66話
「君って奴は……あの神父が素直に会わせてくれると思うのか?」
彼から感じる熱意をあしらうように、投げやりな様子で手を振ったマクドウェルはパイプに火を入れる。
「聞き入れてもらえなかったら殴り倒して強行突破するしかないね。あんなじいさん、腹に一発入れれば十分でしょ。楽勝だよ」
「物騒なことを笑顔で言うんじゃない。聖職者を殴るなんて罰当たりな……」
「怒られる前に先に謝っておくとするか。おお神よ。どうかお許しください」
指を組んで天井に掲げ、けらけら笑っている。マクドウェルも信心に乏しいが、彼は宗教全般を否定的に見ている筋金入りの無神論者だ。しかしクインレスタへの信仰心の薄い者たちが次々と炙り出され非難の的となるこの時世において、こういった主義は大っぴらにできない。普段は足しげく教会に通い信心深い人間を装っている。
「神よ、今回ばかりは大目に見てください。ちょっと気絶してもらうだけです。顔に傷はつけないと誓います。駄目ですか……ああ、困ったな」
なおも言いながら組んだ指に唇を押しつけ、でたらめな祈りの言葉をつぶやく。
「いい加減にしないか。ふざけている場合じゃないぞ」
ちらとマクドウェルの方を見て指を解いたカールソンは、笑みの名残のある口元で囁くように言った。
「なあチャーリー、聞いてくれ。僕は、悪事でもなんでもやる覚悟だ。目的のためなら手段は選ばない」
その瞳の奥に狂気じみた炎が燃えているのを見たマクドウェルは、背筋が冷えるのを感じた。
「今日の君はどうかしてるぞ。なぜそんなに熱くなっているんだ?すこし冷静になってくれよ」
窘められたカールソンは真面目な顔になって口を噤み、射るような眼差しで彼を見つめる。
「町の片隅でひとり、寒さに凍えていたクレアを救貧院に連れていったのは僕だ」
「規則に則って保護しただけじゃないか。君が責任を感じる必要はない」
マクドウェルが言明するも、彼は表情を固めたままゆっくりと首を横に振った。
「何度も様子を見に行くうちに、クレアは僕に心を開いてくれるようになった。それを知った院長に言われたんだよ……養子にしてやってくれないかって。あのとき頼みを断らず受け入れていたらこんなことにはならなかった」
感情に乏しい声で言ってまぶたを伏せ、ひとつ深呼吸すると、再びマクドウェルを目に映す。
「君の信じる神は僕の不敬な行いを許さないだろうけど、構うもんか。見えないものにいちいち怯えてたらなにもできやしないもの。さて……収容されているのは聖堂の真下にある地下牢だったか。以前一度視察で入ったことがあるが場所はよく覚えていないな。下調べしておかないと」
「――本気で言ってるのか?」
「この状況で冗談を口にすると思うのかい」
そう言ってからりと笑うので、マクドウェルは苦い顔のまま嘆息を漏らした。
「アレックス……無茶はしないと約束してくれ」
カールソンは上目遣いで彼を見つめ、ゆるくかぶりを振った。
「守れない約束はしない主義なんだ」
言いながら立ち上がり、背凭れに掛けておいたコートを取る。
「もう時間がないんだよ、チャーリー。トマス神父の元に派遣された祈祓師が僕の推測どおり古の儀式を知る人物なら、そいつが連続殺人事件の犯人だ。棺の中のカラベが蘇生していたのを見た神父が、クレア・オルビーを悪魔憑きではなくヴァンパイアだと断定したとすれば……いつ儀式の執行を指示してもおかしくない。彼女に危険が迫ってる」
「クレア・オルビーは――」
本当にヴァンパイアだというのか?続く言葉を飲み込んだマクドウェルは苦しげに表情を歪め、シャツのボタンを外して首回りを寛げた。メリッサ・カラベのあの惨状を見てもまだ、まさかという気持ちが拭えない。
「あの子はヴァンパイアだ。間違いない」
胸の裡を読んだか、カールソンはそう断言した。力強い声だったが、血の気をなくした顔は悲壮感に満ちている。
(そうだ。クレアはヴァンパイアになってしまった……)
自分に言い聞かせるように繰り返したカールソンの頭にひとつの疑問が湧く。
クレア・オルビーはもう普通の人間とは違う。だが、神父がそんな彼女を生かしているとして……いったいどうやって?
隣村のラナデルが壊滅状態になって以降、ケンプベルはもちろん周辺の町でも血を抜かれて死亡する事件は発生していない。人の飼育下にいる家畜や犬猫などの動物も含めてだ。地元の猟師に協力を仰ぎ周辺の森の中を見回ってもらっているが、野生動物の変死体が発見されたという報告も上がってきていない。殺害された9人の男たちが共通して見ていた、美しい女が誘惑してくる夢や恐ろしい幻聴に悩まされているという話もいつのまにか聞かなくなった。
これらを踏まえて考えれば、少女は長らく食事をしていないことになる。
空腹の状態で放置されても餓死することはないだろう。だが、日を追うごとに弱体化していくはずだ。地下に幽閉されてから数週間が経つ……動けなくなるほど衰弱するのを待ってから儀式を執り行う計画だとしたら、少女はもうすでに――
カールソンは不吉な考えを振り払うようにコートを羽織り、
「さっき、強行突破と言ったけど……まあ、最悪そうするしかないという話だよ。強引な手段に出る前に、クレアと面会させてほしいと神父に頼んでみよう。許可をもらえれば盗賊まがいのことをせずに済むし」
「君が本気なのはよくわかった」
マクドウェルは拳で軽く机を叩き、パイプの煙越しに幼馴染の男を見つめる。
「墓荒らしまでしたんだ。門前払いされるようなら押し入りだろうがなんだろうがやってやるさ」
自暴自棄になったようにそう言葉を続けた彼に、カールソンは苦笑する。
「悪を取り締まる治安官だった僕たちが、墳墓発掘罪のみならず不法侵入という罪まで重ねようとしているとはね」
「いっそ笑えるよ」
紫煙と共に吐き捨てるマクドウェルの横に立ったカールソンは、片腕で彼の頭を抱え込み、白髪の混じった髪にキスを落とす。眉をひそめて見上げてくる親友に不敵な笑みを返すと、悠々とした足取りで執務室を出ていった。




