121話
治安管理局の人間たちが向けてくる疑いの目から逃れても、世間の風当たりは以前にも増して厳しい。鐘楼で起こった怪死事件の現場にいたことが明らかとなり、今やエミリアは修道院の仲間たちから犯罪者扱いされていた。ケンプベルに住む多くの人々も彼女を白眼視しており、なかには異端審問にかけるべきだとレイモンド公に直訴する者もいたらしい。
レイモンド公は、さっさとエミリアを連行し拷問にかけるなりなんなりして口を割らせるよう治安管理局に通達したが、すぐにその命令を取り下げている。彼女の背後に、ハントピグリー国教会の最高位聖職者ロシュ・ゴドリックの姿があると知ったのだ。それを聞けばさすがの彼もうかつに手出しはできないのだった。
「エミリア……しばらくここには来るなと手紙を送ったはずだが」
シーツの上に横たわっていたリュシアンは難儀そうに起き上がって溜息をつく。後ろ手に扉を閉めたエミリアは小走りで彼の元に来ると、ベッドの脇に膝をついた。こうして城に来るのは実に一週間ぶりだ。
「許して。どうしてもお会いしたかったの……」
「まったく……しかたのない人だ」
そうは言いながらも、その表情は綻んでおり嬉しさが隠しきれていない。そばかすの散る愛らしい鼻を人差し指でそっとなぞると、
「これでも私は君を心配しているんだぞ。わかっているのか?」
「もちろん……」吐息のように答え、彼の手を取り頬ずりする。「わかっているわ。苦しいほど……」
最近のリュシアンは、日中のほとんどを寝室で過ごしている。
エミリアはそんな彼の変化に気付いていた。やつれた顔には覇気がなく、逞しかった体はすっかり痩せ衰えて、ひとまわり小さくなったように見える。体力もかなり落ちており、以前のように外を出歩くことができなくなってしまった。
彼女は“しばらく会わないでおこう”と綴られたリュシアンからの手紙を読んですぐにここへ来た。謹慎中にもかかわらず何度も修道院を抜け出しているのを心配してのことだろうが、そこには自身の変化を気取られたくないという思いも混じっているに違いないと考えたのだった。彼が自分だけの世界に閉じこもり、ひとり苦しむことをエミリアは恐れた。もうこれ以上、彼に孤独を感じさせたくはなかった。
相手を大切に想う気持ちはリュシアンも同じだ。先ほどの「心配している」という言葉に偽りはなく、彼はエミリアが罰せられやしないかと常に案じていた。自身の体に起こっている悪い兆候を隠そうとしたのは、周囲から悪意を向けられ思い悩んでいるだろう彼女によけいな心労をかけたくなかったからだ。
それぞれに抱えた問題が鎮静化するまで距離を置こうと決めていたがしかし、エミリアが城の鉄門を開け放つ音を聞きつけた瞬間、その決意は脆くも崩れ去ってしまった。帰れと言わねばと思う気持ちはあれど、庭園の敷石を歩くかわいらしい足音や、自分の名を呼ぶ声を聞いてしまえば無下にすることなどできるわけがない。
「今日は小麦の収穫祭よ」
ベッドから降りて身支度を整えているリュシアンの背中に、エミリアは穏やかな眼差しを向ける。
「ナックバレー大通りの装飾がとてもきれいなの。民族衣装を身にまとった子どもたちが賑やかな音楽とともに山から下りてきて、リボンや、花や、いろとりどりのガーランドで飾りつけられた通りを踊りながら練り歩くのよ。あの美しさをあなたにも見せたいわ。いつか一緒に行きましょうね」
今から行こうという言葉が舌の先まで出掛かったが、リュシアンはそれをぐっと飲み込んだ。エミリアの笑顔が見たい、甘やかしてやりたいという気持ちはあったが、彼は微笑んで頷くに留める。
魔力が底をつきかけ弱っていることを知った同族が、人の姿をして町をうろついているとトニトルスから報告を受けている。街中でいざこざは起こしたくなかったし、何よりエミリアを二度と危険な目に合わせたくはなかった。
「ところで、門限はどうした。そろそろ帰らねばならない時間では?」
「収穫祭の日は、聖職者も修道者も式典に参加するために町へ出るの。祭は朝まで続くから、教会の正門は一晩中開いているのよ」
そっと息を呑んでリュシアンが黙り込むと、彼女は微かに頬を染め、小さな声で言った。
「夜が明けるまでここにいてもいい?」




