表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FATUM  作者: 紙仲てとら
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/45

23話

 鼓動が高鳴ると共に、全身に冷たい汗がうっすらと滲む。男の姿に懐かしさを感じた彼女は記憶を探ったが、誰なのか思い出せずにいる。

 男は哀しみと怒りが混在する眼差しで自分を見つめ返してきた。目を逸らそうとするも、どうしてもできない。

「私の愛しい人……なぜ神の下僕などに生まれ変わってしまったんだ?」

 食事室で耳にしたのと同じ声が聞こえた次の瞬間、突如として激しい頭痛に襲われ、エミリアは床に膝をついた。きつく閉じたまぶたの裏で光が明滅を繰り返し、身に覚えのない記憶が脳内を駆け巡る。

 サファイアブルーのドレスを身に纏い、背を向けている女。静寂の中、目が吸い寄せられるまま見つめていると、ふいに彼女が肩越しに振り向いた。その顔は――

「エミリア!しっかりしろ!」

 体を揺さぶられ、薄く目を開いた。

 聖堂内のざわめきが彼女の耳に届く。我に返り顔を上げると、ギルバートが抱き起こしてくれていた。

「大丈夫か?どこか痛むところは?」

「平気よ……ごめんなさい」

 消え入りそうな声で答える。こめかみを貫くような痛みは完全に消えていた。

 主祭壇を振り仰ぐと、ちょうどトマス神父が信徒の男達に支えられ運ばれていくところだった。ぐったりと頭を前に落とし、呼び掛けに反応する様子もない。意識を失っているようだ。

「神父様!」

 叫んだエミリアが立ち上がろうとするとギルバートはそれを押し止め、

「突然気を失われたんだ……神父様のことは私たちに任せて君は休め」

 近づいて来た修道士に目配せし、ギルバートはエミリアを彼らに任せトマスの後を追い掛けていく。

「待って……ギルバート!」

 その声は信徒たちのざわめきに掻き消え、彼の耳には届かない。床に膝をついたまま茫然としているエミリアを修道士ふたりが両脇から抱え起こす。

 力の入らない体を支えられながら、うつろな目を信者席に向けた。だが、かの男の姿はすでにない。



 司祭トマスと、副助祭であるシスター・エミリアが突然倒れ、聖堂内は一時騒然となった。動揺する信徒たちが修道者たちの指示に従い続々と退出するなか、リュシアンも席を立ち人の流れに乗って表に出た。

 真昼の太陽が純白の肌を照らし出す。日陰に入ったリュシアンは帽子を目深に被った。

 その姿に、数人の信徒たちの鋭い視線が注がれている。リュシアンは当然わかっていたが、一瞥もくれず気づかぬふりをした。相手にする気はさらさらない。

 難癖をつけられ騒ぎになる前に立ち去ろうと踵を返したときだ。突然、背中に石が投げつけられた。

「おまえのしわざだろう!」

 肩越しに振り向いたリュシアンに男が叫ぶ。足元の石を素早く拾い上げて振りかぶりながら、さらに言った。

「悪魔め!この町から出て行け!」

 容赦ない罵声に辺りは水を打ったように静まり返った。足を止めた者たちの視線がリュシアンに向けられる。

「出て行け」

 どこからか声が上がった。それに呼応するように、あちこちから怒号が飛んでくる。

「さっさと祖国へ帰れ!」

「人殺し!悪魔!」

 ぞろぞろと人が集まりリュシアンを取り囲んだ。彼らはひとつの生き物のようになって、大声を張り上げながら醜くうごめいた。

「出て行け!出て行け!」

 シュプレヒコールが響き渡り、地を揺るがすほどの激しい怒りはますます勢いを増していく。繰り返される言葉は渦となり、押し寄せる人の波がリュシアンを飲み込もうと迫り来る。

 こぶしほどの大きさの石が彼の顔めがけて投げられたそのとき、どこからともなく現れた人影がそれを遮った。石は闖入者の側頭部に直撃したが、痛みを感じていないのかなんの反応も見せない。

 黒いマントで全身を覆い隠した不気味な姿……そして見上げるほどの巨体に、群衆はどよめき一斉に後ずさりする。

「兄上、けがはない?」

 問うたウングラは、フードで隠した顔をわずかに上向かせる。

 その容貌は人間ではなくほとんど蝙蝠だ。布がつくりだす陰の中にぼんやりと見える丸い両目は、黒々と光っている。額や頬は剛毛に覆われ、鼻先は醜く上を向いていた。めくれた唇の隙間からは、鋸刃のような歯が覗いている。

 フードの淵をつまみ引き下げたウングラは、群衆の方にくるりと振り向いた。砂埃と血に汚れた黒衣が風に靡く。

「よせ」リュシアンは静かな声で制した。「構うな」

「でも」

「黙れ」

 命ずる声と共に、リュシアンの目が白銀に輝く。その光に怯んだウングラは苦しそうに呻き、喉元を押さえ身を屈めた。呼吸ができずもがきながら、醜く歪んだ顔をリュシアンに向ける。

 その様を冷ややかに見下ろした彼は首を左右に振り、

「行くぞ」

 短く言うと、ウングラの喉にかけていた呪を解く。

 肩で大きく息をしている彼女の横をすり抜け人々の前に進み出たリュシアンは、帽子の鍔に指を添え丁寧に会釈した。

 彼が歩き出すと、人の輪が切れ、道ができた。妨害してくる者はいない。群衆の間を、彼は悠々と歩いていく。

 ウングラはフードの下で不満そうに舌を鳴らしながら、リュシアンの後に続く。不気味な黒づくめの人物の介入に驚き棒立ちになっている群衆を背に正門を出ると、チャペル・ロードを越えた先に広がる森の奥に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ