59話
カールソンの問いかけに対しすぐには頷かず、マクドウェルは太い腕を組み唸った。本の内容を頭の中で反芻しながら首を捻ると、
「惨たらしく体を切り刻んだのは、猟奇的な人物が自らの欲望を満たすためではなかった……」
顎の無精髭を指でこすりつつ独り言ちる。
表情を引きしめたカールソンは大きく頷いた。
「そう。あれは不死の流れを断ち二度と蘇らせないようにするための儀式。つまり……不死身の魔物の生態に詳しい祈祓師が、かつて村を救った古の儀式を9人の犠牲者に施したんじゃないかと僕は考える」
ぱたんと本を閉じた彼は、擦り切れた革の表紙に目を落とし言葉を継ぐ。
「まあ……最近の祈祓師は悪魔祓いに特化しているみたいだし、魔物を討伐したっていう話も聞いたことがないから可能性は低いんだけどね。それにこの本は各地の古本屋を転々としてる。復活防止の方法を知る一般人がいてもなんらおかしくない」
「馬鹿馬鹿しい……」
マクドウェルは外した老眼鏡を胸ポケットに引っ掛け、笑いながら首を横に振った。巻き煙草のケースを引き出しにしまうと、いつものパイプを銜える。
「まだ不確かなことばかりだ。でも、メリッサ・カラベの墓を暴けば謎を解明する糸口が見つかるかもしれない」
一笑に付されても諦めていない様子のカールソンに、彼は目を瞠る。
「正気か?」
「メリッサ・カラベは杭を打たれることも頭部を切り落とされることもなく通常通り埋葬された。でも……仮にクレア・オルビーが伝説の魔物ヴァンパイアだとすると、首を噛まれた彼女は棺の中で目を覚ましている可能性がある」
呆気にとられた様子で、マクドウェルは口を開けたまま彼を見つめている。
「この本を読むにつけ……惨殺された9人の犠牲者が古の儀式を知る何者かにヴァンパイアと見做されていたということは確かだよ。頭を落とされ、心臓に杭が刺さった状態で見つかったことがそれを証明している。でも彼らが本当にヴァンパイアだったのかはわからない。まずはこの真偽を明らかにしないと」
いつもの癖で自分の耳朶をしきりに触りながら、カールソンは更に続けた。
「そのためにはメリッサ・カラベの墓を暴く必要がある。クレアによって殺されたはずの彼女が棺の中で息を吹き返していれば、不老不死の魔物ヴァンパイアは存在するという裏付けになるだろう。だから……」
「アレックス」
マクドウェルは手のひらを翳し、彼を黙らせた。そして、低い声で告げた。
「あの事件に首を突っ込むのはよせ。俺たちはもう治安官じゃないんだぞ。不死身の化け物の復活を阻止した人間が連続殺人事件の犯人だと主張したところで、鼻で笑われて終わりだ」
「終わらせない」
矢のような声を放ったカールソンは、唖然としている友に強い眼差しを向けた。
「もしもメリッサ・カラベが蘇っていたら、必ず捕らえて国家公安総局に突き出す。ここならば教皇庁もケンプベルの治安管理局も手は出せないし、騒ぎは国王陛下の耳にも届く。多くの人間をこの件に巻き込めば、クレアの時のように隠蔽することはできないはずだ」
「アレックス……」
「僕はやるよ」
清々しいまでにきっぱりと言い、彼は闘志漲る表情で言葉を紡ぐ。
「遺体を調査したいと申し出たところでトマス神父が協力してくれるとは思えない。だから今回は、許可を取らず実行する。墓荒らしは大罪だ。よくて禁固30年、場合によっては市中引き回しのあと牛裂きの刑に処されるだろう。絶対にばれるわけにはいかない。万が一誰かに見つかったら、そのときはこの手で」
「もういい、それ以上言うな」
マクドウェルは執務机の椅子にどかりと腰を下ろす。「君の性格はよくわかっているつもりだ」彼は顔を顰めたまま言い、指先でこめかみを揉んだ。
「僕も君のことをよくわかっているよ。なんだかんだ言ったって、君はいつも僕を放っておけないんだ。そうだろ」
カールソンは人々を魅了してやまぬ麗しい笑みで迫る。マクドウェルは嘆息し、横目で彼を睨むように見た。
「決行の日は?」
「早い方がいい。今夜だ」
溜息をついて首を横に振り拒否を示したが、笑顔のままのカールソンはそれを無視して続ける。
「押し固められた墓土を掘り起こすのは重労働だよ。夜までにしっかり酒を抜いておいて」
再度溜息をついたマクドウェルは、パイプの吸い口を苦い顔で噛みしめた。




