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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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120話

「メトゥスにはかわいそうなことをした……」

 リュシアンはまばたきの速さでウングラの眼前に移動し、視界を塞ぐように立つ。

「私がとどめを刺す覚悟を決められなかったせいで、無駄に苦しめてしまった。一思いに殺すべきであったと後悔している」

 ぎらぎらと輝く白銀の瞳に覗き込まれ本能的に恐怖を感じ、ウングラは震え上がった。

「……あ、あに……、あにうえ、」

「もう二度と同じ過ちは繰り返さない」かたい毛で覆われた妹の頬を両手で包み込み、彼は続ける。「私に刃向かう者があれば、決してためらわず……しかるべき罰を与えよう」

 主人に見据えられたウングラは身動きひとつとれず、黒々とした蝙蝠の目をぎょろつかせるばかりだ。

「ウングラ・エクリプシ・イーリオ。おまえとの契約を破棄する」

 甘くやわらかな声で告げたリュシアンは、ベルトに下げていた短剣を抜き放った。

 一筋の光が薄闇を裂き、ウングラの頭が宙を舞う。

 胴体から切り離された頭部は弧を描いて床に落ち鈍い音を立てた。見開かれた黒い目玉がリュシアンを見上げる。細かく鋭い歯を噛み合わせ、まだ何か言おうとしているのがわかる。

 そのとき、背後で小さな悲鳴が聞こえた。振り返った彼の目に、ファヴィラの姿が映る。

「ああ……!我が妹よ……」

 彼女はわななく唇を押さえ叫んだ。

 その声に反応するようにウングラの生首が呻く。その途端、それまで意思を持っているかのように立ち尽くしていた首なしの体が泥のように崩れ、冷たい液体となって石の床の汚れと化した。

 ふたりの妹の死を目の当たりにしたファヴィラは、ふらふらとリュシアンの方に近づく。

「お兄さま……」

「近寄るな」

 リュシアンは鋭く言葉を放った。足を止めたファヴィラは人形のような無表情を彼に向けたまま息を呑む。

「手駒をすべて失ったな……ファヴィラ。死んだ妹たちの代わりがほしいならラウマダハリの魔女を頼るしかあるまいが、あの女の前で膝を折ることは私に対する裏切り行為だ。私は、裏切者を許さない。床のシミになりたくなければ軽率な行動は控えることだ」

「とつぜん何をおっしゃるのです、お兄さま!北の魔女を母に持つ私にアルル・ニガを訪う理由はございません。母に頼み、お兄さまにお仕えする忠臣を新たに揃えますのでお待ちください」

「北の魔女はもういないじゃないか」

「――いない?」

「自分で殺しておいて、なにを驚いているんだ」

 顔色を変えたファヴィラは叫ぶように言った。

「殺めてなどおりません。母は生きています」

「ならば連れて来い」

 冷淡な声が響く。

 ファヴィラは目を伏せ、唇を結び黙り込んだ。

「これ以上エミリアとの仲を邪魔するつもりなら貴様も消す。覚えておけ」

 彼は憎しみのこもった眼差しでファヴィラを睨み据えながら一歩二歩と後ろに下がり、やがて闇の粒子の中に溶け消えていった。



 地下室に保管していた血液はすべて廃棄し、リュシアンは人間だった頃の食生活を続けた。その行動は徹底しており、彼は今、動物の血すらほとんど摂取していない。

 そうすることで魔力は著しく低下したが、人の体に近づいたという実感――吸血欲求の沈静化や再生能力の喪失といった肉体的変化だ――は特になく、ただ飢餓感と疲労感が増すばかりだ。

 一方、謹慎中のエミリアはまだ教会からの正式な処分が言い渡されておらず、典礼や冠婚葬祭への出席を許されないばかりか、聖堂での礼拝すら禁じられる生活が続いていた。その間、グラーツ博士の件で治安官から話を聞かれることもままあったが、エミリアは毅然とした態度を貫き、事件とは無関係であると主張している。

 この町の治安官はふだん、権力を笠に着て好き勝手に振る舞い、顔つきや態度が気に入らないというだけで投獄するような無法者たちであるが、教会関係者にだけは常に礼儀正しく振る舞っていた。修道女であるエミリアに対する態度も、威圧的ではあるが脅威を感じさせるほどではない。みな一様に紳士的で、むりやり罪を認めさせようとすることもなく、乱暴を働いたりもしなかった。

 なぜこんなにも対応が違うのか――その答えは宗教にある。彼らはその残虐性に似合わず非常に信心深い一面を持っており、神の傍に仕えることを許された聖職者や修道者を理不尽に扱えば天より罰が下されると恐れているのだ。

 エミリアを犯人とする明確な情報も証拠も依然として出てきていない。彼女に伸びた捜査の手は緩みつつあった。

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