十話
野営地にて、ユキはサイラスとナーゲルから不在時の状況を聞いていた。
同時に、遺跡内部での出来事も共有し、全体の整理を進める。
「ありがとう、二人とも」
「いえ、ユキ様もご無事で何よりです」
「ロイ師団長もベンダバールも問題ありません。応急処置は済んでいます。帰還後に第四師団で正式に診てもらいましょう」
「そう……ありがとう」
戦闘から四時間。
辺りは完全に夜へと変わっていた。
夜は魔物の時間だ。
ユキは防御魔法を応用し、野営地全体を覆う結界を展開する。
新人たちは先に休ませた。
各部隊には交代で見張りを行うよう指示を出す。
休息用テントに入ると、アメリアが待っていた。
「防御魔法を張り続けるなんて……ユキ様が休めません。解いてください」
「大丈夫。法器で補助してるから。それより皆の回復が優先」
「ですが……」
「お願い。他の隊員の様子を見てきて」
「……承知しました」
アメリアは静かに頭を下げ、テントを出ていった。
長時間の戦闘。
慣れない遠征。
疲労は全員に蓄積している。
そしてユキの思考は、最近の異変へ向く。
ファントム化の増加。
そして【風の使い手】の出現。
(何かがおかしい……)
その時、救護団員が声をかけた。
「ユキ様、ロイ師団長がお呼びです」
「体は大丈夫そう?」
「問題ありません」
「分かった。すぐ行くね」
ユキはロイのテントへ向かった。
⸻
「入ってもいい? ロイ義兄様」
「ユキか。構わない」
中には包帯を巻いたロイと、眠るシオンがいた。
ロイは吹き飛ばされた衝撃で背を強打していたが、骨折は免れている。
「無事で良かった」
「それはこちらの台詞だ。何があった」
ユキは遺跡内での出来事を簡潔に話す。
「脱出できたのはシオンのおかげ」
「こいつが……?」
ロイは眠るシオンを見下ろした。
「気を失う直前、妙な気配を感じた」
「たぶん……私たちと同じ」
「根拠は?」
「風を“読んで”いたの。普通は感じ取れない流れを」
「……なるほどな」
「ミカエルの声も届いていた」
「俺には聞こえないがな」
「うん。本来はね」
ロイは小さく息を吐く。
「今は?」
「力の代償だと思う。しばらく眠るはず」
「いつ起きるかは分からんか」
ユキは頷く。
「総司令官には報告が必要」
「ああ。明日戻るか?」
「昼過ぎに出る。その前に遺跡を少し見たい」
「分かった」
ユキはロイを見た。
「義兄様は休んで」
「お前もだろう」
「私は平気」
「その“平気”が信用できん」
ユキは苦笑する。
「結界があるから、どうせ眠れないし」
「……団員に任せろ」
「大丈夫。慣れてる」
ロイはため息をついた。
そして不意にユキの腕を引き寄せる。
「……え?」
ユキはそのままロイの腕の中に収まった。
「驚いたか」
「……びっくりした」
「抵抗しなかったな」
「……珍しいね」
ロイは苦笑する。
「自分でもそう思う」
「私、もうすぐ成人なんだけど」
「なら少しは淑やかになれ」
「それは難しいかな」
やがて解放される。
ロイの表情は穏やかだった。
「じゃあ、おやすみ」
「本気で起きてる気か」
「眠くなったら寝るよ」
軽く手を振り、ユキはテントを出た。
⸻
気づけば、シオンは見知らぬ空間にいた。
身体が重い。
立っているのかすら分からない。
《風に愛されし者……》
声が響く。
白い光が現れる。
《お前は選ばれた》
「……誰だ」
《いずれ試練として現れる。その時まで強くなれ》
光はシオンの中へと溶け込んだ。
その後にまた違う声が聞こえた。
「――みつけて――――私を…」
意識が途切れる。
⸻
「っ……!」
目を開けるとテントの中だった。
外へ出る。
風の流れが分かる。
「……なんだ、この感覚」
その時、ユキが歩いてきた。
「おはよう。目が覚めたんだね」
「はい……」
「違和感、あるでしょ」
「……どうして分かるんですか」
「……私も、同じだったから」
短い返答。
それ以上は踏み込ませない距離があった。
「全部を理解するのは難しいと思う。……今は無理しなくていい」
「……はい」
「見回りでもして、少しずつ慣れます」
「そう」
会話はそこで途切れた。
風だけが静かに揺れる。
しばらくして、ユキが口を開く。
「……あの時は、助かった」
小さな声だった。
視線はわずかに逸れている。
「ロイ義兄様のことも……」
言葉が止まる。
数秒の沈黙。
「……ありがと」
それだけを残して、息を吐いた。
「いえ……役に立てたなら」
ユキは小さく頷く。
「……また後で、ちゃんと話す」
そう言って踵を返した。
距離はまだ遠い。
だが、確かにわずかに近づいていた。
⸻
暗い森の奥。
一人の男が彼らを見下ろしていた。
「なるほど……そう来ましたか」
黒い硝子に映る未来。
「風の使い手と、光の依代」
男は笑う。
「物語が動き出しましたね」
その姿は、闇に溶けた。




