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FATUM  作者: 紙仲てとら
第一章

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29/42

28話

 翌日の朝、何者かが古城の大扉を叩いた。

 ドアノッカーの音を聞きつけ階段を降りてきたファヴィラは、大広間の入口で力尽きたように倒れているトニトルスを冷ややかな目で見つめる。

「また門の施錠を忘れたわね」

 一晩中雨を呼び続け疲労困憊の彼はぴくりとも反応しない。

 錠を下ろすのを忘れたわけではなかった。この城の門番である狼は、近いうちに必ず嬉しい来客があると思っていたので、わざとすこし開けておいたのだ。その人物がとうとうやって来た。

 しかし今は出迎えることすらできそうにない。会いたいと強く望むも体が動かず、ぐったりと床に倒れ伏しているトニトルスに代わって、ファヴィラがその訪問に応えた。

 厳めしい大扉を細く開けると――曇天から降り注ぐ淡い光のなか、エミリア・コレットが緊張の面持ちで立っていた。手には葡萄酒と焼き菓子の入ったラタンバスケットを提げている。

 彼女は細かい雨に濡れたフードを取り、一礼した。

 よく知る顔が間近に迫るもファヴィラは動じる様子をいっさい見せず、

「どちらさまでしょう」

 知らぬふりでそう訊ねる。

「突然お伺いして申し訳ありません。ロサ・リタ修道院のエミリア・コレットと申します」

 感情に乏しい顔を向け、無言で見つめ上げてくるファヴィラ。彼女の目の奥を覗き込むように見つめ返して、エミリアは静かに言葉を継いだ。

「リュシアン・アルベスク様がご参列された聖霊大祭がこちら側の都合によって中止となり、ご不快な思いをおかけしましたことをお詫び申し上げたく伺わせていただきました」

「兄は病床に臥しております。しばらくは誰ともお会いにならないと」

 エミリアは顔色を変え、

「体調を崩されたのは、聖霊大祭よりお戻りになられてからすぐですか?」

「さようでございます。申し訳ありませんがお引き取りください」

 彼女の返事を待たず、ファヴィラは暗がりへ下がった。

 鼻先で重い扉が閉ざされ、途方に暮れたエミリアは茫然と立ち尽くす。しばらくそうしていたがやがて再びフードを被り踵を返すと、降りしきる雨のなかを歩き始めた。

 昨晩の名残の雨と深い霧に包まれ徐々に消えていく後ろ姿を、リュシアンは自室の窓から眺めている。

「何用だ?教会の差し金か」

 その声に応えたのはファヴィラだ。室内の奥に溜まる闇からずるりと現れ、頭を垂れる。

「中止となった聖霊大祭の件について謝罪しにきたとおっしゃっておりましたが……事前の連絡もなく書簡も持たずでしたので、真意は測りかねます」

 リュシアンはふんと鼻を鳴らし窓から離れると、長椅子に腰を下ろし鷹揚な態度で長い脚を組んだ。

「もうこの土地にいる意味はないな」

 ベルベッドの肘掛けを指で撫でながら、ふいに言う。

「今夜中に荷造りして別の国に行こう。なにか、愉快な気分になるようなことがしたい。そうだな……まずはルム・ドマ共和国を騒がせている“キラー・ビー”のねぐらを訪ねようか。きっといい気晴らしになる」

「私は反対です」

「なんだ……他にやりたいことがあるのか?ならば遠慮せず言ってごらん」

「敵はこの町のどこかに身を隠し息をひそめています。こちらが動くときを狙っているのでしょう。民衆からの監視の目もきつくなっておりますし、いま城を出るのは得策ではありません」

 ファヴィラの進言にしぶしぶ頷き、背凭れにゆったりと身を預けた彼は手のひらで顔を拭った。意図せず深い溜息が漏れる。

「しかたがない。奴らが根負けするまでしばらく城に籠るとしよう。……ところで、我が妹らに吸血された10人のうちの最後のひとりは今どうしている?」

「まもなく完全覚醒することでしょう。始末される前に、仲間としてこちらに迎え入れますか」

 彼は首を横に振った。

「子どもは足手纏いになる」そうつぶやき、思案顔で宙を睨みながら言葉を続ける。「しかし気になるな。正義に飢えた犬どもがどうしてあの少女だけ未だ殺さずにいるのか」

「クレア・オルビー。もしかすると特殊な能力の持ち主なのかもしれません。詳しくお調べします」

「いや、いい。面倒事は避けるに越したことはない……どこにも行かず、誰とも会わず、嵐が去るまで静かに暮らそう。夏前までには窮屈なこの生活から抜け出すことができるはずだ」

「あの御方と一言も交わさぬうちにこの地を去るおつもりですか?修道女とはいえ、マリアンヌ様であることには変わりないというのに。いっそのこと城に招き入れ、互いの理解を深めるためにお話されてみてはいかがです」

「それは名案だ。神の名において罰してくれと頼んでみようか」

 リュシアンは乾いた笑い声を上げる。

「私は本気よお兄さま」

「わかっているさ。だが私に修道女の友人は必要ない」

 唇を結んだファヴィラは、無表情の顔をうつむかせた。

「この先のことを思うと気が滅入る。彼女はまだ若い……あと40年は生き続けるだろう。それから転生するまで百年、生まれ変わりとはっきりわかるくらい成長するまでに十年以上の年月が掛かるわけだ。長いな。同胞や長寿の魔女は百年など一瞬だと言うが、私にはそう感じられない」

「もっと早く転生する可能性も。百年という周期はあくまでも目安に過ぎませんので」

「気休めの言葉などいらん」

「たとえ何百年待ったとしても無駄な時間ではございません。長く生きれば生きるほど、お兄さまは偉大なヴァンパイアとなられます」

「偉大なる者になったとて、孤独だ」

 悲哀に満ちた目で窓の外を見遣り、彼は小さく溜息をつく。

 頑なに心を閉ざす主を前にしたファヴィラは片膝を床に付いて目を閉じ、深々と頭を下げた。

「私たちがお仕えします。このさき何百年何千年と経っても必ずお傍に」

 その言葉もリュシアンには届かない。彼女の方に振り返ることなく……エミリアを見送った窓に目を向けたまま、消え入りそうな声で言った。

「すこしひとりにしてくれ」



 その翌朝もエミリアは城にやって来た。

「見舞いの品をお届けにまいりました。こちらをアルベスク様に」

 彼女は食べ物や薬が入ったラタンバスケットをファヴィラに渡す。

 聖霊大祭のさなかに起こったあの事件後、リュシアン・アルベスクと教会、そして町に住まう者たち……それぞれの関係はより複雑なものとなってしまった。今、教会関係者の間でリュシアン・アルベスクの話題を出すのはタブーとされている。それを知りながらもエミリアは、奉仕計画と物資の管理を任されている修道士にジャーメイン城の住人が病床に臥していることを伝え、食べ物や飲み物を見舞いの品として届けるための許可を得ようとした。

 しかしながら、許可は下りなかった。他の貴族が体調を崩したときには滋養強壮に効く食料や薬を数多く用意し、頻繁に届けているにもかかわらずだ。

 神父やギルバートに相談したところで反対されるに決まっている。途方に暮れたが、エミリアは諦めなかった。病人がいる家を見舞い平癒の祈りを捧げることは修道者の責務であり、分け隔てなく地域の人々を支えるのが教会の正しい在り方だ。そう信じる彼女は食事時に配られるパンや果物などを食べずに部屋に持ち帰ってバスケットに詰め、再びジャーメイン城を訪れたのである。

「早くご病気がよくなられますように。――では、また」

 扉を閉め視線を手元に落としたファヴィラは、布をめくり中身を眺める。パンや卵、林檎、バターなどが、数本のボトルと一緒に詰められている。

 兄リュシアンが聖ラディウス教会の司祭ハリー・トマスに掛けた呪術は、神の光によってとっくに解けているだろう。正気を取り戻した司祭は兄を神の敵と見ているはずだ。そんな状況で彼が呑気に見舞いの品などを寄越すわけがない……ということは連日の訪問は、彼女が個人的に計画したものだ。

 考え込むファヴィラの後ろから褐色の腕がすっと伸びてきて、籠の中の林檎を取った。

「エミリア・コレットか……」

 声の方に振り向くと、人の姿に変身したトニトルスが立っている。

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