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《原始設計》

「……私は、あの男が憎いの。」

エリカは静かに、しかし確かな重さを伴ってそう言った。


空は何も言わなかった。

ただ、彼女が続けるのを待っていた。


彼自身もジェイソンを嫌悪している。だが――最大の被害者は、間違いなくエリカだ。

婚約者から側妃へ、そして王妃へ。

彼女の人生の大半は、あの男の意思によって歪められ、弄ばれてきた。

裏切られ、欺かれ、閉じ込められ、

挙げ句の果てには「愛」という名目で、すべてを背負わされ、国を支える役割を強制された。

人々がそれを「二人の愛の物語」だと語るたび、

空は吐き気と怒りを覚えた。


「皆がどう思っているかは分かっているわ。

 私があの男を憎むのは、愛を裏切られたからだとか、子どもを失ったからだとか――そういう話にしたがる。」


エリカは淡々と続ける。


「確かに、子どもの件で恨みはある。

 でも私が憎んでいるのは、“失ったこと”じゃない。」


彼女はゆっくりと視線を落とした。


「――“産まされること”そのものよ。」


空の指先が、わずかに強張る。


「どうして、私の身体を使って、望んでもいない存在を育てなければならないの?

 “胎児は無垢だ”なんて、そんな都合のいい言葉、私は信じない。」


その声には激情はなかった。

むしろ、すべてを見切った者の冷たさがあった。


「最初の妊娠を終わらせた時――私は、心から安堵したわ。

 今でも、あれは正しかったと思っている。」


エリカは、ずっと前から分かっていた。

自分が「母親」には向いていないということを。

ティムを産み、エドワードを産んでも、

人々が語るような“自己犠牲の愛”は、彼女の中には芽生えなかった。

ティムを愛していないわけではない。

だがそれは――母の愛ではなかった。

彼女にとってティムは、

育てた存在であり、導く対象であり、

時に部下であり、時に弟子のような存在だった。

熱に浮かされた夜に寄り添ったのはアンジェラであり、

アカハンの各地を巡り、治療法を探したのはドグだった。

エリカではない。


ティムがレイを連れて現れた時も、

アンジェラとドグは強い拒絶を示したが、

エリカはほとんど迷うことなく受け入れた。


そして、エドワード。

エリカは、自分が残酷であることを理解していた。

だが、あの子を愛することは――最後まで出来なかった。

母として振る舞うことはできる。

王妃としての役割も完璧に果たせる。

だが、その内側は常に冷え切っていた。

ジェイソンが時代遅れの教師を呼び寄せ、

エドワードに古い価値観を叩き込ませていた時も、

エリカはただ、静かにそれを見ていた。

止める理由がなかったからだ。

エドワードが父に似た存在へと成長しても、構わなかった。

必要なら操ればいい。

不要なら廃すればいい。


ティムを、王族の傍系の女性と結び、

王位を継がせる――それで済む話だった。

エドワードが自らの意思で、

ジェイソンと共にアンジェラとティムに手を下そうとしたその瞬間――

エリカは、完全に彼を切り捨てた。



「ジェイソンがあの姿になったのを見て、正直……気分が良かったわ。」

エリカは微かに笑った。


「ようやく分かったでしょうね。

 あの時、私がどんな気分だったのか。」


そして、静かに続ける。


「でもね――本当に憎んでいるのは、そこじゃない。」

彼女の瞳は、どこまでも澄んでいた。


「私から、“選ぶ権利”を奪ったことよ。」


「人形みたいに、誰かの都合に従って生きるしかなかったあの時間を――私は、絶対に許さない。」


空は小さく息を吐いた。

「……その感覚は、分かるよ。今でも時々、夢に見る。ディマン王国の実験室で、“水の器”として扱われていた頃のことを。」


「ねえ、覚えてる?」

エリカがふと問う。


「昔、二人で話していた未来のこと。」


「覚えてるよ。」


空は苦笑した。

「今やってることとは、ずいぶん違う。思い出すと、ちょっと笑えるくらいに。」


「私は、そんなに変わってないわ。」


「え?」


「学院で研究を続けて、最上位の魔術師になる。その力で国家を掌握する――そう言っていたでしょう?」


空は笑った。

「それ、今の方がスケール大きくない?」


「私は最初から、王家の血をより濃く持つ側だったもの。婚約がなくても、いずれ王宮に入っていたわ。」

少し間を置き、続ける。


「ただ……本来の流れなら。」


空もまた、言葉を継いだ。

「――俺は、ずっと君の隣にいたはずだ。」


エリカは否定しなかった。

二人の脳裏に、あの本がよぎる。


《原始設計》。


神に書き換えられる前の、

本来あるはずだった人生。

そこでは――

ティムは、エリカと空の子として生まれるはずだった。


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