五話 前編
入隊試験の翌日、第六師団の執務室にはサイラスが書類を確認しながらサインと認証印を押していた。
彼の前には、綺麗に整理された書類が積み上げられている。師団長印の枠を除く他の枠は全て何かしらの文字や認証印で埋まっていた。
そして、彼の左前にある少し広めの机の主は書類を放置し訪問客用のソファに寝転んで目を瞑っていた。
窓を開けており、気持ちの良い風が吹く午後。程よく暖かい日差しが差し込んでいた為、昼寝をするにはもってこいの時間だといい目を瞑って数十分…寝入ったのか、全く身動きしない。
それが、第六師団執務室のいつもの光景だった。副官であるサイラスは特に文句も言わずに黙々と書類整理に打ち込んでいる。師団長である彼女は本を読むか、昼寝をするか、たまに頼まれる仕事をこなすかで、殆ど机の前に居らず仕事が滞うかと思った翌日には綺麗に処理された紙の束が積み重なっている。
昼間せず夜に書類整理をする癖があるせいか、昼夜逆転の生活になりかけている、自分よりも何十も若い娘の行動にサイラスもその点については叱るようにしている。
夜に寝て朝起きるように言うが聞く耳を持たない、或いは別の意図があるのかとにかく言うことを聞かない困った師団長である。
そしてあまりに酷い時は、総司令官に随時報告し、注意しても貰っている。
総司令官とその補佐官は彼女の事を人一倍心配している事を知っているからか、うるさく注意した数週間あるいは数ヶ月は大人しくしている。
そんな静かな時間が流れるその時、ドアが軽くノックされた。
サイラスが入室の許可を出し、ノックした者が顔を出す。
「お疲れ様です、サイラス。ユキ様はどちらに?」
「師団長でしたらそちらに。」
「ふわぁ〜ぁ…ここぉ〜」
アリシアが分厚いファイルを持って入ってくる。
間延びする返事を返しながらユキは起き上がり入口を向く。
「何か任務でも入ったの……?」
「昨日の最終試験の緊急会議と、振り分け作業をするので中央会議室に来てください。」
「はーい。」
ユキは立ち上がると背伸びをして歩き出し、アリシアと共に部屋を出る。
部屋から出ると部屋の扉の前には第六師団員の飾りをつけた男女二人組が見張りの為立っている。その横を通り廊下の角を曲がる。
いつも行く総司令官執務室を通り過ぎその先の中央会議室へ向かう。その道中にユキが口を開いた。
「突然な招集はいつもの事だけど、どうして振り分けまで?
いつもは誰か呼んでやってたでしょ?」
「第6師団に配属された方々に頼んでたんですが、今回はユキ様とロイに任せようと言うことに。」
「えぇ…ロイ義兄様だけで問題ないんじゃない?」
「ロイはユアン様の方を、ユキ様は最終確認を私と一緒にお願い致します!」
「左様ですか……。」
「ユアン様から…逃がさないぞ♡と言っておいてと言われてましたので今伝えますね!」
「嫌だなぁ……その言い方……。」
そんな他愛ない話をしていると目的の場所に着く。会議中の見張り番として2人待機しておりその者たちが扉を代わりに開ける。礼を言い扉をくぐると広い部屋の中に他の師団長達はもう揃っていた。
ユアンがこちらを向き、いつもの穏やかな笑みを向けてくる。
「お疲れ様…って感じでもないかな?」
「お昼寝してた。」
「また夜遅くまで起きて仕事してたのかい?困った子だね。そんな仕事好きな君にいいお仕事だよ。」
「そのようで、喜んでお手伝い致しますよ。」
「それは嬉しい限りだ!でもその前に昨日の事について話をしようかな?」
ユキとアリシアが席に着くのを確認したユアンは纏っていた雰囲気をガラリと変える。
「前置きはなしにしよう。
単刀直入に聞くけど…なぜ、入隊試験にドラゴンがいたのか誰か説明してくれるかな?」
そう昨日のあの翼竜はワイバーンではなくドラゴンだったのだ。見た目はワイバーンと酷似していて殆どの者達は気が付かない。だがユアンは直ぐに気がつく。だが試験を止めなかった理由があることに。
「ドラゴンだったのに試験を止めなかった理由は二つ。
一つは、パニック防止。
もう一つは、ーー対応力を見るためだ。
それを試す為にあえて止めなかった。だがもしそのまま死者が1人でも出ていた場合、騎士団側或いはこの国が、大問題になるところだったが大事にならずに済みはした。だが、もし試験者の中に勘づいた者がいたのならそれは話が違う。」
その声は冷たく、少し怒りが混じっていた。左右違う色をした彼の瞳は冷たく突き刺さる。
「そしてもう一つ。
入隊試験に出す魔物は一応全て私が直々に確認を取っている。
そして問題なかった。相手がワイバーンだったからね。
でも本番は違い、ドラゴンだった。
誰が急遽変えたのかな?」
ユアンの斜め前に座る、4~50代の大柄な男が口を開いた。
「恐れ多くも総司令官…我らも変更に関しては何も聞かされておりませんでした。魔物の管理は第一師団が行っていたにも関わらずこのような事態を招いてしまいました。申し訳が立ちません。」
騎士団で1番体格のいい男性の胸元には
赤い宝石の付いた装飾
第1師団 フェルゼン・ラム・パラメデス
「憶測でモノを語りたくはありませんが
騎士団の上に準ずる誰かがやったとしか言えません。」
細めの眼鏡をかけた男性、
黄色の宝石の付いた装飾
第2師団 ストラテジ・アイドニ・ケイ
「まったく愚かにも程があるな……。」
小柄で少し老けている男性で、
オレンジの宝石の装飾
第3師団 デファンス・アオフシュタント
「誰がやったにしろ、オオゴトよ?
騎士団の存続と信頼を脅かしたわ。」
アルレシアがトゲのある言い方をした。その物言いにフェルゼンは苦虫を潰したような顔をする。
「早めに事を片付けなければ、もし真実が露見してしまえば他国の頭や試験者の家族がが何かしら行動を起こしかねん。」
ロイが頭を抱えながら言う。全員が難しい顔をしていた。
ユキはと言うと、用意されていた紅茶を飲みながら様子を伺っていた。
「誰がどのようにしたかは後で尋問すればいい。
フェルゼン殿、管理を担当していた者たちからの報告は何かあった?」
「今、試験担当の者と管理していた者達。関わった人物全てに確認を行っており調査中にございます。お時間を頂き、申し訳ありません。」
ストラテジが顔を上げ、ユアンを真っ直ぐにみる。
「これは、ミスとは言い難いことです。間違いなく誰かが総司令官に黙ってやったとしか言いようがない。」
「もしそれが本当なら追放ものよ?」
お互いがお互いを疑い睨みをきかせる。
この騎士団は各師団長仲が悪く第四師団、第五師団、そして第六師団はそうでも無いが第一師団から第三師団に関しては何かしらで揉めている。
ユキはいつも巻き込まれたく無い為か傍観している。
誰が悪いにしろ、犯人が分かればその師団の長が
罰則を受ける。
すみませんでしたで済めばいい問題では無い。だが先に謝って置けばそれだけ刑も軽くで済む時もある。
大人は皆意地っ張りだと呆れていた。
「とにかく、これは今後ないようにしなければいけない。それに、[ファントム化]したモノを対処できる人材はそう居ない。重々承知しておいて欲しい。」
ファントム化とは、死んだ魔物や人が何かしらの要因で生き返る事。そして生き返ったモノは凶暴になり無差別に殺してしまう。
未だファントム化について解明出来ていない点が多く、対処するのもかなり困難な為世界中が頭を抱えている。
突然第三師団の師団長デファンスがユキに話の矛先を向けた。
「そう言えば第六師団長、貴方はなぜあの場所から離れていたのでしょうか?
師団長は試験監督としてあの場にいなければいけないはずでしたが?」
疑いを向けてきているのか、睨みながら言う彼を臆せず真正面から見つめ言い返す。
「ご存知でしょう、私はあのような場所が苦手でではありますが、ご存知の通り第六師団に配属される者は試験参加者にはおりません。それにあの時はたまたま席を外していただけです…。」
すると第二師団長が間髪なく発してくる。
「例えそうであれ、他にアリバイがない以上貴方が一番怪しく感じてしまいます。」
そう吐き捨てる。
どんなに優秀であろうが必ず5年程下積みしてからようやく幹部職につけるというものを、何処から来たかも分からない小娘が新設された師団長になったと言うだけで目の敵にしていた。
呆れた顔をして、億劫だと言わんばかりにため息をつき、口を開く。
「憶測でものを語るのは嫌なのではなかったのですか?
私も最初はあの場にいましたし……。
仮に私がしたとして、何故自ら倒さねばならないのですか?事を起こして笑うような者に見えますか?」
「ユキなら、最後まで笑って鑑賞しているわね。」
食い下がる事無く抗議するユキと間を置く事なくアルレシアが言う。だが、ストラテジは眼鏡を上げながら、すかさず反論してくる。
「手柄を欲しくて…いや、騎士団の信頼を落とすためだとか?理由はいくらでもあります。」
そこへ、黙って聞いていたロイが割って入ってくる。
「そこまでにして頂こう、ストラテジ殿。
彼女がそういう者ではないのはご存知のはず。
他師団、そして騎士団を陥れるなど言語道断だ。」
鷹色の瞳は睨んだ者を怯えさせる強い眼光をしており、言われているユキ本人よりも怒っている事が伺える。
「っわ、私はただ可能性を言ったまでですが?
そこまで強く言わなくとも…」
怖気づき吃りながらも言い返すストラテジ。お互いに睨み合いが始まる。
ほっとけばいいのに…とため息が出たがまた別のところからもため息が漏れた。そちらを向くと総司令官のユアンが頭を抱えていた。そして面倒くさいような声色で言葉を発する。
「あのさぁ…仲が悪いのはまだいいし、
事件の真相が発覚する前に疑いをかけのも分からなくもない。だが一回確認しただけで、下の兵士に任せてしまったことに私とフェルゼンには責任がある。だけど全く関係がない、たまたま離席してその場に居なかったユキのせいにするのは如何なものかな?」
それにアリシアが同意する。
「もっともな意見です。ユキ様がそんな事をするはずがないと言うことは皆様わかっているのではありませんか?これ以上彼女のせいにしないで下さい。可哀想じゃありませんか。」
今度はストラテジが苦虫を噛み潰したような顔をする。反論しないという事はその通りなのだと言うことだ。
「頼むから、お互いを貶し合うのはやめて頂きたい。
この子に関しては、若くして師団長に任命し、経験が浅いかもしれない。けど、そんな馬鹿な判断をすると思うかい?ましてや 、自分の師団とも関係のない、ただの試験者達にだ。師団長として執務をこなしている中で大きな不祥事が今まで起きたかい?
そんなこと無かっただろう。
もし、そんな不祥事を自ら進んで起こそうなんてするような子だだったら彼女を師団長にするんじゃなく副官のサイラスを任命している。
彼女を疑うのならまず、自分の周りから疑ってくれないか。」
「……っ申し訳ありません。」
そして全員へと視線を移す。
「他の者たちもだよ?
お互い睨み合っても解決しないと何度も言っているだろう。
犯人探しを早く終わらせてしまえば終わる事だ。
何年騎士団の師団長に付いてるんだい…
正確な判断が出来ないのなら、師団長の座を降りてくれて構わないよ?
これは私の憶測だがーー」
「[外部]の人間が関わっているのが一番の可能性と考える。一般兵が逆らえない程の地位を持つ者かそれに偽装した者だ。」
「というと?」
「[国王側の何者か]だね。」
そういうと皆が睨み合いをやめる。言葉一つ一つ重みがある。前任の総司令官が推薦した理由もまたそれが理由の一つだ。
「今回の事は詳細が分かるまで、他言無用だ。
そしてなるべく早めに犯人を探して報告してくれ。
くれぐれもでっち上げるなんて馬鹿な事はしないでくれよ。もし誰かそんな事したら分かるね?皆忙しいのは重々承知しているが、これは今後に響く事だ。大事になる前に片付ける。ストラテジ、デファンス。君達は全ての騎士団の出入口の調査をしてくれ。兵士以外の出入を入念に。おかしな点があれば報告して欲しい。いいね?」
「かしこまりました。」
「御意。」
「よし、では今日は解散。
明日の午後には入隊試験の結果報告をする。明後日は入隊式だ。くれぐれも遅れないように師団員達へ随一通達する事。フェルゼンはなるべく早めに関わった者の名簿をこちらに回してくれ。いいね?」
「かしこまりました。それでは今日中にでも名簿をお持ちするように致します。」
「あ、ユキとロイ、それとアリシアは残って手伝ってくれ。試験者の振り分けの最終確認をする。」
「わかった。」
「はーい…。」
指定された者以外は部屋から退室していった。




