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「私に付いてきて下さい」
ぽつねんと立ち尽くす俺に、聖女が声をかけてきた。
「後のことは頼みます」
「はい。お任せください聖女様」
ここで俺は他の召喚者達とお別れのようだ。
大人しく聖女の後をついていく。
・・・・・・ケツもデカいな。
肉付きの良い尻に思わず目がいってしまう。
ていうか、いつの間にか前後左右に騎士が張り付くように歩いていた。
なんか俺、警戒されてないか?
平和ボケした日本の中年でも察することができる状況だ。
だがそう思っても、今の俺にはどうすることもできない。
塔の屋上から下の階へ降りる。降り続ける。
再び思う。
エレベーターとかはないのか、と。
「はぁはぁ・・・・・・」
おい。どこまで降りるんだよ。
万年運動不足の中年には堪えるって。
召喚された広場よりも更に下へ。マンションで八階分くらいは降りたんじゃないか。
息が切れ、膝がガクガクになってきた頃。
「・・・・・・こちらへどうぞ」
ようやく目当ての階に着いたようだ。
鉄製のドアが開かれる。
これといって装飾品のない、殺風景な部屋だった。
中央に木製の机と、対面用の椅子が二つ。
実用性だけを重視した、無機質な空気がある。
なんとなくドラマで観る取調室が頭に浮かんだ。
聖女に勧められるまま椅子に座る。
「あなただけ、まだ名前を聞いていなかったわね」
・・・・・・君、さっきまでと雰囲気が違くないか?
柔らかかった声の質が、どこか変わっている。
気のせいか。いや、気のせいじゃない。
「・・・・・・獄寺悪路だ」
「私、邪神の気を感じる能力があるの」
聖女のさっきまでの穏やかな声音とは打って変わった、冷たい声だった。
「はい?邪神?」
「よもや勇者召喚に紛れてくるとは」
「は?待て。一体何の話をしている?」
「とぼけるな、邪神の僕めッ!」
頬に衝撃と痛みが走る。
いってぇ!?
な、殴られた!?
「ぐっ・・・・・・なっ何のつもりだお前――ぐほぉっ!」
今度は腹に突き刺さるような痛み。
つま先で蹴られたようだ。
身体が椅子から浮き上がり、勢いよく倒れ、壁にぶち当たる。
「がっ・・・・・・おっ・・・・・・ぶはぁ・・・・・・っ!」
息が、できない・・・・・・!
もだえ苦しむ。
どこか骨が折れたか。
三十五年生きてきて、こんな痛みは初めてだ。
「殺してはなりません」
聖女の声が、機械のように淡々と響く。
意識が混濁していく。
「あ・・・・・・あぁ・・・・・・っ」
経験したことのない痛みに身体が痙攣している。
視界がぐにゃりと歪んだ。
「情報を引き出しなさい。後で報告を」
「はっ」
直後、俺の身体に再び衝撃が加わった。
そして俺の意識は、あっさりと途切れた。
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冷たく、少し濡れた固い石の感触。
「うっ・・・・・・ぐ・・・・・・っ」
糞尿と腐った肉が混ざったような凄まじく不快な臭気に、目が覚める。
ぼやけた視界には鉄格子が映った。
「はっ・・・・・・あっ、ああああぁ・・・・・・ぼえぇえ・・・・・・っ!」
耐えがたい臭気と感覚に、こらえきれず胃液を床にぶちまける。
恐怖からか、意味をなさないうめき声が漏れた。
身体の震えが止まらない。
あれからこの牢にぶち込まれるまでに受けた拷問が、脳内にフラッシュバックする。
身体中を切り刻まれた。
切り落とされた。
そして回復魔法で修復される。
それをただひたすら繰り返された。
それが俺の、異世界での初めての魔法体験だった。
「は、はははは・・・・・・」
乾いた笑い声が漏れた。
まさかこの年になって、あんなにも惨めに泣き叫ぶ羽目になるとは。
「くそっ、くそっ、くそおおおっ」
床に拳を打ち付ける。
本当に俺は何も知らないってのに。
邪神がどうの、加護がどうのと、訳の分からない詰問を繰り返し繰り返し。
悪夢だ。
だが夢じゃない。
ここは異世界で、暗くて、狭くて、臭い牢屋の中だ。
それとこの牢屋には同居人がいた。
明らかに死んでいるけどな。
性別も判別できないほど損傷の激しい遺体だ。
俺と同じように拷問されたのだろう。
放置されているのは、俺に対する脅しだろうか。
近い将来、俺もこうなると。
「うぶっ」
また吐き気がこみ上げてくる。
「はぁっはぁ・・・・・・クソが・・・・・・っ!」
怒りと恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
俺が何をしたって言うんだ。
日本じゃつまらないクソみたいな人生を歩んできたが、流石にここまで理不尽な体験はなかったぞ。
状況は最悪だ。
それでいて、どうすることもできない。
他の召喚者は今頃どうしているのだろうか。
俺がいないことで騒いだりしていないだろうか。
「・・・・・・はは」
するわけがない。
こんなしょぼくれた中年のことなど、誰も気にするわけがない。
窓もない石の壁。
滲む湿気。
遠くから聞こえる、何かが滴る音だけが牢屋に満ちていた。




