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十一話 前編

遠征から、早くも三ヶ月が経った。


その間で、ユキのシオンへの態度は確実に変わっていた。

以前のような露骨な冷たさはなくなり、必要な時には声をかけてくれるようになった。


ただし、距離はまだある。


業務的ではないが、親しいとも言えない。

どこか一線を引いたままの関わり方だった。


それでも時折見せるわずかな笑顔に、シオンは戸惑いながらも安堵していた。


同時に、周囲の視線は明らかに変わった。


特にナーゲルの視線は強烈だった。

恨みがましいものと、なぜか拝むようなものが混ざっている。


「頼む……! 一言でいい! 俺の名前を出してくれ……!」


ある日、土下座までされた。


そのためシオンは、ユキと話す機会があれば、意識的にナーゲルの話題を出すようにしている。

その様子を見ていたロイは、主にナーゲルへ冷ややかな視線を送っていた。


だが本人は満足そうにしているため、問題はなさそうだった。


そしてもう一つ――


シオンの日常は大きく変わっていた。


古代語、魔法理論、薬草学。

さらにはマンドラゴラの飼育方法まで。


必要な知識から雑学まで、日々詰め込まれている。


それらすべてを教えているのは、ユキだった。


第六師団長の執務室。

本来なら許可がなければ入れない場所だが、シオンには特別に出入りが許されている。


さらに、宿舎裏の温室にも出入り可能となった。


他師団の団員でありながら、明らかな特例だった。


――なぜ、このような扱いになったのか。


そのきっかけは、大きく二つある。


一つは、ある日突然の呼び止めだった。


「……少しいい?」


シオンは足を止め、彼女を見た。


「はい」


「時間あるなら、少し付き合って」


簡素な言い方だった。


連れて行かれたのは、訓練場の一角。


「魔法、どこまで使える?」


「ほとんど……使えません」


「そう」


ユキは特に驚く様子もなく頷く。


「じゃあ、基本だけ。風を意識して」


「風……ですか」


「いいからやってみて」


素っ気ない指示。


シオンは集中する。


だが次の瞬間――


“流れ”が見えた気がした。


空気の動き。揺らぎ。

自分の周囲だけが、異様にはっきりと感じ取れる。


「……っ」


無意識に手を動かす。


風が、わずかに揺れた。


その瞬間。


「……今の」


ユキが小さく呟く。


シオンははっとして手を止めた。


「いえ……自分でも分かりません」


言葉がうまく出ない。


ユキは数秒だけ黙っていた。


じっと、観察するような視線。


だが――


「……もういい」


それだけ言った。


「今日はここまで」


「え?」


「無理にやらなくていい」


それ以上は何も聞かない。


深く踏み込むこともない。


ただ、


「……また呼ぶ」


それだけ残して、ユキは踵を返した。


理由も、説明もない。


だが確実に――何かを見られていた。


そして、もう一つ。


あの力が目覚めた任務の後。


シオンは総司令官室へ呼び出された。


それが、この“特例”の始まりだった。


――あの日から、すべてが少しずつ変わり始めている。

 

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