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FATUM  作者: 紙仲てとら
第二章

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56話

 クレア・オルビーが邪祓いの儀式中に死亡したという知らせがレイモンド公の耳に届いてから数日後。ケンプベルの治安判事長ジョルジュ・ベルティの指揮のもと町の住人すべての身元調査が行われた。

 これは行政を担う役場が治安管理局に依頼したわけではない。レイモンド公の指示である。聖杯会の信者であったはずのベルティがマセス教会に改宗し、彼に傅く重臣となったということが誰の目にも明らかになったのはこのときであった。

 彼のような離反者が相次いでいるという問題はあれど――ケンプベルを初めとしたルトマイア州のいくつかの町がルトマイア公の領地となり、その土地に住む者たちはみな暮らしが豊かになることを確信し安堵していた。なにせ彼は王族の血を引く貴族であり、潤沢な資金と抜群の知名度を誇っている。彼が長年統治してきたレイモンド州の発展具合を見れば、いやが上にも期待は膨らんだ。

 特にケンプベルの住民たちは彼の治政に期待していた。これまでの不吉な事件の解決という名目で行われた調査で、数百もの疑わしき人間を収監することとなったが、それに対し否定的な意見を持っている者はごくわずかであった。そしてそのごくわずかの人間さえも、酒場で不満を垂れ流し騒いでいるだけの烏合の衆に過ぎない。彼らはレイモンド公の政策を支持する者たちとたびたび諍いを起こしたが、世間のはみ出し者を容赦なく摘発する治安官たちを前にしては何も言えないのだった。反逆者の烙印を押され縄を掛けられることを恐れたのだ。

 ケンプベルの「浄化」は迅速に行われた。まず最初に捕縛の対象となったのは住まいを持たず町をうろつく者、そして住民への聞き込みで素行の悪さや調和の無さを挙げられた者である。そういった者たちはみな謂われなき罪を着せられ、厳しい尋問や拷問を受けた。

 責め苦は罪状を認めるまで続いた。痛みと苦しみに耐えきれず罪を被った彼らは司法手続きもされぬまますべて絞首刑となったのである。

 当然ながら、かねてから疑惑の目を向けられている古城の悪魔リュシアン・アルベスクを刑に処すべきとの声もあがっていたが、レイモンド公はまったく取り合わなかった。それどころか、町を恐怖に陥れた殺人事件の犯人は邪教を信仰している者であると決めつけ、民衆の訴えを一蹴したのである。

 公爵は集まった民を前に朗々と演説した――頭部と四肢が切断され臓器が抜かれるという常軌を逸した残忍な事件だが、犯人は悪魔でも怪物でもなく、自分たちと同じ人間だと。これまでに殺害された9人は、血に狂った邪神を崇拝する者が行った惨たらしい儀式の被害者なのだと。

 リュシアンの出身国であるドラド大公国にはクインレスタ教三大聖地のひとつバルデ・アークがある。歴史的な教会や聖典に関係する文化遺産も多いためか宗教教育に非常に熱心な国で、国民の9割以上が神学校に通い聖典学や歴史神学といった学問の習得に励んでいる。高貴な身分の者ほど信心深く、教会との関係は密接であり、爵位と領地を授かった者は代々領地内にある教会に莫大な献金をし功徳を積み重ねるのが習わしであった。

 その固い結びつきは国外にも広く知られるところである。レイモンド公は大公国の貴族らの信心深さを語り、その国の伯爵として領地を治めてきたリュシアンもまた信仰に篤い人間であると言い切った。一連の残虐な事件の犯人は天に自らの富を捧げてきたリュシアン・アルベスクにあらず――邪教に身を堕とした悪逆の徒であるとし、異論を許さなかった。

 もちろん彼の言うことには何の根拠もない。確かに大公国の貴族連中は教会との繋がりを特別に重視することで有名だが、実際にリュシアンが信心深い者であるかどうかなど知らないのだから。だが、王族の血を引く由緒正しき貴族の言うことを民衆の多くが盲目的に信じた。こうして、長らくアルベスク家の人間に注がれていた疑いの眼差しは、各々の隣人に向けられることとなったのである。

 これまでの公爵の言動は、あらぬ疑いを掛けられているリュシアンを哀れと思ったがゆえではない。格下貴族に温情をくれてやる義理などなかったが、爵位を持つ者に対し憤懣が鬱積しているとあれば後々の貴族批判に繋がりかねない……彼は特権階級に属する者たちの安寧と権威を守るためリュシアンを庇ったにすぎなかった。

 レイモンド公の声明によって、犯人捜しは振り出しに戻った。人々は邪神を崇拝する殺人鬼が近くにひそんでいるかもしれないと怯え、隣人の行動を監視するようになった。

 町のごろつきや浮浪者などが一掃されると、次はクインレスタへの信仰心の薄い者や、無神論者などが標的となり次々と槍玉に挙げられた。聖杯会の信者であると主張しながらも家に祭壇がないことや、朝夕の祈りを怠ったことなどを密告され治安官に引っ立てられる者もいた。彼らは、熱心なクインレスタ信者ではなかったというだけで邪教を信仰していると断定され投獄された。

 罪人の処刑は、住民の憩いの場であるユグランス大広場で公開され、血腥い恐怖が民衆に深く植えつけられた。互いの生活に目を光らせる相互監視社会となるに伴い、痛くもない腹を探られぬようにと人々は教会への寄付や奉仕活動を率先して行い、信仰心を目に見える形で表すようになっていく。

 クインレスタを崇める行為が狂信的ともいえるほどになるにつれ、以前より邪教の信仰者ではないかと一部で噂になっていたエミリアの立場は悪化していった。

 彼女を聖堂に呼び出したトマス神父は、しばらくのあいだ一切の外出を控えるようにと言い含めた。エミリアは取り乱すこともなく、忠告を黙って聞いていた。顔は神父のいる祭壇に向けられていたが、その目はもう、彼を映していない。彼女はただ、聖像を照らす火の揺らぎを見つめていた。

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