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FATUM  作者: 紙仲てとら
第一章

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30/40

29話

 彼は小さな林檎を手のひらで弄びながらうっとりと目を細めて言った。

「あのひとの生まれ変わり……待ち続けた400年の間に多くの女たちを見てきたが、やはり誰よりも美しいな。ああ、オレだけのものにしたい。オレとの子どもを産んでほしい……」

「汚い手で触らないで。お兄さまのよ」

 ファヴィラは赤い果実を奪い取り、ベルトに挟んでいた布で拭いてから丁寧にバスケットに収める。

「それにしても不思議だな。あのひとはなぜいつも同じ顔で生まれ変わるのだろう。ほら、旅の途中の宿屋で会ったいけ好かない男……確か名前は――ウォルター・ラシードだったか。前世のあいつは醜い顔と笑われて女たちに見向きもされなかったのに、今世じゃ誰もが振り返る美男子に生まれたじゃないか。これまでいろんな人間の生まれ変わりと再会したが、前世の名残など微塵もないやつらばかりだ」

 反応せず黙り込んでいるファヴィラを横目で見て、

「おまえ、なにか知っているな?誰にも言わないから教えろよ」

「なにも知らないわ」

「嘘をつくな。汗のにおいが変わったぞ」

 彼女は溜息と共に肩を落とし、ラタンバスケットを睨むように見つめながら言った。

「お兄さまの境遇を知り憐れに思った北の魔女が、容貌と魂を結びつける呪術を施したのよ……同じ顔なら見つけやすいだろうから、と」

 それを聞いたトニトルスは大口を開けて笑った。

「北の魔女って、おまえの育ての親だろ?そんなことまでできるとは恐れ入ったよ」彼女の肩を軽く小突き、言葉を継ぐ。「ひょっとしておまえがママに、今世はマリアンヌを信心深い人間に生まれ変わらせてくれと頼んだのか?気難しい兄にいつも振り回されてるから、ちょっとした復讐のつもりで」

「馬鹿なことを言わないでちょうだい」

 めずらしく不機嫌そうな声だ。怒りに青褪めた横顔を一瞥した彼は、ふんと鼻を鳴らした。

「あいつは今回の再会をどうしても喜べないようだな。オレは修道女だろうがなんだろうが構わないけど」

「かわいがってくれる人なら誰だっていいんですものね」

「そのくらい軽薄な方がいいじゃないか。リュシアンはいちいち深く考えすぎるからいけない」

「あなたみたいなのを節操なしと言うのよ」

「その物言い……おまえ、段々と主人に似てきたな」

 ぷいとそっぽを向いたファヴィラは、ラタンバスケットを守るように抱えてエントランスホールの階段を上っていく。

「ファヴィラ、しっかり妹たちを見張っておけよ。あいつらだいぶリュシアンへの不満を溜めているぞ」

 トニトルスの声は石造りの冷たい空間に響く。彼女は立ち止まることも振り向くこともなく、廊下の奥に消えた。

「誰が最初に牙を剥くかな」

 黄金の目が弧を描く。手のひらを鼻先に当て、彼は林檎の残り香を胸いっぱいに吸い込んだ。

 それから数日後、エミリアは再びジャーメイン城の鉄門をくぐった。

「お加減はいかがですか?まだ朝晩は冷えます……くれぐれもご無理なさらずお大事にと、お伝えください」

 彼女はそう言い残し、薬草酒と果物、ミルクとパンの入ったバスケットをファヴィラに渡し帰っていった。

「本当に病人だと思っているようだな」

 薬草酒の小瓶を指先でつまんで持ち上げ、リュシアンはさも嫌そうに顔を顰める。

「対応せずともよいぞ。ファヴィラ」

「ですが……」

「訪問に応じなければ諦めるだろう」

「あの御方に対しそのように無礼なことはできません」

「そうか。ならば勝手にするがいい」

 リュシアンは言い放ち、それきりラタンバスケットには一切見向きもしなかった。

 複雑な彼の心境など知る由もなく、エミリアは数日おきに古城を訪れた。見舞いの品は毎回、ささやかなものである。食べずに取っておいたパンや果物、チーズ、卵、ミルク。万病に効くと言われる煎じ薬、水薬、薬草酒……これらはすべて彼女自身に配給されたもので、調理場や備蓄庫から盗んできたものはひとつもない。

「修道女とは暇なのか……?」

 どんどん増える見舞い品を横目に、リュシアンはあきれたような顔で溜息をつく。神聖な場所で作られた品々を迷惑がってはいてもそれらを捨てることはできずにいるのだった。

「病は完治したとお伝えしろ」

「快復したらお目にかかりたいとおっしゃっておりますが……いかがなさいますか」

「会うわけなかろう」

 リュシアンは窓から、遠くなる修道女の背中を見つめる。ファヴィラはよく冷えた水のような声で問うた。

「あの御方の名をご存知ですか」

「知りたくもない。神のしもべの名など」

「エミリア・コレット。あなた様が愛してやまぬ御方……マリアンヌ様の生まれ変わりでございます」

 リュシアンは眉根をきつく寄せ振り向いた。

「何が言いたい」

 その問いには答えず、彼女は黙って部屋の隅に下がり、闇に溶けていく。

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