115話
「価値観や境遇はだいぶ違うみたいだけれど、性格はどう?似ているかしら」
「彼女の性格は――……はて、どうだったか……」
「あきれた。容姿だけしか見ていなかったのね」
横目で睨んだが、リュシアンは愉快そうに笑うばかりだ。いつになく明るいその表情を見たエミリアは、つられたように歯を見せて笑った。
今日のエミリアは修道服ではなく、シンプルな薄手のブラウスと綿のロングスカートを穿いている。手にはぺらぺらの麦藁帽。まるで農民のようだ。一方のリュシアンは夏の盛りだというのに相変わらず厚手のコートを羽織り、鹿皮の手袋までしている。
「ふたりの馴れ初めが聞きたいわ」
「それはマリアンヌと私だけの秘密だ」
「じゃあ……忘れられない思い出は?」
「思い出話なら語りきれないほどあるが……」
「ロマンティックな話がいいわ。ねえ、とっておきを聞かせてちょうだい」
目を輝かせたエミリアは期待の眼差しでリュシアンを見る。修道院の図書館に隠されていたたった一冊の古い恋愛小説を何百回と読むくらい、彼女はその手の話に飢えている。
「ロマンティック……」
思案顔でつぶやいたリュシアンは遠くに視線を投げて、薄く笑う。
「……――いや、これは言わないでおくとしよう」
「なによ、にやにやして」
エミリアは不満そうに唇を尖らせる。
「人の思い出など聞いたって面白くもなかろう」
「そんなことないわ」
食い下がったが、彼は首を縦に振らない。
「またいつか。気が向いたときにな」
「今がいいの。いつかなんてあてにならないわ」
「では10年後。それまで君が私の傍にいたら話してやろう」
「10年ですって!」あきれたといわんばかりに声を上げて目をくるりと回し、「この約束自体、覚えていてくれるかどうか。とぼけるのは無しよ」
「忘れやしないさ。なんなら、今日のこの会話をそっくりそのまま復唱してやってもいいぞ」
エミリアは明らかに信じていない様子で、訝しげな眼差しを向けてくる。その美しい顔を撫でるように、黄金の木漏れ日がちらちらと揺れている。
「できっこないことを言うのはよくないと思うわ」
「私のことを甘く見ないでもらいたいな」
彼は得意げにふふんと鼻を鳴らし、
「この体になってから記憶力が飛躍的に上がったものでね……覚えておくと決めたことは絶対に忘れない。君より前に転生した3人の女たちの愛らしいしぐさやちょっとした癖……それぞれが好んでいた音楽や本。なんでもない一日の出来事、何気ない言葉……すべて鮮明に覚えているよ」
「あなたが大切な記憶としてとどめておくのは、愛する人と過ごした時間だけ?」
「当然だ。取るに足らぬ人間や不快でつまらない出来事をいつまでも覚えていてもしかたがないからな」
それを聞いたエミリアは胸に小さな痛みを感じた。
「ならば……あなたに愛されない私はいつか記憶の底に沈められてしまうのね」
はっと息を呑んだリュシアンは、見開いた目を彼女に向けた。
「エミリア――」
言いかけた唇を、細い人差し指がそっと塞ぐ。
「なにも言わないで」
どこかさみしげな顔をした彼女はリュシアンから目を逸らし、青い空にたなびく雲を見上げる。そして物思いに耽るような表情で黙り込んだ。
リュシアンの気配をすぐ近くに感じる。草の上に投げ出した腕をすこし動かすと、親指の背が彼の指に触れた。
その瞬間、リュシアンはエミリアの手を絡め取り、やさしく握りしめる。
彼の肌はやはり氷のように冷たかった。手を握り返したエミリアは、憂いに満ちた目を伏せる。
白く薄い皮膚の下を流れる冷えた血。彼は永遠を生きる美しき魔物だ。
(永遠……)
エミリアは胸中でつぶやく。
彼女は、永遠というものを信じたことがない。求めたとして決して手に入れられるものではないと思っていたし、望んだこともなかった。
前世の自分はリュシアンと永遠を生きることを拒み、老いて死ぬことを選んだと聞いた。今はどうだろうと、エミリアは考える。この瞬間、永遠を共にしてほしいと言われたら彼と生き続けることを選ぶだろうか。この男を再び孤独な闇の中で待たせるとわかっていて、それでも願いを受け入れず死出の旅路につくだろうか……
出会う喜びと別れの痛みを繰り返しながら、亡き妻の魂が転生するのを一途に待ち続けるリュシアンの姿を想像し、胸が張り裂けそうになる。彼を愛し彼に愛されていたのなら永遠を手に入れ、共に生きる道を選べばよかったのだ。エミリアは前世の自分に対しそう思わずにいられなかった。




