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FATUM  作者: 紙仲てとら
第三章

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118/136

117話

 ふたりで過ごす短い夏は、駆け足で過ぎ去ろうとしていた。

 離れていた400年を埋めるかのように、彼らは多くの時間を一緒に過ごした。隣村の森を散策したり、もう使われていない監視塔を隠れ家として整え、眼下に広がる景色を眺めながら一日中語り合うこともあった。

 これまでリュシアンは日中出掛けることを好まなかったが、エミリアと頻繁に交流するようになってからは、積極的に外出するようになった。薄暗い闇の中ではなく、明るい光の中で笑う彼女の姿を目に焼きつけておきたかったのだ。

 エミリアも「できるだけ人間らしく生きたい」という彼の思いを汲んでいたようだ。水の流れを嫌う彼が運河の張り巡らされた森の中を歩いたり、太陽の下で長時間過ごすことを密かに心配していたが、誘われたら断ることはなかった。ふたりで重ねたこの思い出が、のちに彼が抱えることになる孤独の癒しになればいいと、彼女は願っていた。

 ふたりは人のいない自然のなかで逢瀬を重ねた。エミリアはリュシアンの体を気遣い、太陽の光が強い日に出掛けるときは彼に必ずパラソルを持たせ(ピクニックに行くときなど、彼は「荷物になる」と言っていつも嫌がった)、休憩するときは必ず大きな木の陰を選んだ。リュシアンもエミリアの境遇を思い、人けのない森の中で楽しめることを探した。不自由なことはあれど、彼らは果てしなく幸福だった。どちらからともなく絡ませ合う指は甘やかな愛のぬくもりに満ち、見つめ合う眼差しには慈しみと淫靡な情欲が混在していた。互いへの想いを裡に秘めたふたりの関係は、友と呼ぶにはあまりにも近く、恋人というには足りない。

 幸せの絶頂にあるエミリアのことを、密かに追い掛け回している男がいる。

 聖ラディウス教会の修道士ギルバート・デインズだ。

「シスター・エミリアの処分はまだ決まらないのでしょうか」

 透き通るように美しい声が聖堂に響く。祭壇前で祈りを捧げていたトマス神父は亡霊のようにゆらりと立ち上がり、指をほどいてギルバートに振り向いた。

「エミリアの信心深さと献身的な姿勢に感銘を受けたロシュ・ゴドリック大主教は、いずれ彼女をヨークエヴァの教区長に据えようと考えているようです。我々の独断で役職を取り上げたことをお怒りで、追放処分などもっての他であるとおっしゃっています」

 床を見つめていたギルバートは舌打ちしたいのを堪え、暗然たる顔を上げた。

「ゴドリック大主教を説得できるのは神父様だけです。このままでは教会に対する民衆の不信感は高まるばかり……大主教の命でシスター・エミリアを追放すれば、彼らの溜飲も下がることでしょう。これ以上ぐずぐずしてはいられません。一刻も早く大主教に現状をご理解いただき、民意に沿った正しい決断を下していただきましょう。そしてここ聖ラディウス教会が神の庇護と恩恵、そして邪悪を祓う聖なる力を授かっていることを広く知らしめるのです」

「一介の修道士に意見されるとは……私も落ちたものだ」

 トマス神父は尖った声で口にすると、どろりと淀んだ目で彼を睨みつける。その顔には以前の柔和な面影はない。眼窩は落ち窪み頬の肉は削げ落ちて、すっかり別人のように変わってしまった。衛生観念が著しく低下しており、もう何日も沐浴を拒否し同じ祭服を着ている。気が立っているのか常に落ち着きなく体をゆすり、黒ずんだ爪は噛み痕だらけだ。夜もよく眠れていないようで、目の周りは黒い隈で覆われていた。

「ギルバート……君も他の修道者たちと同じように私のことを、大主教のお心ひとつ変えられない無能な司祭であると、下に見ているのですか?だからそんな物言いを?」

「そんな……滅相もございません」

 震える声でつぶやくと、ギルバートは片膝を付き頭を下げる。そして、上目遣いで神父の方を窺い見た。

 教会内でのエミリアの立場が悪くなりギルバートが副助祭代理を名乗り出て以降、このふたりの距離は急速に縮まった。今や彼は助祭を差し置いて、トマスの最側近と認識されている。

 いち早くエミリアの異変に気づいたギルバートは現在も彼女の監視を続けており、その内容をトマスに報告することが日課となっていた。彼の語るエミリアの陰謀をトマスは初めこそ話半分に聞いていたが、リュシアン・アルベスクの件で彼女との関係が険悪化してから徐々に信を置くようになり今に至る。

 エミリアが副助祭から外されたと聞いたときギルバートは、これまでの苦労が報われたと思い気も狂わんばかりに喜んだ。そして、次にこの役職を預かるのは自分であると確信した。教会に対するこれまでの献身がついに評価されるのだ。

 ここでトマスの機嫌を損ねるわけにはいかない……冷たい汗が額に滲むのを感じながらギルバートは、媚びるような笑みを唇に浮かべる。

「神父様……私は決して裏切らず最後までお供いたします。大主教が私たちの意見に耳を貸さずシスター・エミリアを庇い立てするならば、それもよいでしょう。彼女がケンプベルに災厄をもたらせば、我々の忠告を無視した大主教は糾弾され、その座を追われるに違いない。次期大主教は、ケンプベルを守るため神の敵と戦ってきたあなた様しかおりません。どうか私たちを正しい道にお導きください」

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