116話
「相思相愛の関係であったというのに――前世の私はどうしてあなたとの永遠を受け入れず死という別れを選んだのかしら……」
「出会ったときにはすでに既婚者だった。3人ともだ。みな私のことを深く愛してくれたが……だからといって、夫と子どもを簡単に捨てられるわけがない。そういうひとだとわかっていながら私は愛を乞い、ひどく苦しめてしまった……」
心中複雑になりながらエミリアは黙り込む。
「彼女たちは終わりのない命を恐れているようだった。エミリア……君はどうだ」
リュシアンは起伏に乏しい声で問うた。エミリアは顔を横に振り、
「私が恐れているのは、愛する人に心を閉ざされてしまうことよ……果てのない永遠を生きるよりもそっちの方がずっと怖いわ」
そうか、と短く答えた彼を見つめ返し、憂いに沈む表情で続けた。
「リュシアン……あなたはどうなの?不老不死の体で死生観と向き合ったとき、恐怖を感じたことはある?」
「生き続けることも、死ぬことも、恐れてはいない。私が恐れるのは孤独だ……マリアンヌの魂を宿す者に存在を拒絶され、誰にも理解されない絶望を抱えながらこの世を彷徨い続けることだ」
「――その孤独から抜け出す手段を、あなたもご存じでしょう」
言葉が途切れる。黙ったまま表情ひとつ変えないでいるリュシアンを見つめ、エミリアは続けた。
「不死身といわれるヴァンパイアも、頭を落とされたり心臓に致命傷を負うと復活することはできない。魔物としての命を手放せば、あなたはまた……」
そこまで言って、エミリアは唇を引き結んだ。グラーツ博士の遺体を思い出したのだった。
「いちど死ねば、人として生まれ変われるのではないかと……そう言いたいのか?」
リュシアンは泣いているのか笑っているのかいまいちわからない顔で、空に目を移す。彼の横顔に射るような眼差しを向けたエミリアは、脳裏にこびりつく博士の死にざまを振り払い切迫した声で訴えた。
「いつまで、死よりも恐ろしい孤独に囚われ続けるつもりなの?私たちの運命が繋がっているのなら、死後も魂は結びついたままのはず……離れた場所で生まれ育ったとしても、きっと巡り会えるわ」
「エミリア……。“きっと”じゃ駄目なんだ。“絶対”でなければ」
哀愁まじりの息をついたリュシアンは淡々と続ける。
「再び巡り会う前に人間としての生を取り戻したいと、銀の刃で心臓を刺し貫き命を断とうとしたこともある。だが……死んだら君の存在を忘れてしまうかもしれないと思うとどうしてもできなかった」
彼は目を伏せた。白金色の睫毛が下まぶたに濃い影をつくる。
「出会いと別れを繰り返して900年以上、一度たりとも君から私を探してくれることはなかったし、偶然出会うこともなかった。なにしろ君は、私を覚えていない。死ねば、きれいに忘れてしまう。初めましてと挨拶し合い……また一から関係を築くことになる」
エミリアの菫色の瞳は、涙に濡れていた。それに気づいたリュシアンは、目のふちからこぼれ落ちそうになっている雫を指先で掬ってやりながら続ける。
「私が君と一緒に死んで百年後同じ時代に転生したとしても、互いに記憶を無くした状態では再会することは不可能だろう。それに……北の魔女の助言も無視できない」
「――ターシャ・ベルーカ……」
その名を小さく口にしたエミリアに、彼は神妙な顔で頷く。
「彼女は私に言った。肉体が滅びれば、それと同時に魂も消滅すると。つまりいちど死んだら、永久にこの世界に戻ってはこられないということだ」
「そんな……」
「もちろん真実かどうかはさだかじゃない。私のような怪物が死んだらどうなるか、誰にもわからないんだ」
リュシアンは目を細めた。あきらめの滲んだ儚い微笑みだった。
「じゃあ、あなたは……この先も孤独に生き続けるというの?」
エミリアはリュシアンを見つめる。彼はその瞳に揺れるかなしみをなだめるように、やさしい眼差しを注ぎつつ言う。
「そうだ。私は生きる。できるだけ人間らしい生活を営みながら」
「リュシアン……」
「やっと見つけた生まれ変わりが修道女だと知ったときは絶望したが、今は待っていてよかったと思っているんだ。神に仕える聖なる者と呪いを刻まれ墓から蘇った魔物……相容れぬ関係だがこういう形での再会も悪くない」
「本当に、そう思ってくれているの?」
「ああ。君はなかなか面白い。生涯で真の友と呼べるのはきっと君だけだ」
恋慕の情を友愛の裏に隠し……リュシアンは目を閉じて、わずかに口角を上げた。
エミリアは上体を起こし、その端整な顔を覗き込む。目を閉じたまま彼は、それに気づかないふりをして続けた。
「嘘じゃない。いま、心はとても穏やかだ。満足している」
言葉の端々に滲む愛と孤独に触れたエミリアは、涙をこらえながらリュシアンの手に頬ずりする。そのやわらかく心地よい感触に彼は薄目を開け、愛する女をアイスブルーの瞳に映した。
ふたりは静かに見つめ合う。
「私が死んだらまた見つけ出してくれる?」
問われたリュシアンはためらう素振りもなく頷いた。
「どこにいようと、必ず」
万緑の風が彼の豊かな巻き毛をなびかせる。エミリアは、自分の傍らでのびのびと身を横たえているその男を狂おしいほど愛しく思った。
黙って見つめてくる菫色の瞳に、リュシアンはやわらかく微笑みかける。
「どうした?エミリア」
月の光を紡いだような髪に触れ、ほのかな笑みを浮かべた彼女は首を横に振った。
「いいえ。なんでもないの……」




