第四話 三人(のうちの一人)とのデート
#第四話 三人(のうちの一人)とのデート
レオン様は私の的確な指摘を受けても表情一つ変えず、それどころか私を置いてお仕事に出掛けられてしまった。
呪われているとは言え、武官として重用されている身、きちんと職責を果たしたい、とおっしゃる。
偉いけれど、呪いを解く方が大事じゃない?
遅く帰っていらしたのに気付いたので、お迎えにあがると、泥の付いた顔を破顔させて抱きつかれた。
「クロ、ただいま」
んもう、今日だけよ。
一人のお食事は寂しいので、私もお茶だけお付き合いする事にした。
「今は戦争が起きていないからよいものの、帰って来られない日はどうするのですか?エイル様が戦場でお役に立つとは思えないのですが」
「寝なければ大丈夫なんだ」
へーへーへー!
呪いの切り替えは睡眠なのか!
だとすると、お昼寝もアウト?うたた寝は?
疑問が次から次へと湧いてくる。
「それにしても、このままじゃ困りますね。呪いを掛けた魔法使いなら解呪の方法を知ってるかも知れません」
「クロ、俺はこのままでも充分だ。むしろ解呪されて俺がいなくなる事の方が怖い。それに折角まとめ上げた部隊を放棄するのは無責任過ぎる」
難しすぎる!一体どうすればいいの!?
「分かりました。では一旦解呪の方は脇においておいて、私は父の商談をお手伝いします」
「てことはルークだけ特別か、羨ましいな」
「んもう、ではレオン様も何かお手伝い出来る事がありますか?」
「帰って来た時におかえりと言ってくれて抱きしめさせてくれれば充分だ」
なんだか、瞳を見つめられて逃げ出せなくなった。
「エイル様、おはようございます」
「ちーちゃんおはよう」
相変わらず嬉しそうにしっぽを振って近寄って来るけれど、このしっぽが他の人には見えないだなんて損してると思う。
バカ犬だと思っていたけれど、無邪気に無防備に近寄って来るので可愛い気もして来た。
つい仔犬のつもりで頭を撫でてやると、背伸びしてほっぺを舐められた!
「令嬢にそんな事をしてはダメです!」
頭を両手で挟んで髪をぐしゃぐしゃにして、顔を横から挟んでめちゃくちゃに揉んだ。
叱る気になれず、つい甘やかしてしまう。
朝食のテーブルに着くと、前子爵夫妻がにこにこと微笑んでらっしゃる。
「クロエ嬢、おはよう。気分はどうかな?」
「ええ、とても気持ちのよい朝ですね。ゆうべ遅くお帰りになったレオン様も一緒だともっと良かったのですが」
「きゅーん、僕じゃダメ?」
「いいえ、エイル様も朝からお元気で私も元気をもらえます」
「やっぱり女の子がいると華やぐわね。うちはほら、男ばかりだからむさ苦しくて。クロエちゃんみたいな女の子がまとめて面倒見てくれると嬉しいわぁ」
お義母さま?なんか三人いる事になってますけど大丈夫ですか?
「ところで、エイル様は今日はお仕事なさらないのですか?」
「今日はお呼ばれしてないからお仕事ないよ」
どうやら、仕事の日には誰か(多分伯爵家)から人が来て連れていくらしい。人さらいがいないので今日はお休みと分かるのだそう。自分のペースで休みが取れないのも結構辛いと思う。
「それでは今日一日お暇ですわね。お世話になってる皆様にお礼の品を買いに行きたいのでお付き合いください」
「きゅーん!」
それが「はーい」なのか、「わーい」なのか、はたまた「やったー!」なのか気になるところだ。
きゅーんだと「やだー!」なのかも知れないし。
馬車に乗るとエイル様は窓の外を眺め始めた。次から次へと流れる景色を追いかけ、途中に人がいるとそれをじっと見つめ、時々私を見て何かを目で訴えている。これ、本気で犬じゃない?
遠くで馬が走っているのを見てうずうずしているのが分かる。
ピンと閃いた。
ルーク様はきっと子供の頃に犬を飼ってらした。そのせいで三人が一人になるだけではなく、犬も混ざってる。違う?
街について馬車を降りると御者に聞いてみた。
「ルーク様は子供の頃に犬を飼ってらっしゃいましたか?」
「ええ、よくお分かりで。大変可愛がってらっしゃって、亡くなった時には何日も泣いてらしてかわいそうでした」
やっぱり!!!
納得したのも束の間、エイル様がいない事に気付いた。慌てて辺りを見回すと、遠くに走っていくのが見える。犬を散歩に連れて行く時にはリードが必要なのか。
このまま放っておくと何か事故に巻き込まれそうで不安になり、つい叫んだ。
「エイル!ステイ!!!」
あれほど無邪気に走っていたのに、ピタリと動きが止まる。
あ、やっぱり犬だ。でも躾はちゃんと出来てるみたい。
「エイル!カムヒア!」
振り向いて一目散に走って来る。脇目も振らずに走ってくるのでそれはそれで怖い。
あいにく人にもぶつからず私の元に駆けて来て、そして飛び込んで来た!
慌てて両手を広げて抱きしめる。
「エイル様、令嬢に抱きついてはダメです」
「ちーちゃんごめんなさい。嬉しくて」
伏せた耳、今回は事故に繋がらなかったからいいけど、一人にしてはダメね。
「分かればよろしいです。それと、一人で勝手に行ってしまってはダメです」
それで手を繋いで歩く事にしたけれど、時々何故か令嬢が寄って来る。
「きゃあ、エイル様!」
「エイル様お元気ですか?」
「エイル様可愛い!」
「エイル様ぎゅーっ」
・・・。これか。これがこいつを助長させている。
幼くて仔犬のようで、やたらしっぽ振って懐いて来る。確かに可愛い。
木工細工屋に行って、自室で使う木のカップを買う事にした。書き物をする時やくつろぐ時、冷めても木のぬくもりが残っているものの方がいい。
ルーク様はスリムで薄く軽く仕上げたもの、レオン様は厚くてがっしりしたもの、エイル様は両手に取っ手が付いた子供用のもの。
店を出る前からエイル様は喜んではしゃいでいる。
折角だから文房具商に行き、箱と包装紙でプレゼント用に仕立ててもらった。
我ながらいい買い物をした、と思って両手で荷物を持った。エイル様に持たせると落とすか、どこかに忘れると思ったからだ。
エイル様は聞き分け良く手を繋がなくてもきちんと横に並んで歩いてくれる。
馬車留めまで戻って御者に荷物を渡すのと、エイル様が走り出すのが同時だった。
何故このタイミング!
馬車が勢いよく走って来る。明らかに停車する雰囲気ではない。
「危ない!」
私が叫ぶのと、御者が私を抱きしめて馬車から身を守るのが同時。
ああ、エイル様!
馬車は急ブレーキを掛けたが馬車留めを通り過ぎた所で止まる。
そこかしこから怒声が飛び交う。私も令嬢でなければ地獄の底から怨みを込めた声を出しているところだった。
そんな事よりもエイル様!
見ると、エイル様は幼い女の子を庇っていた。
その子の母親が泣きながら近付く。
私も御者の腕を払い除けて駆け寄った。
「エイル様!」
「きゅーん」
「無事で良かった。女の子を助けてくれたんですね」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
母親は何度も何度も頭を下げ、女の子の身体が無事な事を確認して泣いていた。
エイル様は半分、かどうかは分からないけど、犬も混じっているから、いざという時の反応速度が早いのかも知れない。
私はエイル様を褒め頭を何度もぐしゃぐしゃにして、抱きしめた。
本当に良かった。




