手に残る嫌な感触
◆◇◆◇◆
「はぁ…はぁ…」
手が痺れている、喉が裂ける様に痛いし、心臓の鼓動うるさい、鼓膜が張って音がくぐもって聞こえる
「(何で…あんなこと)」
砕ける瓶の音、頭蓋を捉えた生々しい感触がぶり返してくる。当たりどころが悪ければスタントマンでも死んでしまう暴力。いや、違う。あのままじゃこの子はきっと死んでいたかも知れない
「(本当にそうだろうか)」
特殊メイクとかじゃないか、演出の一部だったのかも知れない。それに割って入った俺の行動は傷害、当たりどころが悪ければ殺したかも知れない
現場から必死になって逃げる最中、後悔と怒りで思考がまとまりを失っていく、俺は息を整えるために一旦立ち止まる。目標だった宿屋の近くまで来た
◆
一抹の希望を持って振り返る。どうか、どうか
「(演出であってくれ…)」
振り返る前からわかっていた握る彼女の手は熱かった。血色を失い青ざめた顔、荒い息使い、乱れた脈拍、覚束ない足取り───これが演技なら主演女優賞を狙える
「おい、しっかりしろ」
『異国の方、ご助勢、かたじけなく』
「頼むから日本語を喋ってくれ
英語でも構わないからさぁ!なぁ!!」
『すみませぬ、勉強は不得手故』
「クソ」
俺はウエストポーチからスマホを取り出し、『翻訳』を使う
「少し待ってろ、薬とってくるから」
『施し、は』
「言ってる場合か!いいか!待ってろ
助けも呼んでくるから」
俺は急いで宿屋まで走った
◆
宿屋の一階で"こと"の経緯を伝えて、自室まで急ぐ、1本は廃墟に置いて来た。袋に分けて入れておいてよかったと心底思う
自室の扉を勢いよく開け、袋の中から液体の入った瓶を取り出し、一階へと向かう
「(こんなの効くのか…)」
廊下の最中で邪念が過った
『回復薬』、リフレットで買った2本のうちの1本。しかし、大量失血に深傷、こんな子供騙しの様な液体に本当に効果があるのか?もし見かけ倒しなら
「(黙れ何もせず見殺しにするよりマシだ)」
瓶を持って一階へと急ぐ
◆
「(頼む効いてくれ)」
瓶の中身をうつ伏せで寝かされている女侍の背中にかける。俺の不安を置き去りに女侍の背中の傷が目の前で見る見るうちに塞がっていく
「よかった」
その場にへたり込む…それと同時に俺は薄ら寒いモノを感じた。この薬といい、傷口が塞がる速さといい、昨今の番組の演出としては過激を超えた演出の数々、裸なんて出せる程テレビは自由ではなくなった
「(やめろ、考えるな)」
傷口は何とか理解できる。特殊メイクで背中にあらかじめ傷を作っておいて、演者の攻撃で服が裂けて傷ができた様に見せかける。出血は血糊袋とかを使ったり
傷口が消えたのも特殊メイクを溶かし消す薬を『回復薬』として
「(…)」
これがもし番組の収録じゃないのだとしたら。俺は一体何処で、何をしているんだ?得体の知れない恐怖に体が震え始めた
力が抜け、支えるために手をつく
「っ痛」
突然の痛みに確認すると瓶の破片が俺の手のひらに深々と刺さっていた。それを引き抜いた
ふと最悪な確認の方法を思いついてしまった
「(俺のこの傷は本物だ)」
痛み、出血を伴った確実に本物の傷口。『回復薬』これを手にかければ演出か、そうでないかが判断できる。俺は、俺は使いさしの回復薬を見た
【ほんの少しだけ残っている】




