77話
「法を犯しているという自覚がないのですね」マクドウェルは大きく息を吸い込み、厳しい口調で続ける。「――今すぐクレア・オルビーに会わせていただきたい」
「それはできません」
「面会すら許さないとは……なにかやましいことでもあるのですか?」
「ご自分の立場を今一度お考えになった方がよろしいかと。役に立たぬと解雇された者に捜査の権限はないはず」
棘のある言葉を返されるのはわかっていたものの、やはり気分は悪い。眉間に深い皺を刻むマクドウェルを横目で見たカールソンは、彼の肩を軽く叩いてなだめると、口を開いた。
「神父様……あなたは僕たちが止めるのも聞かず少女を劣悪な場所に監禁した。レイモンド公から内密に事を運ぶよう指示があったとはいえ、これは少女に対する人権侵害であり、許されざる行為です」
トマスは黙って聞いている。目は虚ろで、微笑を貼り付けたままの唇は乾き、薄く血が滲んでいる。
「レイモンド公やあなたのような悪党がいるのを知りながら放置しているだなんて。……僕たちの後釜に座った方たちは治安官としての矜持だとか義侠心というものをまるで持っていないようですね」
ここでカールソンは言葉を切り、悠然とした態度で脚を組む。そして、一呼吸おいてからやけにゆっくりした口調で続けた。
「罪人を庇う悪徳者たちのせいでケンプベルはめちゃくちゃになってしまった。この状況を憂えた僕たちは自警団を結成しました。すでに百人以上の同志が集まっています」
自警団だって?胸の裡で叫んだマクドウェルは目を瞠る。
これまでの話し合いで一度も出てこなかったワードに驚きながらカールソンを見遣ると、彼は至って真面目な顔ですらすらと言葉を並べ立てている。
「レイモンド公が新たに選任した治安の要が正常に機能していないとあれば、自警団がケンプベルを守ります。我々は、ネルフィナ救貧院で起こった殺人事件の真相をあなたたちが隠蔽したという事実を見逃すつもりはない」
「隠蔽とは人聞きの悪い」
「罪を犯したクレア・オルビーには正当な場で裁きを受ける権利があります。神の正義と平等を信徒に説くあなたにならば、ご理解いただけますね?」
問われるも答えず、神父は椅子の背凭れに寄りかかり、天井に顔を向けたかと思うと、鼻で微かに笑った。
人を小馬鹿にするような態度に苛立ちながらも、マクドウェルは抑えた声で告げる。
「クレア・オルビーの身柄を然るべき施設に収容するため……面会して状況を確認したのち、我々が責任を持ってジェラルード州カルティスの国家公安総局に連行します。裁判所は少女の罪を問い、この国の法に則って罰を与えるはずです。どうかご協力ください」
「断ったら?」
「あなたの罪を白日の下に晒します。教区を越え事実が広く知れ渡れば、あなたと共謀している治安管理局の人間も動かざるを得ない。国王陛下にまで醜聞が届けばゴドリック大主教も黙っていないでしょう」
マクドウェルの言葉を頷きながら聞いていたカールソンがさらに言う。
「“開かれし神の目は、ひとの罪科を映し自照の機を与う”――神父様、今からでも決して遅くはありません。どうか最悪の結果を招く前に冷静なご判断を。聖杯会全体を巻き込んでの大問題へと発展する前に、正しい行いをなさってください」
黙って聞いていたトマス神父は、やつれた顔の中で異様な光を放っている瞳をぎょろりと動かし、ふたりを交互に見た。それから驚くほど大きな声で笑い出した。
声を呑み固まっている彼らを前にひとしきり笑ったあと、トマスは目元を指先で拭いながら言った。
「無神論者が神意を語るとは。笑わせる……」
カールソンを睨み上げ、顔に暗い影を落としたまま続ける。
「あなたたちがなにを画策しようと無駄ですよ。クレア・オルビーの処遇にはレイモンド公が深く関与している。法律上死刑を科すことができない15才以下の少女を内密に殺処分しようとしていたことが世間にばれたら一大事ですから……事件に関する詳しい情報が公表される前に裏から手を回し、己と教会にとって不都合な事実をすべて揉み消すでしょう」
「そうはさせません。自警団には、かつて治安官としてメリッサ・カラベ殺害事件の調査に当たっていた者たちが大勢います。彼らが真実を語れば正義は為される」
「脅しても無駄だということが、わかりませんか?おふたりもすでに耳にしているはずです……レイモンド公がルトマイア州のほとんどを掌握したことを。あの男は州法を意のままに変え、各省庁の官僚を買収し……今や聖杯会の中枢にまで干渉している。国家公安総局に訴え出たところであなたたち自警団の証言を支持する者はどこにもおらず、すべては徒労に終わることでしょう」
レイモンド公パトリック――マクドウェルはその名を口の中でつぶやき、奥歯を噛みしめる。
ルトマイア州の心臓部であるこの町を手中におさめた彼は各地に勢力を伸ばし続けていると聞く。いずれは聖杯会を統率するハントピグリー国教会の拠点サニ・ユリエル館と聖杯会の総本山・聖シャルレット大聖堂があるヨークエヴァをも吞み込み、さらなる権力を手にすることだろう。
「私はレイモンド公より直々に、あの化け物に対する処置を任されたのです。私が為すことはすなわち閣下の意思」
笑いを堪えるように薄い唇を歪ませ、トマス神父は胸の前で指を組んだ。
「ハリー・トマス殿――あなたは変わってしまった。私の知る“神の代弁者”ではない」
マクドウェルは苦々しく言う。
「何があなたを暗闇に堕としてしまったのです……権力ですか?それとも」
「堕ちてなどいません。私は救済を得て神の国に近づいたのです」
トマス神父は宙を見つめたまま言い、クインレスタのメダリオンを手の中に握りしめる。
「天は邪悪なる者の侵入を許したケンプベルを憐み、敬神奉仕の精神を持つレイモンド公パトリックに天啓を授けた。彼は邪気に満ちたこの地を清め、新たなる時代をもたらすでしょう」
「――狂ってる」
震える声でつぶやいたカールソンが椅子から立ち上がり、「もう行こう」マクドウェルの耳に囁いて腕を引く。
「時は来たれり。神の御心に従い、私は天地の穢れを濯ぐ粛清者の矢刃となる」
独り言ちた神父は薄笑いを浮かべた。石膏の置物のように身じろぎもせず、瞬きすらせずに一点を見つめている。
口端に縫いつけられた不気味な笑みを前に、ふたりは表情を強張らせた。反論や糾弾の言葉が次々と胸をよぎるも口に出すことができなかったのは、得体の知れない恐怖に駆られていたためである。




