65話
「最近巷でよくこの組織名を聞くようになったから、とある情報通に詳しい話を聞いてみたんだよね」
「おい……情報通って、ヘザー・ハロウズのことか?」
カールソンはにこりと笑っただけでうんともすんとも答えない。
「あきれたぞアレックス。あの女のせいで殺されかけたってのに、まだ関係を切っていなかったとは……」
「いろいろと複雑な事情があるんだってば。責めないでよ」
手で弄んでいた手帳をポケットに押し込み、彼は話を続ける。
「エトワール生理学研究所は、人ならざるもの……つまり魔物の生態調査を目的として設立された。なかなか肝の据わった連中でね、人間の脅威となる魔物を討伐してデータを収集するために大陸各地を飛び回っているらしい。そんな彼らの財布はなんと教皇庁。ヘザーの話によると、中枢にいる高位聖職者のひとりが研究所と裏で繋がっていて、信者から集めた莫大な金を横流ししているという。しかもその聖職者っていうのが神命使徒の会の祈祓師で――数年前、同志と共に研究所に入所し、討伐に参加しているそうだ。もちろん教会関係者には明かさず、内密に」
「同志っていうのは神命使徒の会の仲間か?それとも信者?」
「そこまではわからない。でも、組織の指示に従い各地で魔物探しの任に当たっている者たちは自らを“神の忠犬”と称しているみたいだし、そうとう信心深い人間だろうね」
「研究所、神の忠犬……。ずいぶんとうさんくさい連中が出てきたもんだ」
マクドウェルは唇の隙間から乾いた笑いを漏らす。
「ただの素人集団でもなさそうだよ」
「なぜそう思う?」
「この組織についてわかっていることはほとんどない。あちこちで魔物を討伐しているというだけで、具体的にどんな研究をしているのかは一切不明。彼らの素性は謎に包まれている」
「確かにうまくやってるな。討伐なんていう血腥いことを大陸各地で行っているなら、どこかしらで逮捕者が出て大騒ぎになりそうなもんだが……そういった話はまったく聞いたことがない」
「そうなんだよ。研究所の関係者はひとりも捕まっていないし面が割れて指名手配されている人物もいない。ということはつまりその辺のごろつきじゃなくて、明確な目的と共通した信念を持ち、なおかつ隠密活動ができる高度な人材……そういう者たちを集めて討伐に向かわせてるんじゃないかな」
ぼんやりと天井を見つめながら言ったカールソンは、勢いつけて上体を起こす。乱れた髪を後ろに撫でつけると、捲っていたシャツの袖を元に戻しながら続けた。
「ひとつ気になる点がある」
「気になる点?」
「メリッサ・カラベとルトマイア公に施されていた古の儀式は、かつて代々の祈祓師に伝えられていたというそれよりもかなり酷いものだったでしょ」
「目玉や臓器がなくなっていたからか?」
「うん。魔物の脅威から人類を守るためとはいえ、常軌を逸している。そもそも、僕が持っているあの本には臓器を抜き取るなんてことは書かれていなかった。現代になって急に儀式の残忍性が増しているのは、魔物を倒して回っているエトワール生理学研究所の人間が関わっているからかもしれない。この推測が正しければ――研究所に所属する祈祓師とトマス神父の元にきた祈祓師が同一人物っていう可能性が出てくる」
「その組織が関わっているとして、なんで臓器を摘出したりするんだ」
「亡きルトマイア公爵は、眼球、脳味噌と腸の一部、そして舌、胃、肝臓が抜き取られていた。メリッサ・カラベもたぶん同じ部分を奪われている……これには何か目的があるとみて間違いない。文献には記されていなかった儀式をするためか、あるいは」
そこでカールソンは一旦唇を結び、謎めいた微笑みを顔に刻んだ。沈黙した彼を睨むように見たマクドウェルは片眉を上げる。
「なんだ。言えよ」
「組織名の通り“研究”に使っているってことじゃない?」
それを聞いたとたん、うんざりしたようにマクドウェルが溜息を吐く。明らかな嫌悪感を顔に滲ませる彼とは対照的に、カールソンは目を爛々とさせて言った。
「地下に幽閉されているクレア・オルビーに会いに行こう。事件解明に近づく手がかりが得られるかもしれないし、なにより……ヴァンパイアとはいえ、まだ幼い子どもだ。いつまでも地下牢なんていう劣悪な場所に閉じ込めておくわけにはいかない。なんとかして助け出さないと」




