146話
「教会と民衆を裏切りアルベスク側についたということは、エミリアは奴らの同胞になったと考えるべきだろう。己の糧とするためにああして羊の血を抜き取った……そうに違いない」
「さっき言ったじゃないか……シスター・エミリアはまだ清いままだと。城に棲む者たちへの手土産として羊の血を採取したのだろう」
「手土産だって?ははっ……そんな馬鹿な。自分で飲んだに決まってるさ」
「あの娘がヴァンパイアでなければ都合が悪いのか?」
くつくつと笑うモーリスを見て、彼はひどく不愉快そうに唇を曲げる。
「――この際、もう何でもいい。ヴァンパイアであろうとなかろうと……エミリアは魔物の手下に成り下がったということだ。あの城の者たちの正体と悪事を明かし、彼らに味方していたエミリアも同じく晒し上げ……おのおの然るべき罰を受けてもらう。あなたも協力してくれ」
意気込むギルバートは彼からのいい反応を期待した。だがしかし、その返答は意外なものだった。
「断る」
「なぜ……」
モーリスはまるで見えているかのような手つきで腰に提げているナイフを引き抜き、切れ味を確かめながら言う。
「魔物の巣窟に少人数で踏み込むのは危険すぎる。城にはヴァンパイアが4匹、ワーウルフ、そして得体の知れない精霊がいるんだ」
「ケンプベルの平和を脅かす魔物たちを野放しにしておくつもりか」
「俺だって命は惜しい。悪いが他をあたってくれ」
表情を濁らせたギルバートは、失望感が胸に満ちていくのを感じながら目の前の男を鋭く睨み据える。
「オズロッド作戦を決行し王国を勝利に導いた英雄が、そんなに臆病だとは思わなかったぞ」
その言葉を聞いたとたん、モーリスはナイフをいじる手を止めて彼の方に顔を向けた。
「なんだと?」
彼の威圧感に内心気圧されつつも、ギルバートは顎を上げて居丈高に言い放つ。
「とんだ小心者だ。使徒だのなんだのと名乗って恥ずかしくないのか?」
モーリスはしばらく唇を引き結び黙っていたが、やがて皮肉まじりの笑みを口角に滲ませた。
「俺を愚弄するか。人に媚びることしか能がないと思っていたが」
「力を貸してくれ、モーリス。この機会を逃す手はない。エミリアには俺の前から消えてもらう」
「ギルバート……人間関係ってのは損得勘定で成り立ってる。わかるだろ?あんたの手助けをして、俺に益があるのか?」
「もちろんだ。協力してくれたら、聖杯会専属の祈祓師として迎え入れ厚遇するよう上層部と話をつけてやる。障がいがあるからと言ってあなたを正式な祈祓師に任命しなかった教皇庁の鼻を明かすことができるぞ」
ふたりは顔を合わせたまま沈黙した。ギルバートはこのときすでに確信していた。彼は必ずこちらの期待通りの反応を返してくるであろうと。
「――いいだろう」モーリスは溜息と共に頷いた。「まずは城の偵察だ」
窓の前に立ち低く告げた彼の向こうで、ヨークエヴァの町が不吉に煙る。
安静にしていなさいとエミリアに言い含め、ゲストルームを出ていったマクドウェルはほどなくして戻ってきた。
「待たせたね」
にこやかな彼に続いて使用人が数人入ってくる。指先で涙を拭ったエミリアは、キッチンワゴンで運ばれてきた朝食に思わず言葉を無くした。
総勢5台のワゴンに乗せて運ばれてきた料理は、これまで一度も口にしたことがないものばかりだ。
山盛りにされた焼きたての白パンと、甘い香りを放つバターミルクビスケット。サーモンときのこのクリームスープがあたたかな湯気を立てている。こんがりと焦げ目のついた秋野菜のグラタン、マスタードが添えられた燻製タラの牛乳煮、チーズ入りオムレツ……硝子の大皿にはチーズやトマト、オリーブの挟まったサンドイッチが美しく盛りつけられている。
デザートはクリームチーズと林檎のパイだ。瑞々しいカットフルーツも運ばれてきて、それらすべてが大きなテーブルに並べられた。
マクドウェルにエスコートされ椅子に腰掛けたエミリアは目を丸くして、優雅に立ち回る使用人たちを視線で追っている。
食卓は手際よく整えられ、最後に温めたワインがカップに注がれる。空になったワゴンが出ていくと、長椅子に座り従僕たちを見守っていたマクドウェルが立ち上がり、気さくな笑みを彼女に向けた。
「朝食にしては量が多すぎるとお思いでしょうが、心身の回復のためには滋養をつけなければ。さあ、遠慮なさらず召し上がれ」




