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FATUM  作者: 紙仲てとら
第一章

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33/39

32話

 冷えた眼差しに射られたように、その場にいる全員が凍りつく。

「我が領地では殺人犯は年齢問わず絞首刑か火刑だ。不吉な事件が相次いでいるのは、罪人に対する処罰が甘いからではないのか?町が危機的状況にあると聞きぜひ力になりたいと考えていたが、公安も司法もまともに機能していない状態では話にならん。次期領主を引き受ける件は承諾しかねる」

「そんな!」ベルティの悲痛な声が滑稽なほど大きく響く。「ああ!そんなことをおっしゃらないでください閣下!どうかお慈悲を」

「誰が血と死臭に満ちた町を救おうなどと思う?」

 公爵は必死の形相を向けてくる彼を見下げて冷笑した。天井からの光を浴びた端整な顔に、深い影が落ちる。

「どうしても助けが必要だというのなら誠意を見せたまえ。まずは司祭、あなたが少女を地獄に送り返すんだ。そしてクインレスタ教は邪悪なる存在に屈しないということを示すため、ケンプベルに巣食う悪魔どもをすべて排除せよ。かなりの数が潜んでいるだろうが、安心したまえ……私のかわいい下僕どもを貸してやる。君たちが私に忠誠を誓いこれらを完遂したならば、ルトマイア公の遺志を継ぎこの町を庇護しよう」

 公爵の口から次々と紡がれる言葉を聞きながら、マクドウェルは声を失っていた。まさかベルティがレイモンド公に取り入り、次期領主を引き受けるつもりにまでさせていたとは思ってもみなかったのだ。口先だけの無能な男だと思っていたが、どうやら交渉術に長けているらしい。

 伏せていた目を上げて公爵を見る。寛げられた襟元に、マセス教のシンボルである梟の紋章が刻まれたペンダントが光っている。彼がケンプベルの領主となれば宗教上の問題は避けて通れまい……黄金の輝きを見つめながら、マクドウェルは顔を曇らせた。

 レイモンド公がマセス教会の敬虔な信者であることは有名な話である。ケンプベルの住人の大半は聖杯会の信者であり他宗派に否定的な考えを持っているため、彼がマセス派の思想を広めようとすれば教理の違いで諍いが生じることは目に見えている。

 マセス派はクインレスタ教最大の宗派であり、自分たちの主義主張を貫くためなら血を流すことも厭わない過激な連中ばかりだ。穏健派も多く団結力に欠ける聖杯会はおそらくこの争いに勝てない。結果的にマセス教会の人間が町政に介入し、聖杯会の信者は冷遇され肩身の狭い思いをすることになるだろう。寄らば大樹の陰で改宗する者も出てくるかもしれない。

 治安維持の任に当たるマクドウェルからしてみれば、争いの種となるマセス派の思想は歓迎できないというのが本音だ。だが、町の運営を考えればレイモンド公を新たな領主として迎えるのが最善である。王族の血を引く彼が町のトップとなれば、州議会における政治的影響力も増す。上級貴族たちはその恩恵にあずかって私腹を肥やし、大いに喜ぶだろう。州都ヨークエヴァに続く第二の都市を名乗れるほどになれば町の経済も潤い、それに伴って下々の民の暮しも楽になるに違いない。

 総合的に見れば決して悪いことばかりではない――そうは思えどマクドウェルは、レイモンド公の冷血さがケンプベルの未来に暗雲をもたらすのではないかという不安を拭いきれないでいる。

 なにせ彼は、クインレスタ教の聖職者たちがみな不殺生の誓いを立てていることを知りながら、司祭トマスに少女を葬れと命じるような男だ。そのうえ「ケンプベルに巣食う悪魔」を一掃することを望んでいる。彼の言う悪魔とは身元不明の路上生活者、異国の徒、統率を乱す厄介者といった不穏分子であり、彼らを捕縛するとなればかなりの反発が予想される。町は混乱に陥り、死者も多く出ることだろう……

「この場で決めるには事が大き過ぎるか」

 レイモンド公爵はふと表情を崩し、トマス神父を見遣った。彼は祭服の胸元で光るメダリオンを握りしめながら言葉を返す。

「この少女……クレア・オルビーは悪魔に取り憑かれております。人を殺めたのは彼女ではなく、彼女の肉体と精神を支配し操っている邪悪なるものです」

「少女自身に罪はないと申すか」

 神父は青白い顔で頷き、

「閣下にひとつお願いがございます。少女の魂を救いたくとも、我々は悪魔を退ける術を持ちません……どうか教皇庁の祈祓師様をご紹介いただけないでしょうか」

「なんだと?」

「神命使徒の会に属する祈祓師のみなさまは、神によって授けられた聖なる力でこれまで数えきれないほどの人々をお救いになったと聞き及んでおります。邪祓いの儀式は必ず成功するでしょう。魂の救済が叶ったあかつきには、少女を罪に問わず釈放させていただきたく存じます」

「聖杯会の司祭であるあなたがマセス派の人間を前に膝をつく覚悟があるのか?」

 鋭い視線を浴びながら、神父は床に両膝をつき頭を垂れる。

「覚悟ならばすでに」

「よろしい。では私が口添えしてやろう」公爵は満足そうな様子で微笑を浮かべ、「しかし魔に対抗する術も持たぬとは……聖杯会の幹部どもは平和ボケした役立たずばかりで苦労するな、トマス殿……」

 そう言い残し彼は扉口へと踵を返したが、ふと足を止め肩越しに振り向く。そして氷のような目で神父をまっすぐに見つめ、薄い唇を開いた。

「わかってはいるだろうが、あえて言っておく。もしも邪祓いの儀式が失敗したそのときは……躊躇わず、疾く殺せ」

 公爵は前に向き直り、黄金のステッキの先を鳴らしながら去っていく。ベルティは慌てて彼の後ろにつき、神父らには振り返りもせず出ていった。



 まだ幼いクレアを聖ラディウス教会の地下牢に幽閉するということに、マクドウェルは断固として反対した。治安管理局や裁判所の許可もなく、教会側の独断で牢に入れるなど許されないことだ。事件を公にせず内密に処理するにしても、せめて然るべき施設に収容し見守るべきだと。

 カールソンも同意見で、どうしても隔離するというのならその前にせめて彼女と話をさせてくれとトマス神父に訴えた。それは事件の解明のためでもあったが、幼いからといって弁明の機会すら与えないのは不平等だと思うところが強かった。

 一方、豹変したクレアをその目で見ているヴェストール子爵ブレナン・ジョンストンは神父の意見に賛同した。外界との接触を断ち、厳重に施錠できる場所に閉じ込めておかねばならないと言って譲らない。それに加え、普通の罪人を閉じ込めるような粗末な檻では危険だとも主張した。

 ケンプベルには罪人を収容する監獄があるが、牢は木製だ。それよりも丈夫な鉄製の牢は聖ラディウス教会の地下にしかない。そこは殺人や盗みなどの罪を犯した人間を閉じ込めるためでなく、聖杯会の戒律を犯した修道者が罪を贖うための場所であった。こういった牢はどの教会にも併設されており、世俗的な欲望が捨てきれていない未熟な者たちの抑止力になっていた。

 いちばん重い罪は淫事に溺れることであり、これを破った修道者は男女問わず60日ものあいだ陽光の届かない不衛生な牢に勾留され、聖典を声に出して読みながら自らの背中を鞭打つ刑が科された。毎日百回以上打擲するため、傷が原因で感染症を起こし命を落とす者もいたことから一部の修道者や聖職者らから批判が噴出。反対派による町民を巻き込んでの抗議活動が頻発したことにより、この罰は200年以上前に廃止されている。そののち、神の教えに違背する者に対する処分について実に多くの議論がなされ、現在は悔い改める機会を与えることなく破門に処する決まりとなった。

 処罰方法が変更されたことにより放置されたカビだらけの地下牢にはネズミがはびこり、以前にも増して劣悪な環境だ。そんな場所に少女を閉じ込めるというのか――肯定派と反対派、意見は拮抗し両者睨み合いとなった。

 この膠着状態を解き最終的に少女の措置に対する決断を下したのは、遅れてやって来たネルフィナ救貧院の長マチルダ・ロスである。

 マチルダは神父らを燃えるような目で見ながら言った。

「私はクレア・オルビーを許さない」

 彼女はクレアの奇怪な行動に関しての相談を、殺害された職員メリッサ・カラベから持ち掛けられていた。

 哀惜の念と共に、クレアを心配するメリッサの悲しげな声を思い起こしながら、彼女は静かに語り出す。

 ――今年の冬の終わり、流感を患ったクレアは数日のあいだ昏睡状態で生死の境を彷徨った。しかしある朝、嘘のように高熱が下がり彼女は意識を回復したのだという。

 クレアの体をくまなく診察した医師は奇跡的な回復だと驚き、健康を取り戻したと診察記録に綴っている。しかし少女の心身には明らかな異変が起こっていた。

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