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FATUM  作者: 紙仲てとら
第一章

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5話

「ジャック・アローは死の数日前からおかしな夢を見るとしきりに言っていた。美しい女が出てくる夢だ。輝く白銀の目と、燃えるような黄金の髪……その女に、ジャックは殺されたのだ」

 ルトマイア公爵は血走った瞳を見開いたまま髪を掻き毟り叫んだ。

「私も同じ特徴の女を夢で見た。彼女が夢に出てきた者たちは、みな命を落としている……」

 子どもが城で奇怪な女を見たと言ってから数日後、町の鍛冶屋であるジャックが何者かに殺害された。犯人が特定できぬまま数週間、被害者は1人2人と増え今日までで男女合わせ8人にも上る。そしてこの被害者たちすべてが、殺される前に同じ女の夢を見ているのだ。

 被害者は全員、心臓を杭で貫かれて殺害されたうえ、頭部を切り落とされていた。その口には大量の銀貨が詰められており、額にはエピヌの星が描かれていたという。

 みな凄惨な状態で発見されたが、そのなかでもジャックの外傷は特に酷く、喉から腹にかけて深い切り傷があり、そこから内臓がこぼれ落ちていた。体は痣だらけで、頭部には骨が陥没するほどの打撲痕がみられ、直接の死因は心臓の刺し傷ではなく暴行によるものとされた。彼は頭部への一撃で致命傷を負い、抵抗できない状態で殴る蹴るの暴行を受け――死亡後に腹を裂かれて首を落とされたのだ。

「あの女に、私も殺される」

 ルトマイア公爵は震えながらつぶやいた。見開かれた目は一点を凝視したまま、瞬きも忘れている。

 こうして、不気味な夢を見た、悪魔に取り憑かれていると教会に訴えてきた被害者が数人いたことをエミリアは思い出す。誰もが古城のことを口にし、諸悪の根源を追い出してほしいと懇願していた。

 人々の恐怖心と猜疑心は日に日に高まっている。悪魔や怪物といったものの所業だとして司祭に助言を求める者も多い。しかしあの古城に棲まう者たちが犯人だという証拠はなにひとつないのだ。誤った解釈を広めむやみに人々の恐怖を煽らぬよう、教会側は冷静にならなければ……エミリアは表情を引き締め、公爵の傍らに膝をついた。

 彼女の小さな手を取ったルトマイア侯爵は、神経質そうな顔に薄く汗を浮かべて声を絞り出す。

「肉の交わりは契約の証……この血がおまえを呪う……」

「女がそう言ったのですか?」

「ああ確かに」

 そのとき後方の扉が開き、

「ルトマイア卿……いかがされました」

 よく通る声が高い天井に響く。エミリアは、声の主……この修道院の司祭であるハリー・トマスに振り向いた。彼の後ろには布の包みを持った若き修道士――ギルバート・デインズが立っている。

 口角に笑みを湛えたトマスは、ゆったりとした足取りで信者席にいるふたりに近づく。エミリアは立ち上がり頭を垂れた。

「トマス神父……」

 ルトマイア公爵はすがるように手を伸ばす。薄い唇からこぼれたその声は震えていた。彼はすっかりいつもの威厳をなくし、見えない恐怖から逃げるように言葉を続ける。

「告解を……包み隠さず何もかもをお話しします。神の赦しをいただきたいのです」

 必死さの滲む眼差しを受けたトマスは、神妙な顔で唇を引き結んだ。そして白い睫毛を伏せうつむくと、

「こちらへ」

 そう静かに言い、力なく立ち上がった彼の体を支えて側廊の奥へと歩いていく。

 ふたりの後ろ姿が告解室の方に消えていくのを見送ったエミリアの背に、包みを手にしたままのギルバートが声を掛けた。

「何かあったのか?」

「例の女性が出てくる夢を見たそうよ……」

「大の男が夢に怯えるとはね」小さく肩を竦めて、「ジャーメイン城に棲む女だと?」

 溜息まじりに言う彼に振り向き、エミリアは言った。

「そう考えてらっしゃるようね。他の被害者と同じように、その女性に殺されると言って……ひどく怯えてらしたわ」

 凄惨な殺人事件が立て続けに起こり、ケンプベルの人々は得体の知れない古城の住人のことを犯人と決めつけ白眼視している。

 顔や生活習慣を知られれば悪事を働きづらくなる、だから我々に姿を見せないのではないか?目撃証言が夜に限られるということはやはり光を嫌う魔物か悪魔なのでは?様々な憶測が飛び交い、噂が噂を呼んだ。深夜になると城の方から女の悲鳴が聞こえてくるという者もいれば、上階の窓から人間のような影が真下に放り投げられるのを見たという者もいる。

「この地を治める大領主様までもが危機を感じていると皆が知ったら、ジャーメイン城に棲む方たちへの批判がますます強まるでしょうね……」

「古城の住人だけじゃなく俺たちへの風当たりも強くなっているぞ、エミリア」

 溜息まじりに言ったギルバートは、抱えていた包みを解いて中身を見せる。

 それは一枚の板切れだった。絵具だろうか、鮮やかな赤で文字が書いてある。


  目に見えず触れられもしない虚像にすがるな。

  血に飢えた悪魔に裁きを下すのは神ではなく我らだ。決起せよ!


「教会の扉に釘で打ちつけられていた。ネズミの死骸と一緒に」

「なんてこと……神の領域を血で穢すだなんて」

「反宗教主義者のルーカス・アンベールのしわざだろう。ここのところの血腥い騒ぎのせいか、彼の思想に賛同する者が少しずつ増えていると聞く」

「思想は自由だから否定はしないけど、今回はさすがにやりすぎだわ。こんなことをしても神の家に集う者たちの厚い信仰心は変えられやしないのに……」

「俺もそう思うよ。聖杯会に属するのは平和を望む敬虔な信者ばかりだ、彼らの呼びかけで焚き付けられる者はいないだろう。……だが、あの凄惨な事件が皆の危機感を煽っているのは確かだ。教会の対応を早急に求めるという声が至る所であがっているらしい。教区議会でも散々な目にあった」

「神父様は何と?」

「被害者全員、あまりに奇怪な死に方をしているからな……悪魔に魅入られた人間のしわざかもしれないとお考えのようだ。祈祓師を呼ぶことも検討しているとおっしゃっていた。聖杯会には邪を祓う儀式ができる者はいないから、来るのはセルリオス教皇庁の人間だろうけどね。事態の収束が目的と言っても、聖杯会が治める教区の問題に教皇庁が介入してくるなんて、これは異例の事態だな」

「そうね……」

「とにかく、みな混乱している。原因不明の発作を起こし暴れまわる子どもや、真夜中に徘徊し家畜を殺して回る老人……。どうやらあの古城に住む邪悪な者が操っていると噂が立っているようだ。挙句、果実の実りが悪いのも子どもを授かれないのもその者のせいだという話まで出る始末で……正直あきれたよ」

「あなたは噂話を信じていないのね」

「この目で決定的なものを見るまではな」

 ギルバートは瑞々しく光る暗褐色の目を細め不敵に笑った。

 彼は幼い頃から修道士として信仰に殉じている、エミリアと同い年の気さくな男だ。少し臆病なところもあるが、強い意志と一途さも持ち合わせていた。

「神父様はジャーメイン城への訪問を考えているようだ。悪魔だのなんだのと言われている者を訪うなど危険だと反対する者も多かったが……教区を治める者としての義務だとおっしゃっていたよ。城の者の正体を明らかにして、罪もなく潔白であるならそれが一番いい。事態の収束も早まるだろうと」

「――ギルバート……あなたは、悪魔や魔物といったものを信じる?」

 そう尋ねたエミリア自身、信じていなくはなかった。聖典も邪悪なる者の存在を肯定している。

 黙り込んでいるギルバートをじっと見つめた。エミリアの視線を受けながら、彼は詰めていた息を吐く。そして板切れを再び布に包みながら言った。

「神や四精霊が存在するなら悪魔もいるだろう。当然、魔物もな」

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