影が今は微塵もない……変わり果てた神父を前に、エミリアは愕然とした。なにが彼をここまでにしてしまったのだろうか。

「――神父様がそうおっしゃるなら……」

 庭師は自分に言い聞かせるようにつぶやいて一礼し、手にしていた日よけ用の帽子を被る。

「なにかお手伝いできることがあればいつでもお申しつけください」

 真摯な言葉を残して立ち去る丸い背中を見送り、神父は震える指を組む。ひどく顔色が悪い。

「そろそろお休みになりませんと」

 ギルバートは神父の肩を手のひらで包み、体を支えてやりながら言う。微かに頷いた彼はエミリアたちを見渡し、ぎこちない笑みを浮かべたまま告げた。

「みなさん……あとは頼みましたよ。鎮魂の儀の日程については、後ほど」

「承知しました」

 修道者たちは口々に答えると、目を伏せ頭を垂れる。

「とりあえず今日は、土を均してしっかり押し固めておこう。シスター・エミリア、俺が神父様を寝室にお送りしてくるから、そのあいだに君は道具を準備しておいてくれ」

 ギルバートの言葉にエミリアは頷いた。トマス神父は彼女と最後まで目を合わせようとはせず、不自然にやせ細った体を支えられながら墓園の出入り口の方に歩いていく。

 その後ろ姿を見送るエミリアの瞳は、憂いと悲しみに曇っている。ふたりの姿が見えなくなっても動けずにいたが、やがて静かに一歩を踏み出し、納屋の鍵を取りに管理室へ向かった。

 納屋は教会の敷地内、聖堂と修道院を繋ぐ回廊のすぐ傍にある。木造の粗末な建物で、中には農作業の道具や今は滅多に使わなくなった生活用品が乱雑にしまってある。

 扉に近づいたエミリアは、錠前が開錠されていることに気づいた。どうやら誰かが鍵をかけ忘れたようだ……彼女は手に持っていた鍵を腰紐にぶら下げ、錆びついた鉄の扉を引き開けた。

 暗闇に目を凝らし、物が乱雑に置かれている中を慎重に進む。土が剥き出しの地面は、昨夜の雨のせいで水浸しになっている。扉の建て付けが悪くなり、隙間から雨水が流れ込んできてしまうのだ。

 湿った土を踏み締め、物をどかして探したが目的のものはなかなか見当たらない。

「なにか探してるの?」

 声の方に振り向くと、垢抜けない顔をした子どもが空っぽの籠を抱え、扉のところに立っている。すこし前に聖歌隊のメンバーとなったノエル・ホープ少年だ。

 彼はまだ9歳。ハントピグリー国教会の初代大主教アレス・クローシェが創設した聖歌隊「アルバロ少年合唱団」のメンバーである。40人の仲間と共に聖ラディウス教会附属の神学校に通い、学び舎に併設された寄宿舎で生活している。

「タンパーを探しているの……どこかで見かけなかった?」

「ああ、土を固めるときに使うやつね!それなら外階段ちかくの草むらに置きっぱなしになってたよ」

 人懐こい笑みを浮かべて、ノエル少年はその方を指差しつつ言った。

 エミリアは怪訝そうに眉根を寄せる。タンパーは埋葬のときにしか使わない。メリッサ・カラベの葬儀以降、他界した住民はいないはずだ。

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