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FATUM  作者: 紙仲てとら
第二章

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63話

 深閑とした真夜中。慈雨の森は月明りに照らされ青く燃えている。

 風はそよとも吹かない。あたりには濡れた苔と土のにおいが立ち込め、息苦しいほどだった。

 木立の奥に広がる墓園を管理する墓守は、ログハウスで眠りこけていた。しみだらけのテーブルに突っ伏している彼の手には、からになった酒瓶が握られている。今日の昼間、学生時代の友人アレックス・カールソンからもらった高級ブランデーだ。よほど美味かったらしい……酔いつぶれた彼の表情はしあわせそうに緩んでいる。時刻は深夜0時、巡回せねばならない時間だが、高いびきで起きる気配もない。

 彼が疲れた子どものようにすやすやと眠っている隙に、墓園に侵入した者があった。

 錠が外され半分ほど開いた門の先、霊廟の前でランタンの光がまたたいている。その頼りない灯りは、男ふたりの輪郭を淡く縁取った。

 彼らは一言も発することなく、目を合わせることもない。一定のリズムで、堆く積み上げられた土をシャベルで掬っては墓穴に投げ入れている。汗みずくになった顔は恐怖に引き攣り歪んでいる。

 静謐なる園の侵入者、ケンプベルの元治安官マクドウェルとカールソン……彼らが暴いたのは、ネルフィナ救貧院で殺害されたメリッサ・カラベの墓である。

 ――数週間前、彼女は聖ラディウス教会の裏手にあるこの墓園に埋葬された。

 葬儀は親族と友人のみで執り行われたため、マクドウェルとカールソンは参列できなかった。当時はまだ治安官で、事件の捜査担当であったが――治安判事長であるジョルジュ・ベルティが検視調書を機密書類扱いにし閲覧を禁じていたことから、死因は失血死であるということくらいしか情報を持っておらず、マクドウェルは最期の別れに立ち会った友人ら(それにはジョンストンも含まれる。彼はメリッサと同じ年齢で、頻繁に交流していた)に葬儀の様子を聞いて回った。

 参列者は8人ほど。遺体は美しく整えられ、特に変わったところはなかったという。後日、遺体を清めたり死化粧を施すことを担当した病院関係者や修道女とも話をした。メリッサの体を隅々まで見たであろう彼女らも、噛みちぎられた傷口が痛々しくはあったがその他に気になるところはなく通常通り送り出したと口を揃える。

 これらの証言をすでに得ていたマクドウェルはメリッサ・カラベがヴァンパイアのはずがないと信じていた。それでもこの計画に加担したのは、相棒であり親友でもあるアレックス・カールソンが単独で暴走するのを放っておけなかったからだ。

 墓土を掘り起こし、いざ棺を開けるとなったとき――マクドウェルは自分のしていることを俯瞰して溜息をこぼした。彼はすでに宗教に否定的な立場を取っているため神罰を恐れてはいなかったが、メリッサに対しての罪悪感があった。

 それでも、ここまできたらやるしかない……彼はカールソンが力を込めるに合わせて棺の蓋を持ち上げた。かなり腐敗が進んでいるだろうと思い気が滅入ったものの、恐怖は感じなかった。今まで治安官として殺人現場や自殺現場に赴き、数々の凄惨な場面を目にしてきたのだ、腐乱死体くらいでは驚きもしない。

 そんな彼が蓋を外したとたん顔色を失ったのは、埋葬されている遺体が想像を絶する状態になっていたためである。

 メリッサ・カラベの頭は無惨に切り落とされていた。そのうえ、足元に置かれていたのである。血と水に濡れた赤髪がへばりついた額には、クインレスタの象徴であるエピヌの星がナイフで刻まれており、左胸には白木の杭が深々と刺さっていた。惨殺されたルトマイア公と同じく臓器がいくつかなくなっているようで、あばら骨は砕かれ、体のいたるとことに大きな穴が開いていた。

 どうやらだいぶ棺の中で暴れたらしく、手の爪がいくつか剥がれている。彼女の鎖骨部分は陥没し、靴裏の痕が痣となって黒くくっきり残っていた。墓を荒らした人物は彼女に襲いかかられ、必死に抵抗したのだろう。

 もっとも異様だったのはその顔だ。

 蝋のような肌には血管が浮き上がり、眼球がくり抜かれた眼窩は暗い洞となっている。

 穴という穴から黒々とした液体が吹き出し、乾いたその痕を舐めるように蛆が這っていた。大きく開いた口からは発達した二本の犬歯が鋭く突き出しており、口腔内には銀貨が大量に詰められている。

 埋葬後に何者かが棺を開け、ヴァンパイア化したメリッサ・カラベに襲われた。それを撃退し、永遠の命を奪うための儀式を施したのだ。つまり彼女は……

 答えを得て、言葉なく頷き合った彼らはすぐさま棺の蓋を閉めた。

 ――全身に汗をかきながら、終始無言で棺に土を被せていく。そうして元通りに埋葬すると、汚れたシャベルをマントの下に隠し、足早にその場を去った。



 マクドウェル邸の執務室に戻ってきてようやくふたりは肩の力を抜き、緊張感が解けていくのを感じながら大きく息を吐いた。墓園を出て夜闇の中を歩いている最中、ずっと誰かに見られているような気がしてならなかったのだ。

 土と汗に汚れたマントを乱暴に脱ぎ捨てたマクドウェルは、執務机に両手をつき項垂れた。

「いったいどうなってるんだ……」

「まさか墓を掘り返そうと思う人間が僕たち以外にもいるとはね」

 掠れ声でつぶやいたカールソンは、震える膝を手で押さえながら長椅子に倒れ込む。薄目でマクドウェルを見つめ、溜息まじりに言葉を続けた。

「見えた?首の傷」

「いや……」

「噛みつかれた首の左側が大きく抉れていたはずだけど、傷口は跡形もなくなっていた。でも間違いなくメリッサ・カラベだ……髪が赤かったから」

 彼女の髪の色はたいへん珍しく、町の者はみな知っている。この国では昔から、魔女に呪われた子は赤い髪で生まれるという言い伝え(悪魔の血を引く人間は紫水晶のような目をしているという迷信と同じ類のものだ)があり差別の対象となっていたためか、彼女はいつも髪を頭巾の中に隠していた。

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