難しい程シンプルで、簡単な程難しい
就職して社会人ライフを満喫していた颯斗にまた、東都大学の手が伸びる更に昔の幼馴染と鈴鹿の三人が加わり追い詰めるが颯斗はひらりと討論で交わし決別した。
またまたどうも、須走颯斗ですとんだ、誕生日でした。あの後、俺は、ファクトリーに戻り飲み直しました。バーボンのストレートを煽るように、イライラする、なんなんだ、あの女?と思いながら勢いで飲んでしまいました。悪い酒ですね?須河からメッセージが届いたのを既読スルー茂木からも来ましたが既読スルーしました。俺だって公正に評価されたいし、俺の成果を、発表したいです。しかし、必ず搾取されるあの女だってその一人だ、俺の成果を搾取しに来てるだけだ。ならもういいややめちまおうとなるわけですよ。どうせ俺の時間も社会出りゃ搾取されるその代価は給料に反映される何やっても搾取されるなら、金になる方を選びます。大学で成果出しても、金にならないただ単位と言う対価だけ、なら社会に出て、か労働時間を搾取されても金に変わる方を選んだ方がいい訳で、ちゃんと休日が貰え給料日に給料貰えた方が、まだましだと言うことで、退学することにしました。そうしたら、もう、あの女と会うこともない、課題や、研究依頼も無い、有るのは、整備士としての、技術のみこれが正解だったんだと思いました。次の日大学に行き、事務室の、窓口に行き「失礼します。本日現時点を持って須走颯斗は退学の意を表明します退学書をお持ちしました。」慣れ親しんだこの大学もこれでお別れだ、学生証も返却した。もうここに来ることはない。その足で、ハロワに行って仕事探しをする整備士を欲しがる会社は結構有るな?と思い気になる仕事を、ピックアップし面接のアポを取り面接当日面接を受けに行きました。中途採用なので研修は、そこそこに、いざ実戦、大手2輪専門ショップの正社員として、採用されチーフメカマンになりました。免許も大型二輪を持っており。二級整備士もある溶接技術もあるとなれば即採用され。初出勤をしました。ここなら知り合いも来ないから気楽に好きなことができます。俺は笑顔で「いらっしゃいませ!」と弾むような声で挨拶をする。「オイル交換ですねすぐ出来ますよお時間少々頂きます。」なんか新鮮だ。大学時代は、基礎理論だ、課題だ、レポート提出だに追われ睡眠時間削ってマシンいじり、今は、論文製作も無いし、仕事とは言え好きなバイクをいじれるし最高の環境です。会社の先輩が「お前のバイクどこのメーカー?」と聞いてきますが。俺は「エンジンはオンダの250ですが、フレームやカウルはオリジナルハンドメイドです因みにフロントフォークもリアサスも自分独自の設計ですよ?なので世界に一台のバイクです。」と答えると先輩は、驚いていた。先輩は「お前就職先間違えてるぜメーカーの設計とか、の方が良いのでは?」と言われたが俺は「いやいや誰も乗ってないバイクを自分で一から組み上げるのが楽しんですよね自宅にまだまだ初期のオリジナルハンドメイドバイク有りますよ。」写真を見せた。「いやここまで来ると職人だよ」と先輩達は絶句した。そんなこんなである日のことだった。店長から呼び出された。店長室にノックしてはいると店長から「こちら東都大学理工学部の小倉教授だ私の恩師だ」その後ろに見覚えのある三人が立っている須河、鈴鹿、茂木だ俺は「初めまして、主任メカニックの須走颯斗と申します。」名刺を渡し後ろの三人にも渡しながら耳元で「なんでお前がいるんだよ」とつぶやきながら渡した。俺は笑顔で「店長がお呼びと聞きましたが?」店長は「いやね?君ちょっと前まで東都大学理工学部にいたでしょ?小倉教授のゼミ支持してたと、教授から聞いてね?後ろの三人でチームプロジェクトとを進めているらしいのだが、実はそのエンジンや理論を、君が基礎設計したと聞いてね」言い切る前に俺は「なんの事やらさっぱりです。確かに東都大学理工学部に在籍したことはありますがたったの半年ですよ?ゼミにしたって転々と渡り歩き。最後に設計技師のゼミに顔を出した程度です。なので小倉教授さん?だったでしょうか?確かにお名前は、聞いたことはございますが、面識は有りませんね?あと〜、後ろの御三方に関しても見覚えはございません。以上ですが店長?他に何か?御用が無いのでしたら職場に戻りますね?」店長が「四輪車のとある学生が1年生の設計理論を盗作した事件が発覚してね?小倉教授は、色々と動いて調査をしたところその論文の最後のh&sと言うマークつまり本当の著者のイニシャルが書かれていた二輪のゼミに、提供してくれたその生徒さんのデーターログにもh&sが刻まれていた。颯斗須走君だよね?」俺は「違いますね。僕はもし書くとするならストレートに自分の名前を書きます。そんなまどろっこしい事やるわけないじゃないですか?それに四輪車?自分は初めからガキの頃から二輪しかいじってきてまそんよ。店長!こっちとら兄貴に6歳からバイクのメンテを教わり十三年二輪一筋でやってきたんすよ。トライアルやオフロード、サーキットあらゆるジャンルのレースもやりました。」須河は「俺はサーキットでメカ担当」茂木は「ダート担当は自分っす」鈴鹿は「トライアルのメンテやマシン設計はあたしがいや、この頃の一人称は僕だったわね?」須河が「正徳四天王にはもう一人須走颯斗が居た。」俺は「そちらの学生さんが知る須走颯斗君は相当な完璧超人のようで?私はまだまだこれからの、いや?一生涯勉強を続ける技術屋ですよ?多種多様なバイクを扱うメカ屋です会えるといいですねもう一人の須走颯斗君に店長、御用が無ければこれにて失礼いたします。」と言って部屋を去るのであった




